クラスで一番の陰キャ女子と付き合ったら意外と噛み合った件
ヤマトカゲ
第1話 告白
七月上旬。
当たりの前のように虫取り網と虫取りカゴを持って公園でセミを採っていたあの頃を思い出す。採ることの満足感とやらが懐かしい。
恐らく小学生の低学年でしか経験出来ないことだろう。
今となってはずっと鳴っている目覚ましよりも鬱陶しい。
だが、今日も黒谷 湊は学校へ通うため家のドアを開けたのだった。
最近のこだわりとしては朝一番に学校に来ることだ。幼稚過ぎると思った方も多々いると思う。だが、御安心を。
目的は好きな人のリコーダーを舐めたり、置き勉しているノートのメモをジロジロ見るためではなく、勉強時間を得るためである。
最近また一段と勉強が難しくなってきたため、少し早く学校に来ることにしたのだ。
高校生活へのスタートダッシュをして早三ヶ月。先週に期末テストも終了し、テスト結果も把握済みである。
基本的に朝に勉強する科目は決めている。
数学と英語だ。
数学は思考力が鍛えられる科目であるため、頭の体操になる。
身体の体操がラジオ体操というのであれば、脳の体操は数学だろうか。(いや、違うよ)
英語は長文を解いたり、難しい文法問題に手を出す訳では無い。
主に単語を暗記するだけだ。
朝のホームルームが八時半から始まるのに対して俺は七時半に学校に着いている。
だいたい五十分くらいの勉強時間が確保できる。
何故こんなにも勉強するのかという問いに対しては進学校だからとしか言い様がない。
県立
県内で五本の指に入る県内ではソコソコな学校だ。理数コースと普通コースがあって、理数は普通コースの定員二百八十名に対して定員四十名とかなりの狭き門である。
それぞれの学習カリキュラムはほとんど同じだが、理数コースの方が何かと優遇されがちである。
期待値は元々存在しなかったと思われるとそれはそれで悲しいが、俺は普通コースだ。
理数コースは勉強するための環境は普通コースよりも圧倒的に良いが、クラスが三年間同じという点が決め手となった。
理数コースは定員四十名のため、クラスがずっと同じとなる。
三年間クラス替えの楽しみを味わうことが出来ないなんて、そんなの御免だ。
進学校あるあるなのかもしれないが、青春がほとんど出来ないという理不尽さを訴えたくなる程の忙しいのに、何故か青春を求めたがる。少しでも青春というものを味わいたいという欲求を出来るだけ満たしたいのだろう。
青春はよく吟味するタイプだ。
いや、それは誤解を招いたのかもしれない。
決して彼女がいた時によく吟味しなかったことで心苦しい思いした訳でもないし、大親友から彼女を奪われてむしゃくしゃして小説を書き、「小説の神様」と言われるように志賀直哉タイプでもない。
あくまでも自論にすぎないだが、何故別れるのに付き合うのだろうか。
極論、結婚することもお互いがいつかは死ぬと言えるがそういうことを言いたい訳では無い。
中学校時代の友達も彼女ができたらしく、ソイツが俺のスマホに強制的にインストールしたインスタのストーリーでラブラブな様子を画面越しで確認した。
しかし、一ヶ月を過ぎた頃だろうか、そのストーリーがコロッと消えた。
それだけに留まらず、全てのストーリーのアーカイブも削除されていた。
正直「あらら」としか言い様がない。
もっと吟味していけ。
心の中でそうアドバイスをした気がする。
さて、ここら辺で俺の愚痴も終わりしよう。
八時十五分。
そろそろクラスの人口密度も上がってきた頃だろうかと周りを見回すとあと数人ってところまでに迫っていた。
「おはよう、湊。」
そう声をかけてくれたのは倉田 健太。
俺の親友であり、ライバルでもある。
「おはよう、健太。」
「今日も勉強してたのか?」
「うん、まぁね。」
「そろそろ僕に勝つ日も近いかもな。いや、負けないけど。うん、まぁ。」
「お前…。本当に俺の人生の大黒柱までへし折るつもりかよ。」
クラス順位一位の健太に勝つことなどもはや厳しいことだとクラス全員が知っている。
まぁ、俺は知ってるけど知らない。
周りも思わずこちらをチラリと見る。
そしてクスクスと笑い声が聞こえる。
本人は囁き程度だと思っているのか知らんが音はダダ盛れなんよ。
悲しすぎて泣きそうだよ。
健太とは中学校からの仲で、毎回のようにテストの点を競っているものの、俺に夜空に白星が輝いた日は一度もない。
コイツの強みは洗練された地頭だ。
勉強が出来ると言うよりかは勉強の仕方が上手なのかもしれない。
それか普通に天才、とか?
それは、俺が認めないぞ!(やめとけ)
理由としてコイツが学校で放課後に勉強していたところは1度たりとも見た事がないし、先生に授業前後で質問をしたこともないそうだ。俺の努力の結晶はこいつの結果によって溶解され、時が少し経てばまた結晶となる。
本当になんなんだよ。
「おはよぉー、湊。今日も早いねぇ。こっちは眠くて仕方ないよぉ~ふぁぁぁ。」
大きなあくびを俺に見せつけ、白い歯が丸見えになることは知ったこっちゃないと言い張ってそうな面をする彼女。
名前は河原木 凪咲。
本人は自毛だと主張するが、周りから見れば十中茶髪に染めた女の子だろう。
「なに? なんか歯についてる。」
気にするのはあなたの態度です。
「なんもなぇよ。てか、お前今日再試験じゃなかったのか?」
「いや、再再試だよ。」
おいおい、もっと悪いじゃねぇか。
「教科は?」
「数学Aと英語表現。」
「それは…もう…。やべえ言葉が出ねえ。」
「あたしの素晴らしさに感動したって捉えていいかな? この、恥ずかしがり屋の湊君?」
「お前の馬鹿さを表現する言葉は広辞苑によってねぇってことだよ。勘違い世界選手権初代女王の凪咲。」
絶対滑ったよね、これ。
これには某フィギアスケーターもびっくりだして、空いた口を塞げなくなるだろう。
ギャグのセンスにはほとんど自信がない。
でも、反射的に言い返してしまった。
「あ、湊くんおはよう。」
もう一人俺に声を掛けてくれた。
名前は小野 美由希。
凪咲とは対照的な黒い髪。
クロマグロや黒ナマコが黒いダイヤと呼ばれているが、彼女もその仲間入りをしてしまいそうだ。
下ろした髪の毛は手入れを怠った訳では無い。イラストレーターの描く二次元画像くらい綺麗な光沢が彼女の後頭部に描かれていた。
「おはよう、小野。今日も朝練だった?」
「ううん、今日は休み。少し用意に時間がかかっちゃってね。」
いつも朝練がない日は、俺の次に小野が来て大体は数学を教えあっているが、今日の朝は小野の姿を見なかったので少し心配していた。
四人で素っ気ない会話をしていたら、気づいたら始業時間となっていた。
会話が弾むと次第に体内時計の調子は狂っていく。
もうすぐ夏休みということで、授業も急ピッチで進む。
五十分の授業の間に何回も教科書のページをめくる。あぁ、眠い。
何とか四限目を乗り切り、お楽しみではないが、日常生活ではTOP5に入る至福の時間、ランチタイムになった。
と言っても、昼食で食べるものは母親が作ってくれた愛情たっぷりのお弁当でもなければ、コンビニ弁当でもない。俺が朝起きて作ったお手製の握り飯だ。具材は鮭、昆布、明太子の三つだ。
どこぞかのラノベかマンガで屋上で飯を食っているシーンがあって、少し憧れた時期があった。しかし、華名高校の屋上は鍵が掛かっていて入ることすら不可能だ。
それに屋上は掃除がされておらず、食事をするにはかなり不衛生だ。
掃除係を作ってくれ〜。
てか、屋上で飯食うってすごいことだよな。
なんていうか…。
うん、言葉に出来ない。
なんやかんやで俺は昼食を取るために教室を出た。
別に教室で食べてもいいが、少し外の空気を吸いたいっていうのがオネストな気持ちだ。
これを健太に伝えると、快くオーケーと返事をくれた。
武道場前は日陰になっていて夏には打って付けの場所だ。
クーラーが付いている教室でも少し暑いというのに日なたで昼食をとったら、こっちが飯になってしまう…。
健太と共に弁当箱を開け、それぞれ食べを始める。
「あ、湊。最近ケーキ屋はどう?」
会話の先陣を切ったのは健太からだった。
俺の家はケーキ屋を営んでいる。
まぁ、色々あって今は姉が切り盛りしているところ、現在進行形ってやつだ。
「うーん少しずつ客は増えてきたんだけど。なんか新規客が多いな。理由はまだ掴めていないが常連客の顔はかなり少ないと思う。」
「そうか。僕も何か手伝うことがあれば言ってくれるとありがたいね。」
「お前の心の優しさに何度俺と姉貴が救われたか…。本当に。またよろしく頼む。」
「と言っても僕は大した仕事をしていないけどね。」
その謙虚さは360度善人の態度だった。
その後は特に話すこともなく、黙食という形になってしまったが、別に気まずい雰囲気だからという理由もなかった。
教室に戻るとなんやら教室が妙にザワついていた。
視線を少しずらすと、そこで一人のクラスの女子が教師と話していた。
正直に言えば、この女子が人と話しているところを初めて見た。
思い返せば、初めて焦点を絞って見たのかもしれない。
黒縁のメガネはあまりにも手入れがされておらず、レンズにゴミが付いていて、それが反射してよく目立つ。
自然の力に任せた髪の毛もボサボサとまでは呼べないが、清潔感があると言えば、それは嘘になってしまう。
「オカリナ同好会の話だが、部員が1人足りなくてなぁ。誰か誘って入部してもらわないと廃部になってしまうから、誰か誘ってやってくれ。」
「はい、分かりました。」
あ、意外に返事はしっかりとしているのね。
俺のイメージでは、会釈だけして、その場を乗り切るのかと思った。
五六限目も終了し、放課後となった。
一人ぼっりになったが決して寂しいわけでもない。
勉強というもの基本一人でするものだ。
友達から教えてもらったり、先生にわからないことを質問すことは例外として。
校庭からはサッカー部の声援が聞こえる。
恐らく実際の試合を想定したゲーム形式の練習だろう。
クッソー。
青春しやがって。
俺も可愛いマネージャーと会話してぇ。
イチャイチャしてぇ。
声援とともに聞こえてくるのは、マネージャーの声援だけでなく、スパイクが地面を駆け巡る雑音。
雑音と言えば悪く聞こえてもASMRとか洒落た言い回しをすれば読者もさぞかし喜ぶことだろう。
教室には俺一人しかいないのに、まるで数十人が集まっているかのような雰囲気だ。
こんな不思議な空間が好きだ。
国語はあまり得意ではないが、一句詠んでみるか。
校庭で
地団駄踏んだ
それは俺
どうすか?
ブーブー。
俺の携帯が鳴る。
解いていた数学の参考書もキリが良いところだったので、俺はスマホを片手に帰る準備をした。
「今、暇だったら、少し生徒会室に来てくれないか?」
夜桜先輩からだった。
彼女は二年の夜桜 美子。
学年トップの学力は学年違いの俺でも知っている。そして、二年で生徒会副会長を務めるというかなりの実力者だ。
なんかクラスでインスタがどうとか言ってた生徒がいたような…。
彼女の言うことはほぼ強制のため、生徒会室に行った。
誰もいない教室。
誰もいない廊下。
でも、俺がいる。
でも、活気はなし。
学校というものは社会的集団の始まりの街みたいなものだ。
何をするにも学校での教育が必要になる。
しかし、その集団の中でまた集団が生まれ、それが幾度となく繰り返す。
いずれ、クラスのなかでグループが作られるまでに成長する。
でも、俺は集団というものにあまり好感を持てない。
そりゃぁ、助けが欲しいときは助け合う。
健太にだって今日助けられた。
でも、友達と遊園地に行ったり、放課後に部活までしてというのはあまり好きではない。
ワガママだし、クソってのは分かる。
恐らく自分が一番分かっている。
そんな気がした。
ガチャリ。
「失礼します。 黒谷です。」
必要最低限の挨拶をして、俺は生徒会室に足を踏み込んだ。
「おぉ、やっと来たのね。」
椅子を30度程こちらにズラし、俺に対して、声を掛ける、この人こそ夜桜先輩だ。
「で、今回はなんの用ですか?」
「何故、分からない?」
「そりゃぁ、何も言われてないからですね。」
「いや、何も言わなくても分かるべきだわ。」
「それ、嘘ですよね?」
「いや、
「いや、そこはカッコつける場所じゃないですよね?」
「じゃあ、お前もここまで呼び出しておいてとぼける場所でもないわよね?」
「いや、本当に分からないんですけど。」
「答え合わせでもしようか?」
「お願いします。」
「これは、重症かつ大罪だな。
よし、教えやろう。が_______________。」
「クラス一位を取れずすいませんでしたーーーーーーーーーーーーーーーーー。」
俺は彼女の前に滑り込み土下座をする。
「勿論、罰はお前のところのショートケーキだぞ。」
「お幾つでしょうか?」
「今からお前の家に行くから、その時に好きな分だけを食べよう。」
「はい、すいません。」
完全に忘れていた。
つい、三週間ほど前にもここに呼び出され、勉強を付きっきりで教えてあげる代わりにクラス順位は一位を取るという契約を交わしたことを。
これはあるまじき失態だ。
「私は今から生徒会の仕事をする。別にお前に対して仕事を分け与える訳でもない。でも、私がお前の家に着くまでにケーキの在庫は確保しておくように。」
うわぁ。めっちゃ怒ってる。
怖すぎて、漏らしそうだ。いや、ちょっと出たかもしれない。今すぐパンツを確認してみたい気持ちだ。
「はい、わ、分かりました。姉に伝えておきます。」
「よろしく。」
ニタっと口角が上がる。
いやぁ、その不気味な笑顔、怖いって。
俺は恐る恐る生徒会室を出た。
まるで息をするかのように自然なため息が一つ二つと回数を重ねていく。
いやぁ、マジで禿げる。
十代で薄毛対策しないとこりゃ毛根が…。
いや、今は別のことを考えろ。
そうだ、ケーキ。新作のネタでも考えよう。
えっと夏っぽいもの…。
桃づくし 贅沢タルト。とか?
桃、桃色、桜色、桜、夜桜、先輩。
あ。
もうダメだ。
人生詰んだ。
まるで人生という名のチェスでチェックメイトを言い渡された気分だ。
頭は痛くないが、痛いと嘘をついておこう。
昇降口に着くまでに色んな妄想(?)をしたせいか、もうこんな場所にいたのかとハッと驚いた。
白いスニーカーを手に取る。
腰の高さまでは手が補助をしてくれていたが、世の中はずっと助けてくれる分け与える訳でもない。あくまでも自立のためだ。
それを表すように、俺は腰を過ぎた地点で靴から手を離す。するとカタンと音を立てスニーカーが着地した。
ついでに砂を少しばかり落ちてきた。
昨日の体育でぐちゃぐちゃの校庭を走ったせいだ。これは掃除係にお任せします。
若干、黄色がかった砂と共に白いメモ紙も落ちてきた。
小学生の下手くそな紙飛行機のようにヒラヒラと落ちて、軽くサッと音を立てた。
なんだよ、これ。
イタズラとかしょうもないことするなよ。
本当に高校生か?
手紙の内容。
「伝えたいことがあるので教室まで来てください。よろしくお願いします。」
丁寧語を完全習得したことが伺えるこの文章を読むとなんだが俺という存在に恐怖心が湧いてきた。普通に声を掛けづらいってことなるよね?
そんなに俺は問題児ではない。
確かに先輩との約束を忘れることだってあるけど、それは故意ではなく、うっかりだ。
いや、それを問題児という言うのか…。
問題児でもいっか。(適当)
恐らく夜桜先輩が仕掛けてきたものだろう。
「ケーキ屋に今から一緒に行きましょ。その手紙を読んだ者の使命よ。果たす義務があるのよ。」とか言ってきそう。
本当に性格の悪さが滲み出てる。
最後のあの変な笑顔の伏線回収かもしれないと考えると自然に足が震えてしまう。
教室のドアをあけると、先輩の姿はなく、俺一人だけがポツンと突っ立っていた。
おい、ドッキリか、これ。
上手く引っかかったとか思ってるだろ。早く出てこい、仕掛け人。
「あの、黒谷くん。」
この声は夜桜先輩ではなかった。
初めて聞いた声でもないが、初めて聞いたかのように感じる。
振り向くとそこにいたのは、とんでもない美少女だった。
美由希のような髪は肩にギリギリかからないくらいの長さだった。
茶色い瞳は潤いたっぷりで、輝いている。
な、なんて可愛いのだ、この女子。
あまりの可愛いさに動揺してしまった。
過去形ではない、現在進行形だ。
「わ、私と付き合ってください。」
「え?」
世界がどよめいた気がした。
な、なんですと????
この俺に彼女ができる????
これには世界中がびっかりしてしまうだろう、きっと。
「ちょ、ちょっと待って。少し。少し話を聞かせてくれ。」
「はい?」
「君、名前は?」
「桐谷 楓、です。」
「えっと、なんて呼べば?」
「楓でお願いします。」
「クラスは?」
「あなたと同じです。」
おい、嘘つけ。
冗談はマイケルだけにしとけって。
「部活は?」
「オカリナ同好会です。」
ハッとした。
超難問クイズのあのひらめきのような感覚。
俺は気づいてしまった。
彼女がクラスのあの陰キャ女子だということに。
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