02-B 二年三組が動揺する

 翌日、朝八時ちょうど。日差しはまだそれほど強くはないのに、すでに外ではセミが大合唱を始めていて夏を喜んでいるようだった。


 蝶介は夢見丘高等学校二年三組の教室で始業を待っていた。彼の席は一番後ろ、校庭の様子がよく見える窓側。こういった魔法少女的な物語では、先生の目が届きにくく、回想にふけりやすい定番の位置である。


 いつものようにただ自分の席にいるだけで怖そうに見える蝶介は、誰も寄せつけることなく昨日のことを思い返していた。



 <回想シーンに入る>


「あなた、蝶介って言うのね。私の名前はリーサ。これからよろしくね!」


 変身が解けた後、自分の手の中にあったコンパクトを返そうとするとリーサがそれを制して言った。


「そのコンパクトはあなたのものよ。敵はいつ現れるかわからないから、常に肌身離さず持っておいてね」


 蝶介とは反対方向に帰ろうとするリーサを、「お、おい……」と蝶介は呼び止めた。


「ん? どうかしたの?」


 未だに何もかもが信じられず、蝶介はもう少しリーサと話がしたいと思っていた。マジカル・バタフライのことや魔法のこと、そしてリーサにそっくりな敵のことなど、聞きたいことは山ほどあった。


「じゃあ、また明日会いましょう!」

 しかし彼女を呼び止める度胸もなく、昨日はそのまま別れてしまったのだった。


 ――また明日って……どこに住んでいるのかもわからないのにどうやって……


 <回想シーン終了>



「番所くん!」

 名前を呼ばれて、はっと蝶介は我に返った。


 すると目の前には学級委員長である城ヶ崎じょうがさき悠花ゆうかが立っていた。委員長らしい真っ黒な髪の毛をおかっぱボブにして、黒色のメガネをかけている。

 優等生を絵に書いたようなその立ち姿は品があり、クラスのみんなから憧れの的になっていた。時期生徒会長候補の呼び声も高い……らしいが、そんなこと蝶介にはどうでもいいことだった。


「……何か?」


 ぶっきらぼうに答えたのは、当然女子と話をすることが恥ずかしいからであった。鬼からのその返事は「不機嫌な俺に話しかけるんじゃねぇよ」という雰囲気に思えたらしく、悠花はちょっとひるんでしまった。

 しかし、眼鏡のブリッジの部分を人差し指でくいっと持ち上げると、落ち着いて言葉を発した。


「二学期の話なんだけど……文化祭の出し物を何にするかのアンケート、昨日までだったの。出していないのはあなただけ。もう口頭でいいから教えていただけないかしら?」


「……なんでもいい」


 蝶介の言う「なんでもいい」は、どうせ俺はみんなから怖がられているか何をしたって出番はないよ、という意味の「なんでもいい」だった。しかし、委員長の城ヶ崎はそれを「何に決まっても俺は文句を言わないよ」の「なんでもいい」だと受け取った。


「ありがとう、番所くん。あなたも活躍できるような出し物になるようにするわね」


 そう言うと、委員長は自分の席へと戻っていった。委員長に近づいていった女子たちから「大丈夫、悠花? 番長機嫌悪くなかった?」と不安そうに話しかけているのが聞こえたが、それもいつものことだった。


 ああ、俺もマジカル・バタフライみたいな女の子だったら、みんなから怖がられずにいられたのかな。そんなことを眉間にシワを寄せながら思っていた。


 ☆★☆


 八時十五分、始業のチャイムと同時に担任の先生が教室に入ってきた。担任の先生は特に物語とは関係のないキャラなので容姿等は省略する。

「おーい、みんな席につけ! 今日は転校生が来たから紹介するぞ!」そう言われると教室中が若干だが騒がしくなる。


「誰かな?」「女の子?」「イケメンならいいなぁ」いつもなら、そんな声が聞こえてきても興味が湧かない蝶介だったが、「おーい、入ってきなさい」という担任の声に続いて教室にやってきた女の子を見てぎょっとした。



夢野ゆめの李紗りさです、よろしくお願いします!」



 青い目に長い睫毛、日本人離れした美しい顔立ち。そしてちょっと歩くだけでファサァッヴィダルサスーンという擬音が浮かんでくるような、肩より少し長めの艶のある金髪。


 クラス中の男子も女子も外国人モデルのような李紗を見て、キャーキャー言い合ったり、目がハートになって見惚れていたり、こんな素敵な女の子がクラスメイトになるのかと興奮状態になってしまっていた。



 ――彼女は昨日あったリーサじゃないか!


 クラスが盛り上がっている中、ガタッ! と思わず蝶介は椅子から立ち上がってしまった。他の生徒たちはその行動にびくっとして教室中が静まり返ってしまう。


 ――番長が騒がしいとお怒りだ! 転校生ぐらいでギャーギャー騒ぐな、と。

 


 本当はもう少し話がしたいと思っていたリーサにもう一度出会えて、めちゃくちゃ嬉しくて席を立ってしまったのだったが……。申し訳なさそうに(でもみんなにはそんな風には思われずに)蝶介はゆっくりと椅子に座る。


「夢野さんはお母様が外国の方で、海外暮らしも長いらしい。みんないろいろ教えてあげてくれ」


 担任の説明に、みんな落ち着いて「はい!」と答える。これ以上騒いだら番長が何をするかわからない、そんな思いがあった。



「あっ! 蝶介!」



 夢野李紗は教室後方に人一倍大きな姿で座っている蝶介を見つけると、まだ黒板の前に立っているというのに大きな声で呼びかけて、手を振った。


 瞬時に学級に衝撃が走る。


 ――何ィ! 番長を名前で呼び捨てだとぉ! やばい、あの子転校初日に殺されてしまうぅ! っていうか、どうして番長の名前を知っているんだァ!



 みんなは驚いて、また恐怖に怯えながら李紗と蝶介を交互に見た。李紗はニコニコと手を振り、蝶介は口をあけて信じられないと再会を喜びつつも驚いていた。その表情は「お前、俺様を呼び捨てで呼びやがって! ここがお前の墓場だ!」と言わんとしているように思えた。



「先生、私蝶介の隣の席がいいです!」




 オイオイオイ、死ぬわアイツ。

 ほう、番長に呼び捨て。さらに敢えて隣の席を指定ですか……たいしたものですね。

 なんでもいいけどよぉ。

 相手はあの番長だぜ。



 などと真面目なのかふざけているのかわからないメガネバキ好き男子たちが分析していたが、死の香りを感じた委員長、城ヶ崎悠花が立ち上がった。



「先生! 私が夢野さんに学校のことを教えて差し上げますわ! 夢野さんの席は私の隣に!」



 ――余計なことを! せっかくリーサといろいろ話ができると思ったのに! 蝶介は表情こそ変えないまでも心の中で残念がった。


 しかし李紗も、転校生の安全を守ろうとする城ヶ崎と蝶介とを交互に見ながら、

「ええ? 私は蝶介の横に座りたいんですけドォ……」

 となかなかに譲らなかった。


 ――なんなんだ、この美人の転校生は! もしかして番長の怖さをわかっていないのか、それとも海外ではあの筋肉がモテる要素なのかァ?

 みんなの頭の中は混乱した。

「うーん。じゃあ、こうしよう」と担任の先生は言った。



 ――どどどどど、どうして私が番所くんの隣に移動しないといけないのよォォォォ!


 結局座席は、番所蝶介、城ヶ崎悠花、夢野李紗という横並びになってしまった。


「よろしくね、城ヶ崎さん! 蝶介!」

「ええ……ええ、よろしくね。夢野さん」

「……おう」


 ――わ、私が、夢野さんを番長から守ってみせる!

 蝶介から常に睨まれている城ヶ崎悠花は、決死の覚悟で七月を過ごすことになった。(本当は李紗の方を見ていたいだけの蝶介であった)

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