01-C 魔法「少女」誕生

「『夢喰い』様の命令よ。ここで死んでもらうわ!」


 蝶介は目の前で起きていることが信じられなかった。どういう原理なのかわからないが、隣にいる名前も知らない女の子とそっくりな子が、空中に浮いてそんなセリフをはくのだ。

 夢喰い? 死んでもらう? 自分は何かの夢でも見せられているのだろうか?



「マーヤ! やっぱりあなたが『夢喰い』の封印を……いったいどうして!」


 リーサの問いに、若干怒りを込めてマーヤが答えた。

「……答える必要などない! 行け、ドリームイーター!」


 マーヤの声に合わせて、ボクシンググローブの姿をした化物が動き出した。ゆっくりと体を捻ったと思ったら、その反動を使って物凄いスピードで右腕を使って殴ってきた。

「いや、頭のグローブで殴るんと違うんかい!」と蝶介はツッコもうとしたが、なにせ相手は二階建ての家と同じくらいの大きさ。右腕だけでも相当な大きさがあるので、避けるしかなかった。避ける、というよりは走って逃げるの方が正しいかもしれない。


「うわっ! 家が!」


 化物の攻撃で民家のブロック塀が壊れ、家も破壊された。これは夢なのか? 妙に現実っぽいけど……。と蝶介が崩れた家を呆気にとられて見ていると、左腕の攻撃が飛んできた。

 「あぶない!」とリーサがとっさに蝶介に飛びついてなんとか攻撃を交わすことができた。


「あ、ありがとう」

「気をつけて! あの化物は本気で私たちを殺しにかかってるわ!」


 家が破壊されたことは遠くに逃げた人々にも分かったのだろう。人々の恐怖に怯える声が聞こえてきた。やばいぞ、これは。どうして俺がこんなことに巻き込まれているんだ? ちょっと夢にしてはリアルすぎないか? 蝶介はわけがわからないまま化物に対峙する。


 そんなときだった。パトカーや救急車がサイレンをけたたましく鳴り響かせてやってきて、化物を囲むように道路を塞いだ。上空には迷彩柄のヘリコプターが二、三機旋回して様子を見ている。



「ちっ、人間どもがうじゃうじゃ湧いてきて邪魔ね! 少し黙っていてもらおうかしら!」



 マーヤが両手を広げて「はっ!」と声を出すと、彼女の周りから放射状に世界が茶色に染まり、全てが止まった。


 サイレンの音も、パトカーから降りようとしている警察官の動きも止まった。空を飛んでいたヘリコプターの羽も動きを止めたが落ちることはなかった。


 ただただ無音。


 完全に時が止まってしまったのだった。しかし、リーサと蝶介だけはなぜか無事だった。他の者たちと違って意識ははっきりしているし、動くこともできた。



「時を止めたわ! 今、この世界で動けるのは私たちだけ。さあリーサ、覚悟しなさい!」



 今度はボクシンググローブの怪物、ドリームイーターがリーサと蝶介に向かって走ってきた。直線的な動きで周囲の家々をなぎ倒し、踏みつけて粉々に破壊しながら。


「逃げないと!」


 リーサは蝶介の手を取って再び走り出した。茶色く染まってしまって動かなくなってしまった世界、住宅街の路地をただひたすらに二人は走って逃げる。それに対して家を破壊しながらドリームイーターは最短距離で迫ってくる。


「逃げてばかりで私に勝てると思って? 魔法を使ってきなさい!」


 上空からマーヤが不機嫌そうな声で言った。


「魔法は……」


 先ほど試して使えなかったことはわかっている。使いたくても使えないのよ! なんてことを妹に言えるはずがなかった。それに、魔法が使えない自分を妹に見せるのは嫌だった。


「俺がやろう」


 一緒に逃げていた蝶介が足を止めた。「えっ?」彼の言葉にリーサは驚いた。まさか魔法が使えるの?


 蝶介は蝶介で、この出来事を夢であると勘違いしていた。女の子が空に浮いて、巨大な化物が出てきて、家が壊れて、時が止まる。これを夢だと言わずに何だというのか! 夢ならばここで俺がかっこよく化け物を倒すことができるはずだ! それに夢だから技名を言いながらパンチをしても問題ないよな!



「スーパー蝶介パンチ!」



 蝶介はそう言いながら、ドリームイーターが迫ってくるところに合わせて目一杯力を込めて右腕を伸ばした。「魔法じゃなくて、力技かい!」リーサが心の中でツッコんだ。



 敵も右手を振りかぶって殴りかかる。そして、二つの拳がぶつかり合った。


「ぐはぁっ!」


 自分の体よりも大きい拳に、蝶介の拳が当然かなうはずもなく……彼は派手にぶっ飛ばされた。そして向こうの家の塀に激しく打ち付けられ、一瞬呼吸が止まる。そのままずるりと壁から剥がれ落ちるようにして倒れた。



 い、痛ぇ! これ……もしかして夢じゃないのか? 現実? だとしたら……本当に死ぬ? そこで彼の意識は途絶えた。



「あははっ。人間ごときが敵うわけないでしょ! ばっかじゃないの、そこで大人しくしてなさい!」


 空中からマーヤの笑い声が聞こえたが、気絶してしまった蝶介には届いてはいなかった。「大丈夫!?」とリーサがかけ寄って、全身がボロボロになってしまった彼に向かって手を伸ばす。


「命の精霊よ、我に癒しの力を……ヒーリング!」と言ってみたものの……やはり魔法が発動しない。マジカル王国いつもの世界ならこれくらい簡単に治すことができたのに! リーサは悔しさに唇を噛み締めた。



「……人間界に来て、魔法が使えなくなってしまったのね。哀れなお姉さま! さあ、ドリームイーターよ、止めを!」



 見ず知らずの私を……出会ったばかりの私を助けてくれたこの男の子を……ここで死なせるわけにはいかない。だってまだ名前も聞いていないのよ! せめて魔法が使えたら……。

 リーサの目から一粒の涙がこぼれ落ちた。お父様お母様、私に力を!



「!」



 そのとき、彼女の首にかかっていたペンダントが強い輝きを放った。あまりの眩しさにマーヤとドリームイーターも顔を背けて動きを止める。

 

 何事かと驚きつつも、目を細めながらその光を見つめるリーサの目の前に、手のひらサイズの緑色のコンパクトが現れた。

 そしてそのコンパクトはゆっくりと蝶介の元へと移動し、彼の手の中に収まった。暖かい光に包まれた蝶介はゆっくりと目を開けて意識を取り戻し、自身の掌にあるコンパクトを不思議そうに見つめていた。

 

 

 無意識のうちに、リーサは母から聞かされてきた昔話を思い出し、蝶介に向かって叫んでいた。


「言うのよ!『マジカル・ドリームチェンジ』って!」

「え?」

「早く!」


「マ……マジカル・ドリームチェンジ!」

 蝶介の言葉に反応してコンパクトが光り輝き、彼の全身を包み込んだ。


「な、なんだこれは!?」マーヤもドリームイーターも、再び発生した光に目が眩み身動きが取れなかった。リーサだけが、期待に胸を膨らませて目を輝かせて蝶介を見つめていた。



 光が収まると、そこには筋骨隆々で高身長の番所蝶介ではなく、


「夢を運ぶ魔法の風、マジカル・バタフライ!」


と名乗る魔法少女が立っていた。

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