26話夏休みの終わり
台風の到来などでまだまだ夏の日和が続く九月初旬に授業が始まる。
いつものように朝ごはんの味噌汁を啜り俺は家を後にする。
玲は明日から授業らしく、今日は友達とどこかへ出かけると言っていた。
洗面台で髪の毛をセットしている玲に行ってきますのキスを所望したらヘアアイロンで殴られそうになった。
メイクを崩されるのは嫌なのはわかる…わかるけどそこまでしなくてもよくないか?
行ってきますのキスをお預けにされた俺は、一人寂しくキャンパスへ向かう。
授業開始の五分前には定位置に座り授業の準備をする。透と授業は同じはずなのだが、透の姿が見えない。RIMEでメッセージを送っても既読にすらならない。
透からの返信を数分おきに確認したが、一限に彼が現れることはなかった。
その時点で99パーセントの確率で彼女と一緒だろうという結論に至った。
通常なら、授業をさぼり彼女と時間を共にすることを支持する側の人間なのだが、今日は玲にキスをお預けにされ、少々虫の居所が悪く、透に対して殺意が芽生えた。
今日は午後の授業もあったが昼まで受けて午後の授業はサボることにした。
キャンパスの周りの街はあまり変わり映えがない。
男子学生に人気の激安大盛食堂に、渋めのマスターが経営する喫茶店、八百屋に魚屋のある商店街。
俺はその不変さが居心地がよくて好きなのだが。
今日は家庭教師の仕事もなく、特にそれ以外の予定を入れていたわけでもない。
どこにもよらず部屋に帰る。
「ただいま」
誰もいるわけではないのになんとなく行ってしまう。
ソファーに寝転がり、携帯のアルバムをなんとなく開いてみる。
高校の時の写真には当時つるんでいた友達との写真が大半を占めていた。
高校時代の思い出に思いを馳せつつ、写真をスワイプしていくと、玲とのツーショットが出てきた。
二人ともチ○ルチョコの包み紙を持っているということは同居初日だろうか、この時からもう半年ほど過ぎていることに、感慨深ささえ感じる。
「これは…」
初めてショッピングモールに買い物に行ったときだろうか、ベージュのジャケットに暗めのロングTにデニムパンツを合わせた大人っぽい服装なのに、ほっぺたにクリームをつけて、幸せそうな顔をしている玲の写真。俺の服を必死に選んでいる玲の横顔、そしてウエディングドレスを身にまとった玲の写真。部屋着でソファーにだらしなく腰かけている玲、ベットで取ったツーショット、夏祭りの浴衣姿。
「あいつ帰ったら、ちゃんと感謝しよ」
横にいてくれる人がいることがどんなに幸せなことだかわかるのは、その人を失ったときだとよく言うけれど、今の俺も少し理解できた気がした。
…………
『ただいまー』
「おかえり。あきら」
『ど、どうしたの!?ってかちょっと苦しい』
「ごめんごめん、なんでもない」
『なにそれ!ちょっとキモイ…』
「どうとでも言え…けどいつもありがと」
『こちらこそ、どーもってホントにどうしたの?頭でも打った?』
「打ってないわ!ぼけ!夕飯なに?」
『今日は冷やし中華にする』
「うわっ!最高じゃん!俺も手伝う」
『じゃあ野菜お願い』
「はーい」
玲には伝わらなかっとしても、さりげなく感謝を伝えることのむず痒さと同時に言葉で伝えることの大切さを知った俺はなぜか少し成長できた気がした。
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