アルティメットマン

赤坂大納言

第1話 明けない夜はない

広大な宇宙に浮かぶ無数の星々。

大宇宙の奇跡。

その中にぽつねんとあるのが我々の住む星、地球だ。

ちっぽけだが最高に美しい惑星には、計り知れない程の様々な神秘が見え隠れする。

地球史上稀に見る、人類という種の発展もそのうちのひとつだろう。

豊かな現代社会の恩恵に囲まれていては忘れがちだが、我々は未だ知らない。

無限の空の向こうには、想像を絶する程発達した存在がいるということを。

そしてそれは唐突に現れる。

宇宙の大神秘とは、常に神出鬼没なのだ。

このお話は、もう少し未来の話。

今よりもっと人類同士が仲良くなった、希望の将来の話である。




長旅とは誰にとっても疲れるものである。

彼も3000万光年の追走に、疲弊が積もり積もっており、気がつくと天の川銀河の端っこにある太陽系にまで行き着いていた。


追われているソレは彼以上に疲れ果てていた。

亜光速で飛んでいると、それはそれは美しい青の惑星を見つけた。


青い光が逃げ込むように大気圏に突入、赤い玉もソレを追うようにその青い惑星へと入っていった。




ここは未確認現象調査対策組織、科学特別捜査局である。

とある霞ヶ浦の地下深くに本部を置く精鋭部隊で、土地開発や地球環境変化の影響で目覚めたり発生し始めた未確認の諸々へ対処すべく設置された、我が国独自の、独立した権限を持つ特殊機関なのだ。

この国随一の頭脳と肉体を持つ若人たちと、現代科学の粋を集めたハイテクガジェットの組み合わせで、数々の怪事件を解決してきた。


ここは科特局の作戦司令室。

局員に随時情報を共有する巨大液晶パネルや、あらゆる事象やデータを分析、処理するスーパーなコンピュータに囲まれたシステマチックでメカニックな空間で、年中無休の大忙しである。

「はいこちら科特局のユリサキ。はい、はい、了解しました。直ちに対応致します。通報ありがとうございました。キャップ、霞ヶ浦上空で怪光を発する謎の飛行物体が複数との連絡です」

こちらユリサキ局員は科特局の通信担当で、五ヶ国語を操る才女だ。

「ということは本部の真上か。自衛隊の演習情報は入ってきていない。まぁここは百聞は一見にしかずということで、ヒロセちょっとジェットハイパーで見てきてくれ」

こちらは我らが科特局のムラノキャップ。

質実剛健、冷静沈着な漢だ。

「ま、また僕ですか。いや行きますけど、いつも僕を真っ先に出すのやめてくださいよ」

大変に情けないことを言っているのが、ルーキーのヒロセ。

なんでもこなせる器用さが売りだが、いかんせんメンタルがお話にならない。

科特局の人事采配は一体どうなっているのか。責任者を呼べ、と言いたい。

「君の臆病さは偵察任務に置いては、強力な武器だ。必ず生きて情報を持ち帰らねばならんからな。君は非常に適任なのだ」

人事は意外とちゃんと仕事をしていたらしい。

「大丈夫、いざという時はわたしの発明でヒロセさんを助けてあげるのです。安心なされよ、なのです」

アラサーだが完全に見た目は完全に中学生な彼女はユリサキ局員以上の頭脳を誇るイデミツ。

科学特別捜査局の「科学」要素の具現化と言っても差し支えない。

あくまでアラサーなので違法労働ではない。

「早速、この危機回避補助AIを持っていけなのです。ジェットハイパーのE-78回路へ取り付ければ大丈夫なのです」

「イデミツさん、毎度ありがたいんですけど、そういう事じゃなくて......」

「いいのですいいのです、お礼なんて」

イデミツは、ふふんと無い胸を張った。

「ヒロセ、心配しなさんなって。マジでヤバい時には、この俺が飛んでいってやるからよ」

こちらは科特局ナンバーワンの体力と図体で、さらに射撃の名手のアラタ。

バシバシとヒロセの肩を叩きながら言った。

「これお守りにやるから元気出せって」

アラタがヒロセに差し出したのは、ふわふわで可愛らしいテディベアのキーホルダーだった。

ほら受け取れよと満面の笑みで差し出されたふわふわテディベアを、ヒロセは苦笑いで受け取るしかなかった。

ムキムキの男から貰ったテディベア、なんだか呪われてそう、と思うヒロセであった。


そろそろ就寝というころの出動で、ヒロセは眠い目を擦りながら油と鉄の匂いがむせ返る整備所兼カタパルトを科特局の主戦力であるジェットハイパー目掛けて進んだ。



ーEエリア方面ゲートオープン

ーメインシステムオールグリーン

ー整備班は直ちに退避せよ、整備班は直ちに退避せよ

ー周辺空域に科特局よりスクランブル発進の旨、伝達完了

ージェットハイパーベータ行きます

ージェットハイパーベータ発進、ジェットハイパーベータ発進


霞ヶ浦の湖面のある区画が、まるでモーゼの海割りの如く大きく開いた。

ぽっかり空いた機械的な穴から、科特局保有の特殊用途専用航空機ジェットハイパーがごうんごうん音を立てながら上がってくる。

機体の下部と後方ジェットから爆炎が吹き出た。

ヒロセの操縦する銀色の機体は、夜空へ高く舞い上がり飛び立った。

このジェットハイパーはイデミツが設計開発を主導した、科特局の技術の結晶である。


今宵は上弦の月が非常に綺麗に輝いている。

湖面には半分だけ光る月がゆらゆらと映り、一つの機影が低空飛行の流星のように遮って行った。




ヒロセはすぐに目標の二つの発光体を視認した。

「キャップ、通報通りの怪光を複数発見しました。ちょっと様子がおかしいです。激しくぶつかり合って、まるで戦っているかのようです」

「了解した。ヒロセは引き続きデータを送ってくれ。我々は解析を試みる。アラタは念の為出動準備をしておけ」

「了解だぜい」

ヒロセは了解と返事をして、監視を続けた。


「イデミツ、どう思う」

「現状では何も言えないですが、私見を言わせてもらえるなら、彼らは地球そのものに興味を抱いて来た、というよりたまたま来たのが地球だったという印象を受けるのです」

「私もそう思うわ。まだ着陸した情報が入った訳では無いけど」

「そうか、ならば今は静観以外の選択肢はないだろう」

「キャップ、ヒロセ局員から画像のデータが送られてきたわ」

作戦司令室の大画面には、夜空に浮かぶ青と赤の二つの光が写っている。

ユリサキの操作によって、徐々に光の解像度が上がっていく。

「何かしらこれ、青い光の方。なんだかまるで禍々しいハリネズミみたいね」

「私にもそう見える」

「赤い玉の方は、うーん、もう少し解像度上げられますか」

「了解よ」

ユリサキはカタカタとキーボードを操作する。

「あ!これは人型、ヒューマノイドなのです」

「これは驚いたな。まさか自律飛行ができる宇宙人とは。しかもこれ結構な大きさじゃないか」

「おそらく四十メートル近くはあるのです」

「これ人類史上稀にも見ない歴史的瞬間じゃないこれ」

局員一同、緊張と興奮が同時に発生した。

情報共有のためにムラノはヒロセに連絡した。

「ムラノからヒロセへ、ムラノからヒロセへ」

「はいこちらヒロセ」

「送られてきた画像を解析したんだが、怪光の

正体はどちらも生命体とみて間違いない。しかも片方は自律飛行をしているヒューマノイドタイプだ。気をつけろ」

「え、ヒューマノイドが飛んでるんですか!?どういうこと!?怖いっすよおお!さっきから戦闘が激しくなってきてるし」

「わかった、もう少しデータを送ってくれ。そしたら帰投してもらいたい」

「了解しましt、ちょちょちょ!うわああああああああああ」

通信がブツンと途切れ、ザーザーと砂嵐が流れる。

「ヒロセ、応答しろ!ヒロセ!」

「ヒロセ機レーダーから消失!」




霞ヶ浦周辺の公道。

自転車にまたがった警官が二人、夜のパトロールへ出ていた。

「おい見ろよ、月が綺麗だな」

「そうだな、でもお前さ、その言い回しは男同士で使うな。ちょいキモイぞ」

気持ちの良い夜風が頬を撫でる。

右半分だけ光る月が微かに辺りを照らし、草の香りと虫の音が五感をリラックスさせる。

世が世なら、やんごとなき風流人が一つ詠んでもおかしくない雰囲気であった。

「ん?なんだあれ。ちょっと空見てみろよ」

「なんか飛んでるな。青い玉と赤い玉?玉というか光?」

「どうしようちょっと怖いぞ。科特局に連絡しるか」

「あれ、もう出動してるっぽいぞ」

「本当だ、ジェットハイパーベータだ」

「お前詳しいな」

「これでも科特局ヲタやってるんで。でも大丈夫か?あんなところ飛んで」

立ち止まって動向を伺っていると、激しくぶつかり合っていた怪光同士が、一度かなり激しく衝突を起こした。

弾かれた青い光はそのままの勢いで湖に落下し、一方赤い怪光の方は、なんと飛行していたジェットハイパーにぶち当たっていた。

ちょうどコックピット部分に当たった光とジェットハイパーは、湖周辺の森の中へ火を噴きながら轟音を立てて落ちていった。

「あれ結構やばくね」

「いや、ヤバすぎるって。行こう行こう!助けなきゃ」

警官達は車道の左側を自転車かっ飛ばして急行した。


墜落現場は炎と鉄片が散乱しており、背景の夜空の綺麗さとのミスマッチがその場の混沌を際立たせている。

「これは助からんでしょ。どうする」

「一応探さないと。万が一ってこともあるだろうし、そうだったら早い方が良い」

「そうだな」

じゃあ俺はあっち、わかった俺こっちと懐中電灯で照らしながら、創作を始めた。

秋も深まりを増して寒くなった頃合だというのに、辺りを包む炎のせいでかなり熱が篭った一帯となっていた。

しばらくさ迷っていると、前方にキラキラ光を反射するものを見つけた。

「おい、あれはジェットハイパーっぽくないか」

「本当だ!本体の残骸だ」

「あれも見ろ!」

指さす方を見てみると、ジェットハイパーの残骸の近くに赤と黒の科特局のユニフォームに身を包んだ人がうつ伏せで倒れていた。

二人が駆け寄ろうとしたその瞬間、突如身元不明の科特局員がポルターガイスト現象の如く、ふわりと宙に浮いた。

そして赤い光の膜が彼を覆って、そのまま取り込んでしまった。

何が起こっているのかさっぱり分からない警官達は、ただ呆然とそれを眺めているだけだった。




ヒロセは眩い光の中で目を覚ました。

そこはまるで光がそのまま空間化したかのような不思議な場所だった。

どこまでも続いていそうで、でもすぐそこで手が着きそうな、真っ白のような、透明なような。

「これが天国か......。結構質素なところなんだな」

気がつくと、背後に強烈な気配を感じる。

振り返って見ると、仰いで見る程の巨大な人影がいた。

「神様ですか?」

ご覧の通り、ヒロセはかなりの阿呆である。


ー私は遠い宇宙の中心から来た者だ。この度は私の不注意に巻き込んでしまって申し訳ない。


「いえいえ、こっちも不用意に近づいてしまったもんですから。それで、つまり誰?」


ーいづれ分かる刻が来る。目下の問題は、君自身の生命についてだ。


「僕の命って、もう死んだのでは?」


ー正確には死にかけている。しかし、助かる方法が一つだけ存在する。


「なんですかその方法って」


ー私と一心同体となる。そしてついでに地球の平和を守る。


「地球の平和ってついでで守れるんですか」


ーすまないが、選んでいる余地は君に残されていない。


「え、待ってください!一心同体って、どうなるんです?全く想像がつかない」


ー心配することはない。


その一言を最後に、周囲の光が二人を包みこんんだ。




「ヒロセくん、応答して!ヒロセくん!」

ムラノは一瞬思考した後、キャップとして判断を下した。

「よし、科特局出動!アラタ、準備はいいな」

「無論だぜ」

「イデミツと私も出る。ユリサキは本部を頼む。それと通信の記録を」

「まかせて」

「ふふふ、最近完成したオモチャの出番なのですふふふふふふ」

イデミツの気持ち悪い笑い声と共に、三人はジェットハイパーカタパルトへ向かった。


ーEエリア方面ゲートオープン

ーメインシステムオールグリーン

ー整備班は直ちに退避せよ、整備班は直ちに退避せよ

ー周辺空域に科特局よりスクランブル発進の旨、伝達完了

ージェットハイパーアルファ行きます

ージェットハイパーアルファ発進、ジェットハイパーアルファ発進


若干の月光が銀翼を照らす。

「キャップ、あそこなのです」

「一帯が火災になっているな。間違いない」

「あ、おい。湖の方に青い方の怪光があるぜ。どうするキャップ」

アラタが指さす方向を見ると、青い光の玉が火災の比較的近くの湖面に浮いていた。

まるで火災の様子を伺っているように見える。

「ヒロセが追っていた怪光の片割れか。よし、それじゃあアラタはそっちの様子を一通り見て来い。決して油断はするな。私とイデミツはヒロセの捜索にあたる」

「「了解」なのです」

アラタはジェットハイパーからムラノとイデミツを降ろして、怪光へとむかった


燃える木々の香ばしい匂いが立ち込める。

ヒロセの生存可能性はもはやゼロに等しかったが、ムラノとイデミツは必死に脳内からその思考を排除して、愛すべき臆病者を探した。

ヒロセの名を叫びながら辺りを徘徊していると、「すみませーん」という男性の声が聞こえた。

声を頼りに火の中を歩いていくと、警官が二人いるのを見つけた。

四人とも煤だらけになっており、警官達はなにかに脅えているようだった。

「か、科特局の方ですよね!?」

「夜分遅くまでご苦労さまです。科特局のムラノと申します。ご覧の通りかなり酷い状況で危険です。我々にお任せ下さい、お二方は至急ここを退避願います」

「じ、実は報告案件があります」

そこで警官達は自分達が見たこと全てを洗いざらい話した。

「それで局員の方を抱えたまま、赤い怪光はバチンと弾けるように消えてしまったのです」

「それじゃあ、もしかしたらもうこの周辺にはいないかもしれないな」

「アラタさんがヒロセさんにあげたくまさんキーホルダーに勝手にGPS仕込んでいたんですが、ちゃんと反応しているのです」

「いやそういう大事なこと先に言おう!それでどこなんだ」

イデミツははにゃ?っと首を傾げて言った。

「それが今わたしたちがいるこの地点なのです」

デバイスに表示されたマップには、二人のいるところと、ヒロセを示す赤い点滅がちょうど重なっていた。

「GPS不調なのか」

「あるいは別の次元にいるからわたしたちは認識できないのか、なのです」


突如青い光が視界を埋めつくした。

光源がある湖の方を振り向くと、水面ギリギリに青の怪光が浮いている。

青い光は萎んでいき、徐々に異形のモノへと形を変えていった。

「あ、ありゃ怪獣だ!」

「すんません、自分らはこの辺で!」

慌てて警官達は逃げていった。

するとアラタから通信が入った。

「こちらアラタ!キャップ、青い光の正体は怪獣で間違いなさそうだ!」

「こちらでも確認している。一旦我々を回収してくれ」

「いくつかデータを集めたらそっち行く」

「了解」


真っ赤な口内にはズラリと牙がならんでおり、まるでどこを見ているか分からない焦点の合わない眼。

しっぽの先から頭頂までを覆う禍々しく大きいトゲに、ワニのような鱗。

その巨体を支えるのに十分な太さの逞しい脚の一方で、恐竜のように心もとない貧弱そうな両腕。

人類が未だかつて見たことないほど巨大な怪獣が、今霞ヶ浦の水面を震わせている。

アラタがジェットハイパーでムラノとイデミツを回収しに来ている間に、怪獣は何をするでもなく水面下へ身を沈めていった。




三人は作戦司令本部へ帰投、休む間もなく対策会議を開いた。

次から次へと襲いかかる急な出来事に、科特局には重い雰囲気がまとわりついていた。

その中、一番最初に口を開いたのはユリサキだった。

「ヒロセくんは、なんだか分からないけど大丈夫な気がするの。現場を見たわけじゃないし、ただ本部でお留守番していただけだけど、でもそう感じるの」

三人は顔をあげて、ユリサキを見つめた。

こういう時に、楽観ではなく優しさと希望を込めて悪い空気を壊してくれるのは、いつもユリサキなのである。

「んだな!俺もそう思うぜ。あいつはそんなタマじゃねぇ」

「わたしも完全同意なのです。くまさんの反応を見るに、トラブルに巻き込まれただけな気がします」

マリアナ海溝の如く深い眉間の皺をしていたムラノはおもむろに立ち上がり、ひとつパチンと手のひらを合わせた。

「よし、こんなところで弱気になってはいかん。まぁヒロセはひょこっと出てくるさ。あいつなら大丈夫。我々はヒロセの悪運を信じて、怪獣の対策を練る。今夜は寝かさんぞ」

「それセクハラ発言なのです。局長じゃなかったら私の特製銃R21マグナムをお見舞いしていたところなのです」

「まぁ私は局長のそういうところ好きよ。自分の女を再確認できるわ」

「俺はよく分からんぜ!」

そんなこんなで対策会議は進んでいった。

「しかしよぉ、怪獣出た!はいいけど、まだ特にこれといった実害を被ったわけじゃないし、現状は静観がベストな気もするぜ」

「でも被害が出てからでは遅いと言うのもあるわ。既にこちらは存在を把握してしまっている以上、一寸も被害を出す訳にはいかないし」

「動きだけ封じる策があればいいんだが。そういえばイデミツ、アラタが取った怪獣のデータ分析してみたか?」

「大方思っていた通り、地球外の物質で体が構成されていてかなり手厳しいのです。ただ水に浸かっていたので、打開点を探すならそこからでしょうか」

うぬぬと一同が皺深き脳味噌を回転させていると、突如通信が入った。

「はいこちら科学特捜局」

『ヒロセです』

なんともぬるっとした生存報告だった。

「ヒロセか!生きていたのか!?」

「お前本当にヒロセっつうんか!ヒロスエじゃなくて?」

『キャップ、連絡遅くなってしまってすみません。紛うことなき科学特捜局のヒロセです。今本部の上、霞ヶ浦にいます』

「おおお、本人だ!今すぐ迎えに行く」

『いえ、それには及びません。今はギガラを倒すことが先決です』

「ギガラって何なのかしら」

『湖底の怪獣です。やつは宇宙の平和を乱す悪魔のようなものです。放置はできません』

「そうは言ってもな。今ちょうど対策会議中なんだがどうにもいかんのだ」

「水棲能力があること以外、今は情報がないのです」

『大丈夫、そこまでわかっているだけでも話は早いです。つまりギガラは乾燥に弱いということです』

なんてわかりやすい怪獣なんだ、と科特局の面々は拍子抜けした。

真っ先にユリサキが閃いた。

「それなら電極板でカピカピにしてみたらどうかしら」

「電子レンジみたいにしてもいいかもな、知らんけど」

「よし、では巨大電子電流板を設置しよう。ユリサキ、自衛隊に至急協力要請を」

「了解」

『キャップ、私は潜水艇SSSS(クワトロエス)でギガラを陽動します』

「頼んだ。直ちに手配する。E8地点に居てくれ」

『了解』

各員は配置につき、宇宙怪獣掃討作戦が始められようとしていた。

ユリサキは器用な指先で自衛隊に緊急電報を送り、イデミツは巨大電子電流板の設計図と見積諸々を短時間で完成させ、アラタは以前イデミツに作ってもらった怪獣狙撃用銃ジュピトリス777の手入れをし、ムラノは自衛隊と作戦遂行についてのオンライン会議をして調整し、ヒロセは潜水艇SSSSに乗り込み準備に取り掛かった。


科特局がE8地点に集合した頃には夜の三時を越えていたが、アドレナリンとその他よく分からないホルモンが各員の体が休むことを良しとしなかったし、誰一人弱気なものがいなかった。

相変わらず月が霞ヶ浦に反射して、少し明るい深夜だった。

ヒロセは一歩踏みしめるごとに香る夜の冷気で肺を冷やしながら、見えない湖底の怪獣を睨んだ。

空の端には少しだけ、朝が染み込み始めていた。

「準備は整ったな。それでは作戦概要の確認だ。まずアラタが水中からやつを叩き起して水面へ浮上させる。次に私とイデミツがジェットハイパーで板の間に誘導する。そしてレンジでチンだ。簡単だな、質問はあるか」

「あの、潜水艇は私なのでは?」

「ヒロセは地上待機だ」

「いや、しかし」

「普通に考えてお前は安静第一なのだ。現場に出すのも上司として見過ごせんが、お前の気持ちもあるだろうから、これがベストだと思うが」

「そうですね。了解しました。地上待機ということで」

ムラノの意向を汲み取ったヒロセは食い下がることをやめた。

「頼むぞ」

ムラノのヒロセへの目は、期待と心配が滲んでいた。

「気をつけ!」

局長の一声に全員が背筋を伸ばし、寸分の狂いもなく直立した。

「これまで様々な怪事件に対処してきた我々だが、今回ばかりは別物だ。象くらいの怪物なら相手取ったことはあるが、巨大怪獣となるとやはり今まで通りとはいかん。たまたまヒロセは生還してくれたが、いつもそうとはいかんかもしれん。私はここにいる誰一人として失いたくはない。心して務めるように」

誰一人として不誠実に話を聞いている者はいない。

キャップと局員の精神は視線を合わせるだけで共有することができた。

「敬礼!」

アラタの叫びとともに、各員は右手を額へと付けた。




夜の水の底は真の闇である。

鼻先から既に視覚的情報は皆無であり、潜水艇のサーチライトで照らされるものしか分からない。

アラタは両手に操縦桿を握って、目を凝らしながら密度の濃い淡水を進んでいた。

すぐにそれは見つかった。

サーチライトの円の中にぴくぴくと蠢く太いしっぽの先端のようなものが入ってきたのだ。

そのままライトを上昇させると、こちらに背を向けて眠りこける巨獣の全体が映った。

「こちらアラタ、目標を発見。いつでも始められるぞい」

着陸中のジェットハイパー内に待機していたムラノはその通信をしっかりと受け取った。

「了解した。各員準備はいいか。それでは本時刻をもって、巨大電子レンジ作戦を開始する!第一段階、潜水艇ミサイル発射!」

アラタは怪獣の腰あたり目掛けて一発目の水中ミサイルを撃った。

水の抵抗をものともせず、爆速で進むミサイルは見事怪獣の右腰あたりに着弾した。

腰に突然かなりな衝撃を受けたギガラはその大きい眼をさらに大きく見開いて、目を覚ましそのまま逃れるように水面目指して泳ぎ始めた。

「着弾確認!そっち行くぞ!」

アラタの知らせを聞いた三人は、水面を警戒した。

すると、尋常ではない水柱が上がり、その中からギガラが唸り声をあげながらボコボコと顔を出した。

「陽動開始!打ち方始め!」

キャップの号令とともに、イデミツはジェットハイパーからありったけの弾をうち始めた。

手汗で握りにくい操縦桿を必死に扱うムラノの横で、イデミツは一心不乱にミサイルやら機銃やらのボタンを押しまくっている。

自分の開発した弾が効いていないことに若干のショックを受けながらも、イデミツは手を休めることなく射撃を続行した。

「無茶はするな」

「茶が無いくらいどうってことないのです」

「駄洒落言ってる場合か」

絶え間ない爆撃による爆煙に包まれた怪獣は、その怒りを露わにして、攻撃者の方へじっくりと歩を進め始めた。

「よし、こっちへ来はじめた!徐々に放電板へ誘導する。焦るなよ」

「了解」

アラタも水中から艦載レーザー攻撃で、怪獣の足元を執拗に狙った。

作戦は思いのほか上手く運び、怪獣は放電板まで後数メートルというところまで来ていた。

ヒロセは茂みに隠れ、携行ビームガンを握りしめて様子を伺っていた。


怪獣は追っても追っても逃げていくジェットハイパーに対して、段々としびれを切らしていた。

「どうした、急に止まったぞ」

ムラノは同じようにホバリングモードで待機した。

「なんだか様子がおかしいのです」

その時、足を止めたギガラの背中の大きいトゲらが青く発光を始めた。

「なんだあの発光現象は、何を始めるつもりだ」

「キャップ、回避してください!あれはおそらくチェレンコフ光です!」

「なに!?回避!ヒロセ、伏せろ!」

「どうなってんだぁ!」

背中から発された奇妙な光は、ギガラの喉元へ集まっていき、ついに口から一斉に放たれた。

光線状のそれは放電板を破壊し、周辺の森を焼き尽くした。

間一髪で難を逃れたジェットハイパーと地上のヒロセは、一瞬にして起きた惨状に恐怖した。

「やっこさん、あんな隠し球があったなんてなのです」

「ほ、放電板がやられてしまった。アラタ、無茶はせず、できるだけ距離を取れ!」

「言われずとも!」

しかしギガラは予想に反して暴れ続ける訳でもなく、いそいそと水中へと潜ってしまった。

「一体どうしたというんだ」

「まだ十分回復していなかったのでしょうか」

じっと湖面を見ていると、再び水柱が上がり、ギガラが現れたが、なんとその口には科特局の潜水艇が咥えられていた。

「アラタ!」

「アラタさん!!!」

アラタは呼び掛けには応えなかった。

ギガラはギリギリと潜水艇に牙をめり込ませながら、またもや背部を青白く光らせ始めていた。

「アラタ応答しろ、アラタ!」


様子を伺っていたヒロセは、アラタの危機を察知。

ヒロセは何かを決意すると、それに呼応してヒロセの眼が大きく輝いた。

眼から発された光がヒロセの全身を包み込み.....





攻撃しようにも人質を取られ、挙句目の前で仲間の死へのカウントダウンが始まっているのに何も出来ず、般若の表情をしていたムラノの目の前に、天から神々しい光の柱が一本地上に降り注いだ。

「何の光だ!」

「検出不能、あ!」

機内中を満たしていた御光が薄まり、徐々に目を開けると、怪獣とジェットハイパーの間に、信じられないほど巨大な人の背中がそそり立っていた。

「キャップ、あれは......」

「赤い怪光の中のヒューマノイドだ」

美しい銀色が全身を輝かせ、シンプルで御仏のような顔には満月のように優しい大きめの眼が付いていた。

その体躯は細長く頼りなさそうに見えるが、しかしそれでいて質の良さそうな筋肉が覆っていて、まるで長距離走者の身体付きだった。

巨人は突如振りかぶった平手を怪獣の喉元へ強烈に叩き込んだ。

怪獣はカハッっと言わんばかりに口と目を大きく開きむせた。

その拍子に開放された潜水艇SSSSを巨人は上手く優しく手のひらで掴み、ゆっくりと地上へ下ろした。

ジェットハイパーがSSSSの元へ行くのを見守った巨人は、ギガラの方へ向き直り戦闘態勢に入った。

ようやく本当の倒すべき敵に出会えたかのように興奮し始めたギガラは咆哮の限りを尽くす。

空気が震え、木々がざわめき出す程の音量であったが、光の巨人は腰の低い独特の構えを一寸も崩すことなく対峙していた。

先程とはうってかわり、ギガラは落ち着きを失い、猪突猛進と言わんばかりに巨人へ突っ込んで行った。

激しい波と音を伴い近づくギガラへ、巨人は強く大きい拳を握り締め、そしてベストなタイミングを見逃すことなく、適切な距離に来たギガラの右肩に、細腕からは想像し難い重い一撃を放った。

爆発的な衝撃音を伴ってヒットしたパンチは、なんとギガラの右肩を粉砕した。

何が起きたか一瞬理解が遅れた怪獣は、自分の砕け散った肩と力なくだらんとぶら下がっている腕を見て、即時自分の置かれた状況を理解した。




「アラタ、しっかりしろ。おいアラタ!」

SSSSからなんとか気絶しているアラタを引き上げた二人は、巨人と怪獣の戦いを警戒しつつ、アラタを看ていた。

「お、ぉぉぉ。どこだここは......」

「気がついたか!本部の近くだ。霞ヶ浦の畔だ」

「そうっすか。おらぁ生きてんだな、よかっ」

まで言いかけ、視界に入った謎の超大型ヒューマノイドと怪獣のスペクタクルに、しょぼしょぼしていた目をかっ開いた。

「いやそうなりますよね。わたしもまだあんまり状況読み込めてないのです」

「な、なんだってんだあのデカい銀色全裸は!」

「アラタ、言いたいことはわかるがさすがに向こうが可哀想な表現だろう」

「そんなこと言ったってさぁ!」

「現状では敵かどうかもわからんのだ」

「でもアラタさんを救ってくれたのです。敵意はなさそうなのです」

「油断は禁物だ、イデミツ」




ギガラは目の前の巨人に対する恐怖を隠すことができなくなった。

水中に逃げ込もうとするギガラの尻尾をがっちりと掴み取り、力の限り振り回して投げ飛ばす、馬乗りになり一撃一撃丁寧に破壊の意志を拳に込めて殴りつけるなど、傍観していた科特局の面々は若干引いていた。

ギガラは例のごとく背鰭を発光さえ、溜めたエネルギーをマウントを取る巨人の胸部に全力で放射した。

さすがの巨人もゼロ距離で放たれた光線を避けることはできずもろに食らってしまい、数十メートル後方へ吹き飛ばされた。

しかし電極版を吹き飛ばした際よりも威力のあった光線をまともに受けたにもかかわらず、巨人の胸は傷一つなく、東から射し込む朝日によってオレンジ色に輝いていた。

一瞬の隙を作れた怪獣は動かない右腕を引きずりながら這って距離をとり、自らの周囲に青白い光の膜を張った。

「あいつずらかるつもりだな」

「卑怯者なのです!」

「まぁあんだけボコボコにされたら私でも逃げるがな」

そりゃそうだという納得をしながら、少しばかり同情を含んだ目線がギガラに向けられた。

光の巨人はようやく立ち上がると、逃走準備中のギガラに最後の引導を渡すべく一撃必殺の技の構えを取る。

右拳を真っ直ぐギガラへ向けると、徐々に周囲から光の粒子が右腕の肘から先へ充填されていった。

青い光球が飛び立たんとしたその瞬間、直視が難しくなるほど光が飽和した右腕から苛烈で強力な光エネルギー光線が発射された。

一直線に、音速で伸びる白光は逃走者に直撃した。

その膨大なエネルギーを受け止めきることなどできず、ギガラは大爆発、完全に消滅した。

激しい爆風に何とか耐えた科特局員達が上を見上げると、そこには超然と立っている巨人がこちらを振り向いていた。

もう大丈夫。

そう言っているような優しい視線を彼らに向けた後、光の巨人はふわりと宙に浮き、シュッと空の彼方へ飛んでいってしまった。




「ありゃ一体なんやったん」

朝がするすると広がっていく空をぽかんと見上げながらアラタが呟いた。

イデミツは少年のように目を輝かせ、ふんすふんす言っている。

「マジで超かっこよかったのです!スーパーヒーローなのです!アルティメットマンですよあれは!」

「なんだぁアルティメットマンって」

「あの巨人ですよ!人型生命体の究極形だからアルティメットマンなのです」

「お前好きねぇそういうの」

ムラノは、はしゃぐ二人の横で神妙な面持ちで巨人の去った方をじっと見ていた。

「キャップ、何をそんな考えてるんです」

「確かに今回はあの巨人が居てくれたからなんとかなったが、実質我々は負けたようなものだ。巨人には感謝しているが、頼りきりというのは人類にとってマイナスな気がしてな」

と、少しテンションが下がった時、遠くから三人に呼びかける声が聞こえてきた。

「ん、あれは......ヒロセだ!」

「おぉアイツ生きてたんか」

「おぉい!ヒロセさーん」

ぜぇぜぇと必死に駆けてきたヒロセを見て、メンバーは安心して緊張がほぐれたようだった。

「ヒロセさん見ましたか、巨人!」

「見ました見ました、大迫力でしたねぇ。映画みたいでした」

「アルティメットマンだってよ、イデミツの

命名だ」

「最後の技はアルティメット光線、いやアルティメットバスターってとこですかね」

「イデミツさん、厨二こじらせすぎですよ」

「いいのです!だってかっこよかったんだもん」




「わたしなんにもしてないんですけどぉ」

作戦司令室でコーヒーを啜りながらぼやくユリサキだった。




霞ヶ浦の冷たい湖底にふわりと積もる青い光の粒子。

その光は、先刻消滅したはずの宇宙怪獣のそれに酷似していた。

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