閑話 透

「お母さんどこ…?」

ある日朝起きると母は居なかった。小学校の頃だった。

使い古されたちゃぶ台には、なけなしの金と親戚の電話番号と住所が書かれた紙があるだけだった。

俺はその瞬間小学生ながら、自分が捨てられたことを悟った。その時俺は泣けなかった。物心ついた時からいない父親と、毎晩外出する母親に対して愛情なんて湧かなかったからだ。

一人になった俺は、その金と紙切れを握りしめて親戚を頼った。

父方の親戚なんて知らないし、祖父母は物心つく前に他界したと聞いていた。

マジックテープの財布に全財産を入れ、一人俺は実家を出た。

その後親戚の家に引き取られた俺は、いい子になろうと必死になって勉強した。

『透ちゃん!百点取ったの?偉いわね!』

引き取られて最初の学期末漢字テストで運よく百点が取れたので、いい子になろうとしている自分を認めてほしいという承認欲求を満たすため、叔母さんにテストを見せた。

褒められるのが初めてだった俺は家族として認められたような気がして、一層勉学に勤しんだ。

「また百点取れました。算数は九十点で銀賞を貰えました」

『本当に透ちゃんは凄いわね!息子に透ちゃんの垢を煎じて飲ませてあげたいわ。そうだ!今日は透ちゃんの好きなカツカレーにしましょう』


中学校に上がっても養ってもらっている以上、少しでも義両親に恩返しをしようと、勉強を頑張った。

高校も負担をかけまいと地域で有名進学校に進学し、私立高校ではあったものの、学力特待生として、学費免除で高校に通った。

これでやっと家で堂々としていられると思った。のに、現実はそう上手くはいかなかった。

『なんであんなクソみたいな女から生まれた出来損ないが、うちの子よりも評価されるのよ…学級懇談会でもなんでも、みんなひそひそと話の話題にするのよ』

俺は聞いてしまった。しかもその場で聞き逃せばよかったものを、やさしくしてくれていた叔母が、そんなことを言うはずがないと、問いただそうと動いてしまった。

「叔母さん…それってどういうことですか?」

『チッ…』

その日から家族の態度は急変した。

それまでは彼女の息子と同じように接してくれていたのに、次の日は俺の弁当は無く、紙切れの上に五千円札が置かれ、紙切れには「一か月分の食費です」と叔母の字で書かれていた。それまで兄弟のようにしていた叔母の息子も俺へのあたりが強くなった。

俺は家族の一員になれていたと錯覚していただけだった。

携帯も最低プランに翌月から変更され、一人に逆戻りした。

俺は人肌が恋しくて、中学の頃の友人に誘われ初めて合コンに参加した。

自慢ではないが、顔も整っている方だし、勉強もそれなりにできたので自信はあったのだが、最初の方は学校のネームブランドのせいでガリ勉キャラとしていじられた。しかし、小さいころから実の母親の気を立てさせないように、叔母や叔父を不機嫌にさせまいと表情やちょっとした仕草を見逃さず適切に立ち回るという処世術を持っていた俺は相手を喜ばせることには自信があったので合コンでもそれを実践してみた。すると、最初はガリ勉キャラとみられていた俺は瞬く間に場の盛り上げムードメーカーとしての地位を確立した。

それから数回友人とともに合コンへ参加し、童貞も捨てた。しばらくすると、他校の女子から指名で呼ばれることも増え、人肌も恋しくなることは無くなった。…はずだった。いくら可愛い女の子を抱いても、心は癒されないし、恋愛感情なんて微塵も起きなかった。

「お母さん…どこ?」

「夢…か…こんな胸糞わりぃ夢なんて久しぶりだな…」

カーテンを開き珈琲を飲む。窓から差し込む朝日は彼に注がれる。

無気力な気分になりつつも、シャワーを浴び、脱ぎ捨てた服を着る。

「俺、大学でないとだからもう行くわ」

『もう行っちゃうの?今日私仕事ないし、ゆっくりしていっても…』

「学生の本文は勉強だから。また近いうち遊びに来るよ」

『いけず…』

俺はこの学校も給付型の奨学金で通っている。そのため、学業に支障が出ることは望ましくない。

などと考えながら支度を整え玄関に移動する。

毛布にくるまったまま彼女が付いて来る。

「今日はこれで勘弁してくれ」

そう言って熱い口付けを交わし部屋を後にする。

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