09-B 筋肉は心を写す鏡

「それでは、腕相撲の審判は主審リーサ、副審マーヤで務めさせていただきます! 試合は十分後!」

 なぜかノリノリで審判の格好をしたリーサとマーヤが腕相撲台の正面に立つ。


 マッスル★ナイトメアは余裕の表情で腕立て伏せを繰り返し、汗をかいている。マジカル・バタフライはエターナル、オーシャンとともに作戦会議中だ。

「バタフライ、勝ち目はあるの?」

「……正直言ってあまりないけど可能性は低いが、普通に戦うよりはチャンスはあると思うわ勝つ確率が高いかもしれない



 エターナルの不安そうな顔がさらに曇る。確かに十数軒の家を軽く破壊するパンチを持つマッスルにはどうやっても勝てる青写真が描けない。ここはもう、マジカル・バタフライの腕相撲に期待するしかないのだ。



「そうだ! ボクの魔法を……」


 オーシャンがそう提案しようとしたところを、バタフライが制する。

お願い秀雄。リヴァイア・エンハンス(攻撃力を上げる魔法)は絶対に使わないで使うんじゃねぇどうしても自分の力を試してみたいの純粋に自分の力で戦いたいんだ!」



 一瞬、オーシャンにはバタフライが「俺より強いやつに会いに行く」そんな格闘家の姿に見えた気がした。



「さあさあ、時間いっぱい! 両者、台の前へ!」


 主審(リーサ)がそう声を張り上げると、バタフライとマッスルが腕相撲台へとやってきて、互いに向き合う。格闘技の試合前の一コマのように睨み合うが、身長差約1.5メートル。睨み合うというより、バタフライが高い壁を見上げるような格好になった。


「うわ、こうして並ぶと身長差がすごいわね」

 エターナルが心配そうにつぶやくと、「大丈夫。バタフライアニキならきっと何か策があるはずです!」とオーシャンが力強い言葉とともに、バタフライを見つめた。



 実はバタフライに策は一つもなかった。ただ純粋に筋肉勝負をしてみたい、それだけだった。しかしそんなことをみんなの前で語ったところで、不安を増長させるだけだということはわかっていたので敢えて言わなかったのだ。



「十分間一本勝負、相手への攻撃や妨害は認められません! ただ純粋な腕相撲、いい?」

 いつの間にか大御所の審判かのように慣れた口調でリーサがルールを説明する。それにバタフライもマッスルも無言でうなづく。


「それでは、両者互いにっ、礼ッ!」


 副審(マーヤ)の声に合わせて、二人ともスポーツマンらしくきちっと礼をする。そこから緊張感が一気に高まる。彼女の真剣な声に、二人の気合いも……そして会場の雰囲気もさらに高めていく。


 バタフライは目を閉じて気合を入れた。すると体から緑色のオーラが発生して、彼女の体を包み込んだ。

 シュインシュインシュインドラゴンボールの気のことだよ!……という音は聞こえないものの、相当気合が入っていることがわかった。それを見てマッスルも嬉しそうに「はっ!」と黒色のオーラを見に纏う。



「ではっ! 両者構えっ!」



 マッスルが黒いクッションの上に右肘を乗せ、左手でグリップ・バー(出っ張っている棒のこと)を掴む。続いてバタフライが赤いクッションの腕に右肘を乗せ、ぐいぐいっと収まりを確認してから左手を固定する。二人の拳ががしっと硬く握られ、その上に審判長リーサが両手をかぶせて動きを止める。




「さあ、第1回アームレスリング対決がやってまいりました。実況は私オーシャン海原秀雄、解説はエターナル城ヶ崎悠花さんにお越しいただきました。よろしくお願いします」

「お願いします」


「どうですか、この腕相撲対決」

「いやぁ、体格差がありすぎますからね。圧倒的パワーを持つマッスルに対して、バタフライがどう対応するのか、そこがこの勝負の見所だと思いますねぇ」


「お互いのオーラについてはいかがですか?」

「そうですねぇ、若干バタフライの方が強く輝いている感じがいたしますが、果たしてそれで体格差を埋められるかどうか……期待しましょう!」




 即席で実況席を作りアナウンスごっこをし始めた魔法少女二人を、マーヤがドン引きの表情で見つめつつも「わたしもそっちがよかった……」と心の中で密かに思ったのは内緒である。



 エターナルが二人の腕の様子について詳しく解説する。

「見てくださいあの二人の腕の太さを……マッスルの方はまるで丸太。一方でバタフライは……普通の女の子ですね、木の枝ぐらいの細さとでも言いましょうか」



「丸太対枝、果たして勝つのはどちらでしょうか。まもなく始まります!」




「レディ……」




 主審が二人の拳を抑えたまま、合図を出す。一秒ほどの静寂。観客もみな(いないけど)息を止める。




「ゴー!」

 の言葉と同時に、パァン! と腕相撲台を中心に放射状に衝撃波が起こった。

 

 マジカル・バタフライとマッスル★ナイトメア、二人の筋肉から生み出されたエネルギーがぶつかり合い発生したのだ(当たり前だが、実際にそんなことは起きるはずはない)審判二人、実況解説の二人もなんとかその場に踏ん張る。



「フオオオオオオォ!」

ぐううううっくそっ強えっ!」



 両者まさかの互角。主審が手を離したあとも、二つの拳は同じ場所でプルプル震えながら少しも動かない。



「おおっと! これは互角、互角ゥ! バタフライアニキ大健闘だ!」

「いいスタートが切れましたね」



 しかし表情を見ればその差は明らかだった。必死の形相で耐えているバタフライ(でも作画的にはかわいいんだよ!)と、余裕の表情で笑みさえ浮かべているマッスル。開始早々は互角に思われたが、徐々にバタフライが押し込まれていく。


「ピンチ! これは危ない! バタフライアニキが少しずつ、少しずつ押されているッ!」

「ここは耐えてほしいですね」


 左手でグリップ・バーをしっかりと握り、体を左に傾かせながら何とかバタフライは敵の攻撃をこらえる。


「ほう、なかなかやるじゃねぇか!」

 対戦中だというのにマッスルがバタフライに声をかける。それだけ余裕があるということだった。彼はニヤリと笑うと「じゃあもう少し力を解放しようかね!」と言ってさらにギアを上げた。



ううううううっやばいやばいやばい!」


 ミチミチっとバタフライの細い腕の筋肉が悲鳴を上げる。ああ、番所蝶介の体なら太い腕で戦えたのに……一瞬ではあるが自分で負ける言い訳を探したような気がして、バタフライが目を見開く。


「他人の筋肉と比較するなッ! 比較するのは昨日の自分だッ!」

 先日、筋肉の師匠……今目の前で戦っている相手から教えてもらった言葉を思い出す。――蝶介の筋肉だったら……ではないんだ。今の俺はマジカル・バタフライ。俺は俺を信じる!



うわああああアァッ男見せろやぁ、俺ェ!」



 バタフライを包んでいた緑色のオーラがさらに輝きを増し、右腕上腕二頭筋(力こぶのこと)に集まる。その様子に実況席も興奮の色を隠せない!



「こ、これは! バタフライアニキのオーラが筋肉に! 太い筋肉のように見えているぞっ!」

「ええ、確かにそう見えます! これでマッスルの腕の太さとほぼ同等……いえ、それ以上です!」



私は俺は! 負けるわけにはいかないのよ師匠を越えてみせるんだよ!」


 緑色のオーラを右腕に集めたバタフライが、今度は逆にマッスルを押し返していく。「ヌオオオオオ!」マッスルも黒いオーラを出して対抗する。



 主審と副審はこんなときでも中立の立場を崩さず、ただどちらの手の甲がクッションにつくのかをしっかりと見つめている。心の中ではもちろんマジカル・バタフライを応援しているのだが、そこはプロ。そんなことは表情には出さないのだ。



いっけえええぇぇうおおおおおおッ!」

「クソオオオォ!」



 二人のオーラがさらに輝き、ゴゴゴゴゴと空気は震え、地面は割れた。ギシギシッ、ムチムチッ、二つのぶっとい筋肉が悲鳴にも似た歓喜のハーモニーを作り出していた。



 すっごいいいところで(文字数の関係で)Cパートへ続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る