10-B 悠花ちゃんは何もしていません

 創世期の白ミサライブは大きなトラブルもなく順調に進んでいった。


「次の曲は……古き良き時代の母親との温かい心の絆を歌にしたのだ……聞いて震えよ! 恐怖の味噌汁!」



<恐怖の味噌汁 歌・演奏:創世期>

 夕闇迫る午後六時 俺は誰もいない路地裏を歩く

 家の前はなぜか いつもと違う不気味な雰囲気

 母さんに晩飯を尋ねると 恐怖の味噌汁だと言われる

 何が恐怖なのかわからず俺は 震えて居間で待つ

 ハイハイハイ!

 出てきたのは ごく普通の味噌汁

 どこが恐怖かわからないまま 俺はお麩の入った 味噌汁飲み干す

 今・日・麩・のォ味噌汁!



 最後の「味噌汁!」に合わせて会場全体で「おいしい!」という合いの手が入る。当然悠花も左隣のコスプレおじさんも他の信者ファンと同じように「おいしい!」と叫ぶ。女子高生もおじさんも関係ないのだ。今はただ、同じときを共有する仲間なのだ。



「悪魔の持ち物は悪魔のもの……決して人間が手を出してはいけない。しかしそれらはそこら中にあふれていて、ついつい人間はそれを欲してしまうのだ! 心して聞け、悪の十字架!」



<悪の十字架 歌・演奏:創世期>

 悪魔のような魅力を持つ あの十字架が 俺を呼んでいる

 ああ 今日もなぜか 朝からそれを求めてる

 この店に この店には確かにあるのに それなのに

 扉は開かない 俺にそれを与えまいとしているのか

 扉は開かない 俺はどうしてもそれが欲しいのだ

 扉に張り紙がしてある「開店十時」

 今はまだ九時半「開くの十時かぁ」




 感動的なバラードに、今度は会場全体からしっとりと拍手が起きた。信者ファンたちは激しい曲のときはノリノリで、バラードのような静かな曲は心を落ち着かせて聞いている。三十七年も活動を続けているバンドの信者ファンたちもまた、円熟味を帯びていていろいろとわかっているのだ。


 いつしか悠花も左隣に座っているコスプレおじさんがセンチュリー★ナイトメアかもしれないと言うことを忘れ、ただただ曲に、構成員のパフォーマンスに、そしてリューク高町のギターソロに酔いしれていた。



「さあ、ここで今夜限りのスペシャルゲストの登場だ! 十六年ぶりに帰ってきたぜぇ……タァァァンエェェェ! 清水きよみずゥゥゥ!」



 なんと悠花にも予期せぬ出来事が起きてしまった。すでに創世期を脱退し、登場する予定のなかったターンエー清水が舞台上に姿を現したのだ。一瞬会場がピタッと静まり、そして彼の登場とともに再び割れんばかりの大歓声に包まれた。



「うおおおおおおおお!」

「ターンエー! ターンエー! ターンエー! ターンエー!」



 ターンエー清水は観客の声援に手を上げて応えると、全く衰えていない、いやむしろ今が全盛期なのではないかと言わんばかりのギターテクニックを披露した。俄然、会場は盛り上がる。


「ねえねえ、ターンエー清水が出てきましたよ! さっきはすみません、出てこないとか言ってしまって……私も知らなくって……」


 悠花がコスプレをしている左隣の男性(実はセンチュリーなのだ)が、先ほど「ターンエー!」と叫んでいたのを思い出して、興奮気味に声をかけた。きっと喜んでいるに違いない、そう思ったのだ。しかし、

「こんなことって……こんなことってあるのかよ……」

 なんと、(もう面倒くさいので左隣のコスプレおじさんとは書かない)センチュリーは感動のあまり涙を流し、ターンエー清水に向かって手を合わせて拝んでいたのだ。

 三十年ぶりの白ミサライブ、しかも出演しないと思っていた自分の好きな構成員がサプライズ出演するというおまけまでついて、感極まってしまったのだろう。思わず悠花ももらい泣きしそうになる。

 

 

 しかし、そこで彼女はまたしても気づいてしまったのである。――あれ、このおじさん、涙を流してもメイクが全く落ちていないわ。目元の赤色もにじんですらいない……どういうことかしら?

 

 普通ならこれほどの涙を流せば、メイク……特に目元はにじんでぐちゃぐちゃになるはずなのだがそんな様子が一切見られなかった。ということは考えられるのは一つ。

 ――とっても高級なメイクを使っている……ではなくて、このおじさんはやっぱりセンチュリー★ナイトメアなのではないか?

 

 

 再び悠花の心臓がドクンドクンと大きな音を立てる。落ち着くのよ、落ち着くのよ、と悠花は自分に言い聞かせるように深く息を吐く。そしてこっそりとまた黄色のコンパクトに手を伸ばす。



「お嬢ちゃん、ありがとう……ありがとうなぁ……あの頃に見た創世期が三十年の時を経てまた見られるとは……」

「……」



 まだ涙を流しながら、ターンエー清水を見つめるセンチュリー。そしてどうしたらいいのかわからずに戸惑う悠花。そんな二人をよそに、ターンエー清水がマイクを持って話し始めた。


「お前らぁ! 久しぶりだな! 白ミサ、帰ってきたゼェ!」

「ターンエー! ターンエー! ターンエー! ターンエー!」

 センチュリーは涙を流して声にならない声でみんなと一緒にコールを繰り返す。



「やっぱりさ、人間の夢ってのは……いつか必ず叶うもんなんだなって思ったね。ああ、俺悪魔だったわ!(アハハハハ! と会場から返事が返ってくる)今、俺がこうしてここに立つことをさ、ジェーモンをはじめとする創世期の構成員メンバーの夢見てくれていたらしいし、俺自身も夢見ていたし……そして何より、んだろう?」

 ターンエー清水の話に会場全体が一層盛り上がり、再びコールが起こり始める。


「ターンエー! ターンエー! ターンエー! ターンエー!」


 え、夢? もしこのおじさんがセンチュリーだと仮定すると……夢を持つとかそういう話をしたらまずいんじゃないかしら? 

 心配して悠花がちらりとセンチュリーの方を見ると、彼はうんうんとうなづいていた。

 

 そして、悠花は見てしまったのだ……センチュリーの体から黒いオーラが少しずつ剥がれていっているのを。どうやら周りにいる他の信者ファンたちには黒いオーラは見えていないようだった。

 ターンエー清水の話を聞いて、夢を持つことの大切さを感じたセンチュリーから夢食いの魔力が浄化されていっているのだ。




☆★☆




 そんなこんなで白ミサライブは全ての曲を終え、終演となった。最後までセンチュリー★ナイトメアは時を止めることも、人の夢を奪うこともせずに、創世期の歌を、ターンエー清水の勇姿を堪能したのだった。


「お嬢ちゃん……いいものが見れたよ……ありがとうな」



 センチュリーの体が光り輝き(当然他の信者たちには全く見えない)黄色の粒子になって薄くなっていく。何もいえずにあっけにとられている悠花の目の前で、彼は最高の笑顔でターンエー清水を見つめたまま完全に消えてしまった。


 そして、センチュリーがいたところに黄色のネックレスだけが残され、それはゆっくりと空中を漂って悠花の掌に収まった。



「あ、これは番所くんがマッスルを倒した時に手に入れたペンダントと一緒……ってことはやっぱりあのおじさんは……」



 結局、悠花は左隣のコスプレおじさんがセンチュリー★ナイトメアだと確認できないまま、倒して? しまったのだった。

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