第23話 失踪
それは、回復薬ではなかった。
ヨシヒトの探していたものではなかった。
そして、ヨシヒトの思考はそこで止まった。
「ど、どうしたんじゃ?」
ドラケンが尋ねるが、反応はなく、止まった彼は、その場に無意識にアイテムボックスの出口を大量に量産していた。
よって、その場に、彼の集めていたドロップアイテムが全て吐き出されていた。
そこには、今先ほど回収したカイエルの死体もあった。
彼は、エルフであり、ドワーフに偏見もなく、ただ単に力を求めた、ドラケンの唯一の理解者であり、息子のようなものであった。
しかし、その彼の変わり果てた姿を見て、ドラケンは言葉を失った。
ドラケン。彼はダンジョンの深奥まで挑戦しながら、特殊なアイテムというものをほとんど持っていない。
神級の回復薬も見つけたことはあるが、それを売り飲み代に消えたことは記憶に新しい。
その前に。
「このアイテムはどこにあったんじゃ? それに、カイエルはどこから」
ドラケンには。
この世界には、アイテムボックスという概念は存在していなかった。
結果、ドラケンは、動かないヨシヒト、カイエル、そのほかの一人の少女を前に座り込むことしかできなかったのだった。
「果たして。どうしたことか」
そうやって、ドラケンは自分の持っているアイテムを整理し始めたのだった。
ドラケンは長い人生の間。いろんな人が死んでいくのを目の当たりにして着た。
昔から忠誠を捧げてきた姫や王様。友人やギルドの仲間。
自分の目の前で死んだ人も、殺された人もいる。
人はいつしか死ぬものだ。
そして、今、目の前でこの三人が死んでいようと、それが人生なんだと受け入れる。
それ以上、感傷に浸っていられない。
面白くないし、それまでだからだ。
意識は過去に止まっていられない。
時間は未来へと進んでいくのだ。
無駄にしてはいられない。
しかし、今日ばかりは少しだけ。足を止めていいだろう。
三十年以上共にしてきたエルフが死んでしまったのだから。
ドラケンは、酒を取り出した。
アイテムボックスではない。
その袋はマジックバックといい、その大きさのおおよそ四倍を収納できるという、魔物のドロップアイテムの一つ。
深層のモンスターのドロップアイテム。
持っているのも限られる、レアなものであるのだが。
それを、この少年は持っているというのか。
ここまで大量なアイテムを保存できるほど。
その部屋には、ダンジョン特有の壁が存在しない。
その代わりに、大量のアイテムがその場を埋め尽くす。
天井までに届くほどではないが、その部屋には収まらないほどのアイテムがそこにある。
おおよそ、ここまで倒して来たモンスターのドロップアイテムを全部根こそぎとって来たような。
それより多くの。そんなドロップアイテムの山。
その中に、不自然に二人の死体。
ドラケンは悩むしかない。
死体に死んだ時の時間経過は見られない。
今死んだかのように、血の気は通っているし、死んですぐのようだった。
同じ。
カイエルと同じ瞬間に死んでしまったかのよう。
「あの攻撃に巻き込まれたのか」
先ほどのモンスターの範囲攻撃。
部屋を貫通して、この階層全体に届き、部屋を区切る壁が全て消失した、その攻撃。
死んでしまったというのも納得だ。
現にカイエルもそれでとどめを刺されたのだろうから。
「少年よ。生きておるか?」
その片手には、「神造酒」。
神の世界で作られた酒であると言われるが。
まぁ、それ相応にうまい。
かろうじて、少年は呼吸はしているようだが、意識がない。
彼の手には、このモンスター。スライムのドロップアイテムが握られている。
それは、回復の神薬。
体の欠損など、すべてを回復させるという、薬。
売れば莫大な富になる、素晴らしい薬。
昔、それを持っていれば王は、姫は死ななくてよかったのだろうと思った。
それも今も同じ。
カイエルに使ったとして、そのアイテムは効果がないだろう。
それは、この場で倒れている彼女も同じ。
「死人は生き返らない」のだから。
だから、彼は動きを止めたのか。
「なぁ、そこのドワーフさんよ」
「なんじゃ?」
彼はこちらを見ずに、声だけをかけてくる。
そして、
「俺を殺してくれよ。俺を人殺しのまま地上に、街に返さないでくれよ」
それは、なんというか。悲痛な。心からの叫びか。
しかし、人殺しとな。
それならば、ギルドカードに表示があるようだが。
それに、近づいたときにわかるはずだ。
意思を持って人を殺した時。その意志さえも神に監視されており、その時は世界各国で犯罪者として感知され、即座に監獄エリアに転移することになるはずだが。
つまり、彼は。この少年は人殺しではないということだが。
詳しく説明すれば、自分が正しいと感じた正義に、人を殺すことが含まれていたとして、それを実行するとして、それは犯罪者なのか。答えは否だ。
自分の正義のための人殺しであれば、感知されることもないし、それは犯罪と判断されない。
それは、精神異常者として、この世界の敵。
しかし、彼はこうして実際後悔をしているということは、そう言った精神異常者ではない。
普通の人間だとして、
「本当にお前さんが、人を、彼女を殺したのか?」
そう質問するしかなかった。
「は?」
少年は、そう言って、初めてドラケンを見た。
「お前さんが本当に殺したのか? と聞いたのじゃ。もしそうならここにいないはずじゃしな」
「それは、どういうことか」
「犯罪者は、自動的に監獄へ転移してしまうシステムがこの世界にはあるんじゃが」
ドラケンは、自分のあごひげを触りながら
「そのシステムに感知されていない。監獄へ行っていないということは、お前さんが本当に彼女を殺してしまったのか? ということじゃ」
「いや、俺は。殺していない。
俺じゃない。俺じゃない。俺じゃない。俺じゃない。俺じゃないんだ」
「じゃあ、それでいいじゃないか」
ドラケンは、それを言い残すと
「このエルフはもらっていくぞ。戻って埋葬せんとな」
「この世界には、人を生き返らせることはできないのか」
少年からの質問。
「まぁ、あるんじゃないのか? 俺は知らんがの」
瞬間だった。
その場に散らかった全ての「もの」が消える。
ドラケンが持っていたカイエルの死体も含めて。
何もかもが視界から消え、スライムが破壊した階層の生肌のみが露出する。
「何をする」
「見つけるまで付き合え」
それは、ドラケンが「バケモノ」と初めて会った瞬間であった。
それから2年間。
ヨシヒトとドラケンを見た自由都市アーバンの人間はいなかった。
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