01-B マーヤ、人間の夢を奪う

 夕日で赤く染まる住宅街を、先の少し欠けた学生帽を深く被った学ラン姿の少年が一人で歩いていた。

 番所蝶介との番長の座を賭けた戦いに敗れた彼は、ズボンのポケットに手を突っ込んでぶつぶつ言いながらイラついていた。


 くそっ、番所のヤロウめ、あいつめちゃくちゃ強いじゃねぇか! 俺だって……中学の頃はボクシングをして神童とか言われてたのに……。(ってこんな後付け設定……今更追加されても困るよなぁ)

 

 そんな少年を、家の屋根の上からじっと見つめている少女がいた。リーサの妹、マーヤである。「夢喰い」からリーサの排除と人間の夢を奪ってくるように命じられ、彼女も人間界へやってきたのだった。


「ふふふ、最初の獲物はあなたに決めた」


 マーヤは屋根から軽くジャンプすると、音もなく少年の目の前へ飛び降りた。俯き加減で歩いていた少年はマーヤに気づかずぶつかってしまう。


「あ? 痛えじゃねぇか……って女かよ?」


 深く被った帽子の下から睨み付ける少年には目もくれず、マーヤは少年に向かって手を伸ばした。



「あなたの夢、食べちゃうね」



 すると、少年は一瞬にして気を失いその場にばたりと倒れた。そしてその体から虹色のオーラが溢れてきてマーヤの掌の上に集まって球体になった。


 それはキラキラと輝く彼の「夢」だった。球体の中には、ボクシングの練習をがんばり、世界チャンピオンとなる少年の姿が映し出されていた。

 

 マーヤはその輝く夢を一瞥した後、なんの躊躇いもなくグシャ! と握り潰し、叫びながら空へと放り投げた。



「さあ、生まれなさい! ドリームイーター!」



 次の瞬間、住宅街の道の真ん中にボクシンググローブをモチーフにした巨大な化物が現れた。



 ☆★☆



「ねえ、あなたって強いのね。私びっくりしちゃった」

「……」

「体もすっごく大きいし、どんな魔法を使ってるの?」


 蝶介の帰り道をリーサもついてくる。


 マジカル王国では主に魔法を使って生活しているので、体を鍛えるという習慣があまりなかった。そもそも戦うということ自体あまりないのだが、あったとしても魔法を使った戦いだし、体を使う場合はその部位に強化魔法をかければよいのだ。

 だから、リーサにはムキムキの筋肉は珍しいものであり、また強さが溢れ出ているように感じるのだった。

 

 そして、蝶介は自分に向かって積極的に話しかけてくるリーサに困惑していた。――会ったばかりだというのに、この気さくさは何なのだろう……そして、この子は僕のことが怖くないのだろうか? 

 

 誰かが自分に気軽に話しかけてくれることを望んでいた蝶介だったが、いざ実際に話しかけてもらうと――しかも女の子に――緊張して何を話して良いかわからなくなってしまうのだった。


「魔法、どうなっちゃったのかな。いつもならすっごく強いんだよ、私」


 リーサは自分の手を見つめながら不思議がった。どうやらマジカル王国と人間界は勝手が違うらしい。


「魔法……? 君はさっきも魔法がどうとか言っていたけど……」


 蝶介が喋り、そしてリーサが「そういえば、名前を聞いてなかっ――」と言いかけたときだった。



「!」



 突然、リーサの胸元にあるペンダントが赤く輝いて光を放った。その光は一点に収束して、真っ直ぐにある地点を指し示すかのように一本の光の線となった。


「これは?」


 蝶介が驚いて光の刺す方を向く。リーサにも何が起きているのかわからなかったが、母の「――そのペンダントが導いてくれるわ」という言葉を思い出し、この光の先に何か「マジカル☆ドリーマーズ」に関する手がかりがあるに違いないと判断した。


「お願い、ついてきて!」とリーサは蝶介の手を取り、光の示す方へ走った。



 そして走ること数分。住宅街に入るとだんだんと騒がしくなってきた。パトカーや救急車のサイレンの音が遠くから聞こえてくる。


「きゃあああああっ!」

 と二人が進もうとしている方向から、血相を変えて逃げ惑う大勢の人々がやってきた。

 見知らぬおじさんが「君たちもこっちは危ない! 大きな化物が現れたんだ!」とすれ違いざまに教えてくれた。リーサと蝶介はみんなが逃げてきた方を見る。


 そこには、住宅街の中で仁王立ちしている、ボクシンググローブのような形をした化物がいた。二階建ての家と同じくらいの大きさで、グローブから手足が生えている。ちょうど手の甲にあたる部分には大きな目玉が二つあって周りをぎょろぎょろと見渡している。誰かを探しているような感じだった。



「何よこれ? 人間界ってこんな化物がいる世界なの?」

「いや、映画……の撮影?」



 そう答えてみたものの、蝶介にも実際に何が起きているのか理解し難かった。「とにかく、行ってみましょう!」リーサのペンダントから出る光は、その化物を指していた。


 化物に近づいてみると、蝶介は改めてその大きさに圧倒された。映画のセットにしては大掛かりすぎる。そして周りを見回してみるが、カメラマンや監督もいる気配がない……もちろんこの化物に立ち向かおうとするヒーロー役の俳優もいない。みんな大きな化物に驚いて逃げたのだ。これは作り物ではない、本物だ! 僕は夢を見ているのか? 蝶介はその場に立ち尽くしてしまった。

 

 リーサはボクシンググローブの化物を見ながら「その割には街を破壊しようとしていないし、いったい何が目的で現れたのかしら?」と冷静だった。もちろん巨大な化物に驚いてはいたが、心のどこかにマジカル☆ドリーマーズがやってきて倒してくれるのではないかという期待もあった。

 

 すると、頭上から、

「やっと姿を現したわね、リーサ!」

 という声が聞こえてきた。二人ははっとその声のした方を向く。


 そこにはリーサとうり二つの少女が宙に浮いていて、二人を見下ろしていた。

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