第21話 深層

 それは、限りなく黒に近い。


 しかし、証拠がない。


 目的がない。




「ねぇ、ミリーナ。これって」




 ミリーナの正面に座る彼女。同じ受付嬢で、しかしあまりおもてには出ない裏方事務な彼女。


 名前をナオという。




 彼女は、黒髪黒目のこの地方ではあまり見ない造形をしている。


 誰に似ているかと聞かれれば、昨日今日みた、ミウラ・ヨシヒトであろう。


 彼も、黒髪黒目である。




「で? なに? どうしたの?」




 身を乗り出して、ナオの机に顔をだす。


 そして、彼女が持つタブレット端末に目を通した。




『カノン・オーグスト。生死不明。行方不明。』




 とだけ書いてある。


 ミリーナは瞬間に頭をフル回転させる。


 彼女は、ミウラ・ヨシヒトについていった。


 彼は初日から万越えをするほどの実力者。だと思っていた。




 が、それは違ったのか? 


 いや、だからこそか?




 身の丈に合わない場所に行ったカノンが死んだのか?


 死んだとして、こんな表示な訳がない。


 ギルドカードに連結して、生死は即座に判明するはずなのに。今回はそうではない。


 つまり、本当に死んではいないのか?




「誰が殺したの? いえ、本当に死んでいるの?」




 カノンに死んでもらっては困る。


 結局、疫病神などと言って罵ってはいるが、彼女もミリーナにとって、いなくてはならない存在であるのだ。死んでもらっては困る。




 それに、ギルドカードの凄いところは、死亡時の光景をサーバにアップすることだ。


 殺した際に、殺した人間を特定し、全世界に同時に指名手配することができる。


 そうすれば、コンピュータ管理されているダンジョン都市を中心に、サービスを受けられないどころか、世界での人権が失われる。




 盗賊、そのほか強盗。殺人、強姦。


 何もかも。




 犯罪行為は、確実に法的に裁かれる。


 そして、金輪際。未来永劫。そんなことをした人間はこの世から抹消されるのだ。




 もし、カノンを殺したのが、ミウラ・ヨシヒトであれば…………




「え、ど、どうなんでしょうか。私にはわからないです」




 コンピュータ関係では、随一の知識量を誇っているナオでさえ、今回のカノンの失踪という事件に生じされた情報をうまく読み取ることはできない。




「現段階で判ることを話しますね。オーグスト氏は、この世界にいないこと。それに、ミウラ様は白です。彼は、今回の事件に関して何も関係はないです」




 そう言われてしまえば、何も言い返すことはできない。


 結局、このシステムが世界を支配しているのだ。


 もしも、システムが嘘を付いても、ミリーナ達人間が、それを嘘と見抜けるはずがないのだ。


 それを、皆が平等に知っていた。




 いや、知ってもなお。


 この世界の生き易さにのしかかっているだけ。


 すでに、このシステムなしじゃ生きられない寄生虫。




「ヨシヒトさんとはぐれて、一人で死んじゃったっていうの? あの子らしくない」




 一人で震えている。


 それ以上に。何も考えられない。




 カノンがいなければ、計画は。あの作戦は、成功どころかスタートさせることすらできない。


 最後に、おおよそ9万Jを稼いだだけで、終わってしまうのか。




「明日までに、集められる情報をかき集めてちょうだい。それで、ギルドマスターにも報告しましょう。


 ダンジョンでの異変。


 死者が、死者として存在できない、現状。ヨシヒトさんにもどうにかして伝えなきゃ」




 ミリーナ。


 ミリーナ・ハウェイル。


 後世から残虐天使と呼ばれた、可哀想な人間である。







 75階層。


 昨日の冒険で、大きな戦闘をした「馬頭」との戦場。


 そこには、大きな宝箱が存在していた。




 昨日と同じ。


 もしも、その部屋に踏み入れれば、モンスターとの不可避な戦闘が始まるのだろう。


 しかし、それもまた一興。




 今のヨシヒトには怖いものはなかった。


 ダンジョン。昨日の段階ではモンスターが瀕死で倒れていただけなので、それをアイテムボックスから出す「鋭利なもの」で刺すだけで殺していた。


 それだけで終わっていた。


 けれど、今日は違っていた。




 少なくとも戦闘はあった。


 生きていたのだ。モンスターが、ヨシヒトに襲いかかってきたのだ。




 飛んでくる火の粉を払うだけ。


 ヨシヒトは、その手にする聖剣である「アロンダイト」を振るだけ。


 それだけで、今までのモンスターは死んでいた。




 この階層での敵はもういない。


 幾らか攻撃を受けたが、どれだけ強化されたのか。ヨシヒトには傷ひとつつかないでいた。


 結局、化け物になったのはどっちだ。




「餓死するしかないのか」




 人を一人。


 自分の意思でもないのに、殺してしまった影響で。


 ここまで自分を責められるのか。


 そして、その人間が少なくとも友好関係を築いていたというだけで。




「こんな気持ちになるのか」




 宝箱を開ける。


 昨日のような戦闘にはならなかった。


 それはただの宝箱だ。




 日にちによって、形態が変わるのか。それとも、昨日だけハズレくじを引いただけなのか。


 それ以外になんだ?


 再び戦闘できるようになるには、日数が必要なのか? リポップクールタイムか?




「まぁいい」




 その中には、望んでいるものが入っているわけではない。




【拘束の鎖(10km)】




 どれだけの強度かは知らないが、それもアイテムボックスに入れておく。


 後々活用する日が来るかもしれない。




「まだか」




 カノンを生き返らせるための手がかりすらない。


 この世界に来て2日目。




 最初の目的を見失って、早くも死にたかった。




「でも死ねない」




 精神的な問題ではない。


 この階層での、物理的な問題だった。


ーーーーーー


ミウラ・ヨシヒト(20)


rank 94


HP SSF451 


STR SSA678


DEX SSA698


VIT SSE470


INT SSH333


AGI SA293


MND TD1113


LUK TE1032




スキル:がwれh、アイテムボックス3、魔法適性、強奪者、虐殺者、観察者、射出4、殺人、拘束者、呪術者(被)、隠密


ーーーーーー


踏破階層75層。


 これからは、新しい挑戦が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る