第18話 お気の毒ですが、人か化物か迫られるみたいです

「…そうか、貴方が、師匠。あなたが、盗賊を此処に仕向けたのですか」


この唐突に襲ってきた盗賊、その原因が、師匠であるジュピターにあるとジャックは看破した。


「ご明察。盗賊の討伐依頼があっての…丁度、お前が居ると思ったから、村に嗾けたのよ…盗賊らには、村を襲い、其処に居る〈聖霊神魂〉の持ち主と戦えとな」


本来、ジュピターは盗賊の討伐を行う為に彼の住む村近くまでやって来た。

そして盗賊を亡ぼす前に、統領であるクロムレックに交渉を持ちかけたのだ。


「……」


それが、ジャック・オ・グレイマンと戦い、彼の力を引き出す事であった。

それをすれば、盗賊の討伐を完了扱いにして、クロムレックを見逃してやると言う条件でだ。

しかし、クロムレックとジャックの戦いは、ジュピターにはあまりお気に召さない戦闘内容であったらしい。


「本気を出せば見逃すと言ったが…なんとも陳腐な争いよ…血が滾らず肉も踊らん。よもや此処迄衰えているとは、儂は悲しいぞ」


目を細めて悲哀の色を醸し出すジュピターに、ジャックは一つの懸念を彼に伺う。


「…貴方は、何時から俺がこの村に居ると?」


そうだ。

一体、何時の時から、ジャックがこの村に居ると思ったのか。その確信は何処から来ていたのか、ジャックは気になった。


「ん?あぁ、勘」


そして、ジャックは唖然としていた。

わなわなと唇を震わせて、奥歯を強く噛んだ。


「勘、って…此処に、俺がいなかったら!!…貴方は、村を一つ、潰しかねなかったんですよ!?」


「そうだの、まあ、居れば運が良かった、居なければ…儂が直々に盗賊を潰していた。どちらに転んでも…まあ、被害は出ただろうがな」


ジャックは、あり得ないとジュピターに目を向けた。

彼が学生時代、ジュピターに稽古をつけて貰った時から、もう何十回も、彼を人でないと見下したものだ。


「何を怒っている?お前は、人ではない、化物だろうに?ならば、人らしい感情は捨てよ」


「俺はッ」


「あぁ、そう言えば…」


たんッ。

と、地面を蹴る。

ジャックの目に追えぬ程の稲光が走ると共にジャックの背後に立つジュピター。


「貴様は弱体化して、人になっているのだろう?」


「(ッ早い、なんだ、この速さはッ!?)」


クロムレックは驚愕した。

ジャック・オ・グレイマンの背後を余裕と言った表情で取るジュピター。


「おい、クロムなんたら…貴様、負けを認めろ」


ジュピターは、驚きのあまり硬直しているクロムレックにそう命令する。

その命令を聞いて、クロムレックは首を縦に振った。

力量の差は既に、ジュピターと一度目の交戦で経験済みだった。

潔く負けを認めて、彼は自首する事が確定する。


「さて、スルト坊や。化物を忘れたお前に、化物を教えてやろう」


ジュピターは笑いながら、振り向くジャックに向けて手を平にして彼の前に出す。

炎を纏う業火の拳がジュピターの掌に触れる寸前に、稲光がジュピターの手から流れ出す。

雷と炎、その高出力のエネルギーが互いの炎と雷を押し合っている。

歯を剥き出しにして怒るジャックに対して、ジュピターは笑っていた。


「本気を出せよ、スルト坊や。化物になれよ、儂になれよ」


背中から噴出される雷の矢が、大きく弧を描いてジャックに向けられる。

ジャックは後方に向けて地面を蹴って、雷の矢を回避しようとするが、雷の矢は軌跡を変えてジャックの体に突き刺さる。


「が、ぁッ!」


雷の刃の如き痺れが体中に廻る。

激痛を受けて、嘗ての訓練で受けた雷を思い出す。


「あ、が…ッ、い、たい…痛いッ…」


ジュピターはゆっくり歩きながら、ジャックの元へ向かう。


「ならねば死ぬぞ、ならねば殺されるぞ、そうれそうれ、お前は人か?それとも化物か?答えて見せよ、剣を持ち外敵の喉笛を貫き、銃を構えて胸元を撃ち抜け、儂はそう教えただろうてッ!」


脚を振り上げると、稲光が太腿から脹脛へと走る。

すると、蹴りの速度が上昇して、ジャックの体が後方の奥へと蹴り飛ばされる。

家の壁にぶつかって、建物を破壊するジャック。

その音に、駆け寄る二つの足音があった。


「グレイッ!!」


「ご主人様っ」


その二人。赤髪を二つ結びにしたルィンと、白銀の髪を靡かせるシャリア。

彼女たちの姿を確認して、ジャックは体に感じる痛みを我慢しながら顔を上げる。


「ッ、ルィン、シャリアッ!!」


声を上げて二人の名前を呼ぶ。

その後に、『こちらに来るな』と言う台詞が言えれば良かったのだが。

彼が声を上げるよりも前に、ジュピターがやって来る。


「ほう、なんとも、両手に花よな。スルト坊や。最早お前、今更人としての道を歩もうなどと思っているのか?お前はもう汚れた、汚れ果てた。拭っても洗っても擦り付けても…人を殺したと言う事実は変わらん、汚れたのは血ではなく、その手が化物であるが故に」


既に人を殺したジャックに残された道は、人を殺める化物でしかない。

ジュピターはそう思っている、だからこそ、彼が人に戻る事は彼は望んでいない。


「そうさな、逆に…人だとしてみよう。お前は人だ。だからこそ、人ゆえに価値を失う…その後ろに立つものがお前にとっての価値ならば…儂はそれを壊して投げ捨ててやろう。その時お前は、再び化物となると信じてのっ!」


ジュピターの視線はシャリアとルィンに向けられた。

彼女らが死ねば、彼は自分自身を許さないだろう。


「やめッ」


やめて欲しい。

そう答えようとする彼に。


「そこでほざいているが良い、人のままなッ!!」


ジュピターの声が容赦無く響く。

それもそうだ。言葉一つで止められる程、この世はうまく出来ていない。

声が静止を生まぬ代わりに…彼の脳裏に憎悪を生ませた。




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