第38話 パーティ
「なっ」
江津は、ヨシヒトから見ても少し顔面が崩れているように感じた。
あの制作途中の銅像よりも、実物の方が少し気持ち悪い。
豚のような鼻に、左右で少し目の大きさが違う。そして、顔は油でテカっており、豪華な装飾のされた服を着てはいるが体型からしてとても丸い。
異世界にあるような典型的なキモデブ貴族のような。
ヨシヒトの第一印象はそうれだった。
「お前。かぁいいな」
カノンを見て一言発した。
そして、ポケットから「何か」を取り出しカノンへ向けようとしたとき、ヨシヒトが
「おいデブ!」
「あああ? 誰に向かって口聞いてんだぁああ?」
その「何か」はヨシヒトの方へ向けて発射された。
ように感じた。
「な、何だ」
「く、くそ。
こ、壊れたのか?」
身構えたヨシヒトは興ざめしたように
「道具に頼らないと何もできないのか? 雑魚が」
そういって、アイテムボックスを展開しようとした瞬間に
「申し訳ないのですが、ヨシヒト様。
ここで帰っていただけませんか?」
「は? どうしてじゃ。ヨシヒトは何もしてないじゃろう」
スーツ姿の男が部屋に入ってきてそういった。
その背後には屈強な男集団がおり、並並ならぬステータスを持っていることはすぐにわかった。
「いえ。本当に申し訳ないのですが、彼は国王から一番信頼されている人物でして。
彼から嫌われれば、気分屋の国王から何を言われるか。そして何をされるかわからないので。
正直に申せば、安全面からのご提案なのです」
「そうか。カノン。いくぞ」
「待て待て。わしをおいていくのかの?」
「爺さん同士、少し話せばいいんじゃないか?
先に宿に戻っておく。おい、カノン。早く準備をしろ」
「え、ええ〜ー。待ってくださいよヨシヒトさん。
ここの御料理を食べてからでいいですかぁ?
だって、出禁になったのヨシヒトさんだけですし」
名残惜しそうに、ドレスを脱ごうとするカノンの肩に手を置こうとした江津は、それを察知したカノンにひらりと身を躱され、行き場のない手を不自然にポケットに戻し、それから口を開く。
「彼女は、僕が責任を持ってご案内しよう。
そうそう。僕からは指一本触れないことをここに誓う」
「僕からはね」と、念を置き江津は神級契約術式を、言霊師に頼んだ。
つまり、端的に言えば「契約魔法」であり、その契約を破ればそれに応じた罰を受けることになる。
サラリーマン風の男性の後ろに控えた一人が、魔術師のようでその契約がなされようとしていた。
「そうだな。カノンに何かあればその心臓が爆散するのはどうだ」
「わかった。契約にそう印そう。
僕からカノンーーーーーーというのか可愛いな。に触ることがあれば、僕の心臓が爆発する。
一方で、カノンさんから僕に触れることがあれば。
つまり、そういうことだ。何も起こらず、僕はカノンさんをもらう」
「何をいってんだ? 脳みそ腐ってんじゃないのか?
別にカノンがどうなろうとも構わないが、そもそも俺が所有しているわけでもない」
そうして、契約が成立した。
「あのぉ。ヨシヒトさん」
「どうした?」
「私、帰りたいんですけど」
「と言ってるが?」
江津に言うが、
「一ヶ月、ここに滞在する。
そう言う契約だろう」
契約魔法が成立したとき両者の目の前に出現した、契約の書面。
その中には、少しフォントが小さく『なお、期間は一ヶ月間とする』とある。
後出しジャンケンをされたようにムカつくが、
「そうか。じゃあ、そう言うことだ。
カノン。あとで迎えに来るぞ」
「あ、ああーー。おいていかないでくださいーー」
「大丈夫だ。ドラケンもいる」
「は? わしは国王と話したあとすぐに帰るぞ。
ギルドの酒場で予約してきたからな」
「ああああああ、助けてくださいいいい」
カノンは、周囲のメイドから出されたお菓子を食べながら、大量の涙を流していた。
「そもそも、意図して触れることなんてないんですよ。
気持ち悪いデスゥウゥぅ」
カノンの鳴き声がこだまする中、一人、ヨシヒトは城の外へ歩き始める。
■
「さて。何をしようか」
悪い計画をしようとしているわけではない。本当に何もするあてがないので途方に暮れていた。
その寂しい背中が、城の門、貴族外の門から外に出ることを確認した江津は、「何か」をカノンへと向ける。
「!?」
《アストレア・コープ》それは。過去を改変する力。
しかし、その力はカノンには何の影響もなかった。
「一番古い記憶が、一ヶ月も経ってない? そんなことがあっていいのか?
だが、そんな風には見え、ないぞ? どう言うことだ!?」
カノンの記憶は、ダンジョンの出口で生き返ったときから始まっていた。
■
「ああー。渋いのう。渋い渋い。
何が王様じゃ。大した金を持ってないくせにのう。
結局世の中金じゃ。力じゃ」
「そんなことないのではなくて。
お金を持ってなくても幸せにはなれますわ」
「それはお前さんの持論じゃろうて。
それとわしは違うんじゃ。
わしは金と酒があればいいんじゃ」
ここは、パブ。
女と性と、酒と肉が入り乱れる酒場の一つ。
ギルドでの飲みの後、互いの健闘を称え合ったドラケンとその他男どもは、二次会としてここにきた。
それも全てドラケンが支払いを持つせいで、何十人と男どもが付いてきた。
その中には、成人したばかりの草食男児もいたし、冒険者になったばかりの若造もたくさんいた。
それも今や、全裸になりテーブルの上でダンスバトルを繰り広げている。
ポールダンスを披露するペアもおり、ここはカオスの戦場であった。
「あーー渋い。
渋いのう」
その日の支払いは、金貨で15枚。
銀貨10枚で4人家族が一月普通に暮らすことができる金額だ。そして、銀貨100枚で1枚の金貨になる。それの15倍。単純計算で、150ヶ月。一般人が10年間以上も暮らせる金額を一晩で使うことになった。
その支払いは、ドラケンを通じてこの国が負うのだ。
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