いつの間にかフリーハグをすることになっていた俺。見知らぬ駅の前で立たされていると、男嫌いで有名な学校で一番人気の美少女がハグだけでなくキスまでしてきて「ずっと好きでした」と告白してきました

本町かまくら

第1話


 クリスマスも近い、十二月某日。


 色鮮やかなイルミネーションを目の前に、『フリーハグお願いしますッ‼』と明らかに食い気味な紙を頭上に掲げて、はぁ、とため息をついた。


 なんで俺がこんなことを……。


 それは昨日に遡る。






 友達三人組で、いつも通り深夜のオンラインゲームに興じていた時だった。


『ってかそろそろクリスマスじゃん。なんか予定入ってる?』


『残念ながら入ってねーよ。そういうお前は……入ってないよなあ』


『か、勝手に決めつけんなよ! 第一、俺がもし入ってたらどうすんだよ……いや、入ってないんだけどさ』


『ほらな!』


『クリボがクリボ馬鹿にしてんじゃねぇよ仲間意識持てよゴラァぁぁ!!!』


 深夜テンションに加えてクリボテンションも付帯した友人二人。


 そんな二人の会話などそっちのけで、俺はボーっと深夜アニメを見ていた。


 もちろん、ゲームをしながら。


『でも高二のクリスマスでボッチって、なんか悲しいよな』


『……だったらさ、フリーハグとかすればいいんじゃね?』


 友人の一人が笑いながら、明らかにふざけて言った。


 今考えれば、実に荒唐無稽な案。


 しかし、もう一方の友人もかなりのアホで。


『……ナンパよりも確実性があるじゃねぇか! よっしゃ、やるか!』


 深夜のノリで即決断。


『でもただやるだけじゃ面白くないし、このゲームでビリだった奴がやるってのはどう?』


『いいね、そうしよう!』


『浩人もいいよな?』


 ――このとき、俺はちゃんと異議を唱えればよかった。


 しかし、今はアニメのクライマックスシーン。二人の会話など心底どうでもよかったので、



「ん、おけ」


 

 そう適当に返してしまい。


 その後、バトルが繰り広げられ、そしてお決まりのように――


『はいっ、ビリは浩人に決定ッ! 明日の放課後、実行な~!』


『フハハハハハ!! 楽しみで仕方がねぇ!!!』


「…………は?」


 気づいた頃には、俺はフリーハグをすることになっていた。






 ――というわけで、現在に至る。


 遠くから悪友二人が俺のことをニヤニヤと見てきていて、一瞬殺意が芽生える。


 見知らぬ駅の前にしてくれたあたり多少の配慮を感じるが、フリーハグに勝算あると思っておきながら罰ゲームで俺にやらせてるあたり、適当にも程がある。


 ……いや、適当に返事して見事に惨敗した俺が、言えたことじゃないか。


「さっむ……」


 マフラーを着用しているが、凍えるほどに寒い風が吹きつけている。


 おまけに俺の前を通る人の視線も冷たく、心身ともに冷え切ってしまいそうだ。


 俺はここ最近妙に多くなったカップルとイルミネーションを交互に見て、どこか寂しさを感じる。


 フリーハグは恥ずかしいけど、俺だって彼女とクリスマスを過ごしたい。


 何だったら、好きな人だっている。


 でも何も踏み出すことができていないから、こうしてクリボ三人衆でくだらないことをしているわけで。


 心底負け組な過ごし方をしているなぁと、どこか他人事のように思う。


 目の前にカップルが通る。


「ねぇ見て、フリーハグだって」


「なんだあれ。見てるこっちが恥ずかしいな」


「ふふふっ、そうだね」


 さらに距離を縮めるカップル。


 感覚が麻痺っているのか、自分が笑われていることよりリア充であることにムカつく。


 ただ、別にそれを表に出すわけでもなく、ただこれが終わるのをじっと待っていた。


 当然、こんなバカげたフリーハグなんかをしてくる物好きなんているわけないと思っていて。


 いつか笑い話にしてやろうと、そんな風に考えていた。


 気づけば一時間ほど経っていた。


 元々人通りが少ないという事もあって、辺りが夜に溶け込んでおり、イルミネーションの光が映え始めたあたりでほとんど俺の前を通る人はいなくなった。


 人がいないんじゃ、これをやっていても意味がない。


 だからそろそろ切り上げて、ラーメンでも食いに行こうと思ったその時。



「――間瀬くん?」


 

 声をかけてきたのは、俺がよく知っている、いや、俺の高校に通っている人なら誰もが知っている人だった。


「さ、榊……」


 男嫌いで有名で、学校一人気な美少女、榊茉奈(さかきまな)。


 艶やかな長い黒髪に、人形のように整った顔立ち。豊満な胸は、身長が小さいためより強調されており、男たちを魅了する黒タイツに包まれた綺麗な足が腰からすらりと伸びている。


 どこかミステリアスで、クールな雰囲気を漂わせており、他を寄せ付けないオーラを放っていた。


 榊は高一からずっと同じクラスで――そして一番今の俺を見て欲しくなかった人物。


「こんなところで何やってるの?」


「何やってるって、そ、それは……」


 男嫌いな榊が、何故か俺に話しかけてる不自然さはさておき。


 俺はその質問に答えることができず、ハッとして頭上の紙を背中に隠そうとした。


「ん、なにそれ」


「あ」


 瞬時に腕を掴まれ、紙をガン見される。


 ……詰んだ。


「『フリーハグお願いしますッ‼』?」


「……………」


 はてなマークを顔に浮かべる榊。


 いつもクールな表情を浮かべており、それもあってか心なしか罪を咎めるような視線を向けられている気がする。


「フリーハグ、ねぇ……」


「いや、違うんだこれは」


「何が違うの?」


「その、なんというか罰ゲームで……」


「罰ゲームで、こんなことしてるの?」


「まぁ、その……そうですはい」


「ふぅーん……そう。まぁ、どうでもいいや」


 やっぱり接し方とか視線が冷たい。


 話しかけてきた理由は分からないし、なんでここに榊がいるのかも分からない。


 だけど明らかにフリーハグを求めていた俺を軽蔑している……!


 最悪だ。ほんと最悪だ。


 なんでこのタイミングで、榊に会うんだ……。


「ねぇ、間瀬」


「な、なんだへえぇっ⁈」


 一瞬の出来事だった。


 榊が俺のことをじっと見て、腕を広げて、そして俺に抱き着いてきた。


 むぎゅっ、と妙に柔らかい感触と、女の子特有のいい匂いがふんわりと鼻孔をくすぐる。


 豊満な胸がぐにゅ、と俺に押し付けられていて、確かな温もりと感触を感じた。


 短い榊の腕が俺の背中にまで伸びていて、包み込むように俺を抱きしめている。


 視線を下げるとすぐそこに、撫でたくなる榊の頭があって、ちらりと上目遣いで俺のことを見てきた。


「ハグ、してもいいよね?」


「……も、もうしてるじゃん」


「ふふっ、だってフリーハグなんでしょ?」


「そうだけど……」


 そうだけど、まさか本当にフリーハグされるとは思ってもいなかった。


 しかも、まさか榊に……なんて。


「え、えぇ⁈ さ、榊さんが浩人に抱き着いてるぞ⁈」


「う、嘘だろ⁈ なんだこれ! ってかアイツ死〇!!!!」


 二人の悪友が慌てふためく姿が少し見えたが、すぐに視界から消した。


 今あいつらを見るのは、もったいないにもほどがある。


 そんなことより、この状況。


 一体、どうなってるんだ⁈


「間瀬って、意外と男の子らしい体つきしてるんだね」


 あの男子と話すことがない、男嫌いで有名な榊が俺に抱き着いていて。


「ん……きもちいい……」


 熱のこもった甘い吐息を漏らしながら、ぼそぼそと呟いている。


 今度はぐりぐりと頭を俺の胸に押し付けてきて……なんだこの生き物は。可愛いしかない。


 今は一方的に榊に抱きしめられている状況だが、果たして俺の方からも抱きしめていいのだろうか。


 行き場を失っている腕が迷いに迷っていると、榊がゆっくりと俺から離れた。


「フリーハグ、堪能させてもらったよ」


「そ、そうか」


「ふふっ、ハグって、いいね」


「さ、さようですか」


 頬を紅潮させ、とろんとした瞳を俺に向けてくる。


「あぁ、ダメだ。私もう、我慢できない」


 そう言うと、榊は再び俺との距離を縮めてきた。


 「んっ」と息を漏らしながら背伸びをし、そして――俺にキスをしてきた。


「んちゅっ」


「⁈⁈⁈」


 僅かな間唇と唇が重なり、また離れる。


 不意を突かれた俺は当然呆然と艶めかしい榊を見ていて、榊は顔を真っ赤にして、照れくさそうに両手を頬に添える。


「ご、ごめん。キス、しちゃった……」


「……ふ、フリーハグでは?」


「……我慢ができなかったんだよぅ」


 なんだそれ、可愛いかよ。


 クラスの男子に話しかけられたら「ごめん、今忙しいの」って冷たく言ってた榊が、これよこれよ。


 もう可愛いしかない。ってか可愛い。


「ねぇ、フリーキスも、してくれない?」


 欲しがるようにそう言われて、断れる男がどこに居るだろうか。


「……喜んで」


「っ……!!! ま、間瀬っ……んっ」


 首に腕を回して、強引なキッス。


 蕩けるような心地に、冬の寒さなんて忘れてしまう。


 柔らかくて、瑞々しい榊の唇の感触。


 触れ合っている体はどこも柔らかくて、守ってあげたいと思ってしまう。


 目を開けばすぐそこにある顔は、やはり人形のように整っていて、美少女とは榊のために作られた言葉なんじゃないかとすら思った。


 その後、何度かキスを交わして、ようやく離れた俺たちは、お互いを見られないほどに顔を真っ赤にしていた。


 もじもじと指をいじる榊は、もはや俺の知っている榊ではなく。


 だけど、相変わらず、榊は俺の……。


「ねぇ、間瀬」


「な、なんだよ」


「今更いうのもあれだけどさ」


 榊が息を吸って、吐いて。


 心底恥ずかしそうに、でも瞳に確かな意思と決意を灯して言った。








「ずっと好きでした。私と付き合ってください」








 榊が俺のことを好き。


 信じられないことだけど、夢だって言われた方がまだ信じられるけど。


 夢でもいいとそう思いながら、でも俺の痛い妄想を吹き飛ばすように、俺は力強く、でもハグをするみたいに優しく。



「俺もずっと好きだった。だから、よろしく」



 すると榊がとびっきりの笑顔を見せて、


「嬉しい……ありがとう、間瀬っ」


「こっちこそ、ほんとに、ありがとう」


 できる限りの温かい笑みを浮かべると、榊が俺の胸に飛び込んできた。


「うおっ!」


「……ずるいよ、間瀬」


「……そ、そうか?」


「でも好き。すごく、好き。大好き。大好きだよ、間瀬」


「……俺も好きだよ、榊」


 ずっとずっと、榊のことが好きだった。


 一年の頃、初めて榊を見た時から、ずっと。


 だから前からこうしたいって、思っていた。


 何度榊と抱き合うことを想像し、馬鹿げた妄想だと諦めたことか。

 

 でも、今は確かに俺の腕の中に榊がいる。


 それがたまらなく幸せで、俺は少し強めに榊を抱きしめた。


 イルミネーションに照らされながら、俺たちは抱き合った。


 そしておかしくなって、二人で笑った。


「順番、色々と逆だったな」


「……だって、しょうがないでしょ。間瀬がフリーハグなんてするから」


「……フリーハグ最高」


「ふふっ、なにそれ」


 子供っぽく無邪気に笑う榊に、また好きの気持ちが溢れる。


 まさかフリーハグがこんな結末を連れてくるなんて……ほんと、世の中何が起こるかわかったもんじゃない。


「ねぇ、間瀬」


「なんだよ」



「……もうフリーハグなんて、しちゃダメだからね?」



 クールな表情とは打って変わって、甘えるように俺を見てくる榊に、いたづら心が芽生えてしまう。


「どうして?」


「……わかってるくせに」


「わかんないなあ」


「…………間瀬のハグは、私だけのものだから」


 うっ……!


 ギャップ萌えでさらに可愛い……!


 あぁもうダメだ。もうキュン死する。ってかうちの彼女可愛すぎません?


 色々と感情が溢れ出してきて、俺は欲望のままに、榊の小さな唇に唇を重ねた。


「んっ⁈⁈⁈」


 驚いたように目を見開くが、すぐに気持ちよさそうに目を細める。


 その仕草もまたあまりにも愛おしくて、俺は少し長めに榊と体温を分け合った。


 名残惜しいと思いながら、ゆっくりと離れる。


「……と、突然、す、するなんて……心臓がもたないよぅ」


 さっきまでガンガンに攻めてきたクールな榊がこの反応。


 俺の心臓が先に持ちそうにない。


「最初にいきなりキスしてきたのはどっちだ?」


「…………間瀬のいじわる」


 水色のマフラーに顔を埋め、怒ったように俺のことを見てくる。


 だけど、それは明らかに愛のある視線で。


 俺はたまらず、



「好きだ、榊」



 ビクン、と体を震わせる榊。


 すべての反応が、俺の急所をついてくる。


 余裕のない表情を浮かべる榊が、てくてくとゆっくり俺の方に寄ってきて、胸に手を当てた。



「私も好き、だから」



 ……なんだそれ。もう好きすぎて好きだ。


 榊が甘えるように、俺に体を預けてくる。


 それがハグをしろ、という合図なのだと分かって、俺は優しく榊を抱きしめた。


 そして艶やかな髪を優しく撫でると、喉を鳴らしてさらに甘えてくる。


「……好き」


「俺も好き」


「大好き」


「大好きだ」


「わ、私の方が好きだよ?」


「俺の方が好きだよ」


「……ふふっ、なにそれ」


 小さく笑うと、ゆっくり俺から離れて、か細い指を俺の指に絡めてきた。


「じゃあ、そろそろ帰ろっか」


「そうだな」


 そう言って、俺たちは手を繋いだまま、改札を通った。


「ねぇ、間瀬。クリスマスはどこ行きたい?」


「うーん、イルミネーション見に行くのもアリだよな」


「そうだね。でも……家とかも、アリだよね?」


「……だな。でも、正直俺は、榊とならどこでもいいよ」


「……も、もうぅ」


 クーデレな榊と、これから訪れるクリスマスに想いを馳せながら、歩いていく。


「…………」


「…………」


「「ふ、フリーハグ、すげぇ……」」


 悪友二人のことは置いていって、俺はちょうど来た電車に榊と乗り込んだ。


 

 まるで夢のような現実。


 もしかしたら少し早めにサンタさんがプレゼントをくれたのかなぁなんて思いながら、横で幸せそうに微笑む榊を見る。



「なぁ、榊。あのさ――」



 さて。今年のクリスマスは、どんな風に過ごそうか。




                       完


 


  

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