戦場帰りの最強騎士はお気の毒ですが精神を病んでしまいました。仕方が無いので故郷に帰るらしいですが、ヒロインが出迎えてくれたり追い掛けてきたりしてるみたいです。
三流木青二斎無一門
第1話 お気の毒ですが、解雇だそうです
外は雨だ。
外から戻って来た兵士たちは靴を履いたまま廊下を歩くので廊下は泥だらけになる。
ジャック・オ・グレイマン。
田舎町の駐屯地である廠舎で半年前に赴任した。
彼もまた兵士であるが、しかし業務内容は雑用であった。
新米だから、ではない。齢がまだ二十二であるから、と言う理由でもない。
血筋も関係ない。
ただ彼が他の街から来た余所者だからであり、それも皇国近くに所属していたが為に、田舎の出身である兵士からは妬まれ疎ましく、横暴な態度として現れ、罰を与える様に彼に雑用を押し付けたのだ。
その事に兵士長は率先して彼に嫌がらせをしていた。二十三と言う若さでありながら堕落し、仕事の最中にアルコールを摂取する様な男だ。
この歳で兵士長であるのは経歴にしては中々の功績ではある。
基本的に、実力を蓄えた兵士が任命されるのだが、この田舎町には基本的平和であり、護衛や応援を呼ぶ時間を稼ぐ事を考慮すれば、若干の戦力不足でも問題ないと言う事で、この田舎町出身の兵士が兵士長として働く事になったのだ。
見回りを終えた兵士たちはグレイマンが膝を落として廊下を掃除している最中に、目の前で靴に着いた泥を払う。
彼の襤褸の衣服に泥が付着して、悪びれる所か失笑を浮かべ、グレイマンの太腿を擦る様に蹴るとその場を後にする。
廊下は再び水と泥に汚れていたが、グレイマンは手を止める事無く、雑巾で足跡を拭いていった。
グレイマンは起こらない。感情が欠落しているのかと思う程に乏しい。
嫌がらせで与えられた仕事であるとは言え、それを全うする為に、懸命に雑巾がけに没頭したが。
「グレイマン、おい、ジャックオ・グレイマンッ!!」
怒鳴る様に、彼の名前を呼ぶ。
灰髪の隙間から濁り酒の様な瞳が、茶色い革の軽装甲冑を装着した若き兵士長が睨んでいた。
「来い、お前ッ!!」
叫び、片手に持つ葡萄酒をグラスに傾けて、長官用の部屋に来る様に告げる。
グレイマンはバケツに汚れた雑巾を入れて雑巾がけを止めて、頷いて部屋の中に入っていく。
部屋の中はアルコールの匂いで咽る。グレイマンは長官に顔を向け『ご入用ですか?』と伺った。
「あるに決まってんだろ、お前はもう要らない、荷物を纏めて消えろ」
唐突な申し出にグレイマンは困惑の色を示す。
「…つまりは脱退しろ、と言う事ですか?…一応、理由を聞いても?」
「お前が聞いて何になる。いや、それよりも」
グレイマンに接近すると、兵士長は彼の腹部に膝蹴りをする。
「ぐッ」
「上官に向かってなんだその口の利き方はッ!反省しろ、反省をッ!!」
腹部を抑えて倒れ込むグレイマンに蹴りが何度も入る。
身体を丸めて攻撃を受け入れるグレイマン。
息を切らしながら兵士長はグレイマンの懐から硬貨の入った袋を奪う。
「罰金も必要だな…へへ」
硬貨を数えて酒が幾らか買える事を想定し、最後にもう一度、グレイマンを蹴り上げる。
「消えろ、お前はもう兵士じゃないんだよ。それともアレか?屯所に入った狼藉者として捕まるか?あぁ!?」
ドスを利かせた怒声に、グレイマンは腕を擦りながら立ち上がる。
「さっさと出ていけ」
ジャック・オ・グレイマンは何も言わず、そのまま廠舎から出ていく。
厄介者が消えた所で、他の兵士たちが部屋に入って来た。
「あの能無し、やっと出ていったんですか?」
小太りの兵士が憎々しくグレイマンの事を思い浮かべる。
「あぁ、これで誰が選ばれるか分からなくなったな」
「まさか、騎士団長さまが直々にこの村に来てくれるなんてなぁ」
兵士たちはご機嫌だった。
田舎の村に生まれ養成所で鍛えた彼らは能力値が低い為に兵士の道しかなれなかった。
土地勘のある場所の方が良いと言う適材適所の理由で田舎から脱する事が出来ない兵士たちは鬱憤を溜まらせていた。
だからこそ、皇国からやって来たグレイマンを迫害していたのだろう。
そんな彼らでも、好都合なイベントがあった。
皇国の騎士団が一月後、この田舎に来るのだと手紙が来たのだ。
その内容は、適正のある兵士の引き渡しと書いてあり、恐らく、兵士の中から皇国の騎士団に編成しようと考えている、と兵士長は思ったのだ。
皇国の騎士団に入れば、給金は弾むだろう、田舎から皇国へ移籍し、華のある都で贅沢な暮らしが出来ると思っていた。
だからその恩恵を得る為に少なからず無駄なものを省く事にした。
それが、皇国からやって来たジャック・オ・グレイマンの追放である。
元より皇国に在籍している兵士が、再度編成されるなどあり得る話ではある。
「実力じゃ俺たちの方が上だが、あの無能が選ばれる可能性もあるからな」
だからグレイマンを先に消したのだ。
そうすれば、必然的に彼以外の何れかが選ばれる確率が高くなると。
「いやあ、無い無い、あのタマ無しが選ばれるなんて!!」
「剣を見たら怯える様なヤツだ、そんな雑魚が騎士団に選ばれる筈が無い」
居なくなったグレイマンの事を笑い蔑む三人。
雨の中、彼らの声が周囲に響く事は無かった。
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