Canaanのアルベルト
Re;
prologue
古来より人は自己、同族の為の理想郷を追い求めている。
乳と蜜の流れる場所。豊穣と、繁栄を象徴する理想郷。
これは、たとえこのような場所でなくても必ず存在する。自分が生まれ育った家。少年時代に過ごした秘密基地。青春を友と過ごした母校。或いは自分で建てた家。
必ずしも場所でなくてもいい。
友と過ごした日々の思い出。甘酸っぱい初恋の思い出。淡い夏の初めての恋の思い出。
現実に思い描く青春、恋の物語とは何だろう。
高校生というモラトリアムに内在する淡い恋心?はたまたおとぎ話のようなラブストーリー。
ここで一度断っておこう、これから語る物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ない。
その日は中学の夏休みだったか、家族と泊まりがけで父方の実家へ帰省した。
帰省初日の夜、蝉が鳴き散らす暑い日だった。
俺の家族は毎年お盆になると祖父母の家に帰省する。
祖父母の家は二世帯住宅でおじさん夫婦と一人娘の従妹が住んでいた。
今年も例年通り数日泊まって帰る予定だった。
そして、いつもと同じように従妹と夏祭りに行くことになった。
河川敷で行われるこの祭りは、この地域で一番の規模の花火大会が二日間行われる祭りの初日の日だった。
会場となっている河川敷には日が落ちる前だというのに、すでにたくさんの人々が屋台に列をなしている。
「玲転ぶなよ」
『大丈夫!大丈夫!』
隣を歩く玲は、カラコロと下駄の音を鳴らしながら歩いている。
水色の生地に朝顔の映えた彼女の浴衣姿は凄く大人びて見えた。
『ね、しーくん』
気付くと少し先を歩いていたはずの玲が目の前にいた。そして、そらしていた俺の視線に割り込むように覗いてきた。
『浴衣、どう?』
ついに聞かれてしまったと思った。家からここまでずっと避けてきたがこう聞かれては答えずにはいられなかった。
俺にも同じ学校に思い人がいるが、それでも従妹である玲は自慢できるくらい綺麗だった。正直に言ってとても可愛らしかった。
それは俺の中にある「従妹の浴衣姿」とはかけ離れた可愛さと美しさだった。
しかし、その中には確かに従兄としての「家族愛」が存在していた。
それなのになぜかずっと落ち着かずにどぎまぎしてしまっていた。
『ねぇ、さっきからこっち見てくれない』
玲が拗ねたようにそう言ったので、彼女の方へ視線を向ける。すると玲は袖を軽く持ち上げて見せてから、もう一度聞いた。
『どう?』
じっと玲を見つめると、彼女の頬は暑いのか、軽く朱色に染まりはにかみながら俺を見つめ返した。
前後に流れ続ける人混みの真ん中に俺と玲は川の流れを分ける岩のように立っていた。
暗くなり始めて灯りだす辺りの照明が彼女の方に向けて光っているような錯覚に陥る。
人混みと照明で、あたりの景色が曖昧になり、視界の真ん中にいる玲だけがはっきりと映っている。
「綺麗だ」
そう俺の口から言葉が零れた。
玲は予想外だったのか、口を半開きにしてきょとんとしている。
俺も数秒間自分が何を言っていたのか脳内で反芻した。
俺は従妹相手に何を言っているのだろうか。無難に「かわいい、かわいい」と言っておけばよかったのに。
すぐに顔を逸らしてしまった俺とは対照的に彼女の顔は俺を見たままだった。玲の方を見なくても頬のあたりに彼女の視線が当たっているのが分かる。
『それ…ってさ…』
玲が口を開く。そして消え入りそうな声で俺に聞いた。辺りはお祭り騒ぎで普通なら聞き逃してしまうその声は、自然と俺の耳に届いた。
『彼女よりも…きれい?』
俺はまだ、玲はなぜ「彼女」と言ったのか分からなかった。
考えようとした瞬間、人の流れが一気に変わった。花火大会開始の十分前を告げる放送の後、河川敷へと急ぐ人たちが道の中央にいた俺たちを飲み込んだ。
『きゃっ!』
慣れない浴衣と下駄のせいで私はよろけてしまった。彼の返事も聞けず彼のいた方向を見てももう彼の姿は見えなかった。
「うわっ!」
人混みに流されまいと踏ん張ったが、まだ中学生ということもあり踏ん張りが効かず飲まれてしまった。周りを見渡すとよろけながら河川敷の方へと流されている玲を見つけた。
人混みをかき分けながら彼女のもとへ近づいた。
「あと五分で花火大会が始まります!皆さん準備はよろしいですか?」
花火大会の本部に併設されたステージから地元アイドルが人々の興味を花火へとあおる。
「くそっ…」
放送により人波は更に勢いを増した。これは俺としても好都合で、この波を利用して俺は前へ進んだ。進み続けると、玲の姿が見えた。そのままの勢いで彼女のもとへ進んだ。
『あっ!』
人波に揉まれ続けていると突然、手首を掴まれた。
掴まれた手首の先には、しーくんがいた。
掴んだ手はお父さんみたいに大きく安心するようなものじゃなく、掴まれたこっちが心配するような女子のような手だった。それなのに掴む力は強くて、頑なに私を離そうとしない。
『あ、ありがと!』
「またはぐれると困るから……」
そう言って彼は手を差し出した。その顔を見ると耳まで真っ赤にしていた。
少し揶揄いたくなって手を取り耳もとで囁いた。
『田舎は噂が広がるの早いの知ってるでしょ?』
「お、俺ん家も田舎だから知ってるよ…そんくらい……」
俺は玲と手を繋ぎ河川敷を人混みと移動した。
その間知らないおばさま方に生暖かい視線を向けられたのは言うまでもないだろう。
人もまばらなとこまで来ると轟音とともに夜空に大きな花が咲いた。
ひとつ咲くと花束のように次々と。
「なぁ、玲…」
『ん?なぁに?』
「いや、なんでもない」
フィナーレを飾る枝垂桜の花火を見た時、俺は彼女に伝えようとした言葉を心の奥にしまい込み、誤魔化した。
綺麗だ。
そう素直に感じた。
夜空に咲く花火も横で花火をキラキラした目で見る彼女も。
そう思えた。
そう思うことなんてないと思っていたのに。
お盆に祖父母の家に行くことも、彼女とこの祭りに行くことも当たり前のことだと思っていた。
けど、違う。そう感じた。
よく考えればそうだろう。
同い年の従妹と一緒に祭りに行くなんて。
ましてや、玲の地元の祭りだ。
彼女の友人や知り合いがいてもおかしくはない。
今更気づいて彼女のあらぬ噂が立たないようにつないだ手を離そうと緩めた。
「だめ……」
玲はそう言って俺が緩めた手を握り返した。
花火が終わるまでずっと。
帰り道玲の友達二人組に出会った。
「ねえねえその子誰?もしかして彼氏?」
「意外とかっこいいかも」
『そんなんじゃないよー。しーくんは私の従兄なんだー』
「しーくんって呼んでるの?」
『昔からこう呼んでて癖が抜けないんだよねー』
「じゃあなんで手なんか繋いでるの?あやしー」
「怪しー」
『しーくんが私とはぐれた時にもうはぐれないようにって握ってくれたんだー』
「優しいじゃん!従兄なら私狙っちゃおうかなー」
『こいつの家遠いから無理だよー。チキンだし』
「誰がチキンだ」
『ごめんごめん』
「私たちもう少し回るからじゃあね!」
「あ!従兄君もじゃあね!」
「うっす」
『声小っさ!じゃあ帰ろっか』
『「ただいまー」』
『そういえば今日お父さんたち飲みに行ってるんだった』
玲の父、俺の叔父にあたる人は不動産屋で今年は花火大会の役員らしく初日の成功を祝い、祖父母と、俺の両親を連れて飲みに行ったらしく家は静寂に包まれていた。
最近持たされたスマホには母から「みんなの帰りが遅くなるから二人で家で過ごすように」という趣旨のメッセージが届いていた。
指示通り俺は風呂に入ることにした。
玲がもう少し浴衣を着ていたいと言ったので、俺から入ることになった。
風呂場には湯船の音が響くだけ。
(俺死ぬのかな……)
今叫びたいことはどうしてこうなったのかだけだった。
「はぁぁぁー生き返るー」
湯船に浸かると疲れが癒されていく。
湯船でくつろいでいると脱衣所に影が出来て布の擦れる音がした。
この家には今俺と玲の二人しかいないはず。
そこから導き出す影の答えはすぐに明かされた。
『しーくん…入る…ね』
「ちょっ!お前何しようとしてんのか分かってんの?」
俺の制止は無駄に終わり、玲は風呂場に入って来た。
湯船に浸かる自分の眼前には従妹の慎ましくも美しい肢体があった。
彼女は、年頃であるはずなのに俺の制止を無視して入ってきた。
その後は俺がまるでそこにいないかのように一言も返さず身体を洗って湯船に浸かった。
夏の暑さか、この夜にのぼせたからなのか。
しかし、これだけは忘れもしない。
彼女は去り際にこう言ったのだった。
『部屋で待ってる』
俺は考えないふりをしていた。
十時過ぎに大人たちは帰って来た。
帰って来た親たちと話すときも心の奥底ではあの言葉が絶えずリピートしていた。
明日に私たちが帰ることと、明日もおじさんは役員の飲み会があるらしく早く帰って来た。
祖母と運転役の母以外はみんな酔い始めていて、すぐに寝床に行ってしまった。祖母も母も朝型なので、みんなすぐに寝てしまった。
俺も玲の言葉を真に受けずに明日のために寝ようと用意された部屋へ行った。
『部屋で待ってる』
こんなことを言われて意識しない男なんていない。
よくいるラブコメの鈍感主人公だって鈍感なわけじゃない。
ちょっとした仕草や、面と向かって言われた時だって、(俺、誘われてる…)なんてラブコメの波動を感じている。
じゃあ何故手を出さないのか、理由は単純。
責任を取るのが怖いからだ。
(誘っているように見えたけど、もし違ったら?)
今まで積み上げてきた信頼、好感が、今まで並べてきたドミノが完成直前に倒れるのと同じように怖いからだ。
しかし、思春期の男の行動原理なんて単純で、マズローの欲求階層説に当てはめれば、一時的欲求でしか動いていない。
だから、俺はこの日の選択を間違えた。
何度寝返りを打っても寝心地のいい形が見つからず、その日は、用意された部屋で寝ようとしたが全く寝ることが出来なかった。
置時計が不気味な音を立て新たな日を告げた時、俺は気が付くと自室を出ていた。
そのまま俺は彼女の部屋にまるで蛍光灯に中てられた羽虫のように吸い寄せられた。
扉の前までくると、俺はノックをする常識すら忘れドアノブをひねった。
ぎぎぎっ。
扉の蝶番が俺に理性を保たせようと音を立てる。
中は月明かりに照らされて青白く光っていた。
『やっときた』
「やっとってどういうことだよっ」
俺はそう小声で攻めると、
『お祭り楽しかったね』
と、俺が期待していたこと違う回答で、思春期男子が思うようなことは起きそうになかった。
「別に…お前の友達に手を繋いでたのがバレたの以外は普通だった」
『普通…か……』
『私はしーくんが人混みの中から私を見つけ出してくれて嬉しかったよ』
「そうかよ…」
『そうそう…それにまた離れないようにって手をつないでくれたことも昔一緒に迷子になった時みたいでカッコよかった…』
「………」
『お風呂どうだった?』
数十秒の沈黙ののち、彼女は見事に俺の周りを地雷原にした。
(どう答えるのが正解なんだっ?無関心を装うか?それとも、、、)
考えを巡らすこと十数秒、沈黙は彼女によって破られた。
『お風呂ではとっても元気だったね』
「……」
彼女はそう言いながら、白くて今にも折れそうな細い腕を俺の腰にまわした。
腰にまわした手は優しくて暖かかった。
玲はベットに腰かけていた俺の上に跨ると、腰にまわしたか細い腕で思い切り俺を引き寄せた。
『…つかまえたっ』
そう言うと彼女は首筋をなでる様に唇を這わせた。
「…っく」
俺は声を抑えるのに必死だった。
『かわいいひと…』
耳元で吐息交じりの声が聞こえる。
彼女の体温、吐息が直に肌に伝わる。彼女は顔を胸にうずめて擦り付けた。
まるで捨てられた猫が媚びる様に優しくそれでいてにおい付けするように何度も何度も擦り付けた。
同い年なはずなのに彼女はとても大人びて見えた。
『ん……』
そう言って彼女は俺を優しくベットへ押しやった。
私おかしいのかな…。
この前も…って言ってもずいぶん前だけど一緒にお風呂にも何回も入った。
なのに、なのに、この気持ちは何?
その唇に口づけしたい。もっと先の刺激的な事だって。
私、おかしいのかも。従兄にこんなことをしてしまうなんて。
そう頭では分かっていても身体は言うことを聞かず彼の胸に顔を擦り付け、ベットへ押し倒した。
(いけないことをしている。)
頭では分かっているのに。
『しーくん怖いの?』
挑戦的な言葉を使って気分が高揚していくのが分かる。
これまでこんな気持ちになったことなんて一度もなかった。
学校にだって彼より容姿の整った、いわゆるイケメン?だっている。
なのに、
『部屋で待ってる』
そう言ってしまった。
自分でもびっくりした。
恥ずかしくて、けど来てくれるかもって期待もしちゃった。
部屋で一人になるのが怖くてカーテンを開けて月明かりを見つめた。
12時をまわった時突然扉が開いたときは本当にびっくりした。
けど、扉の先にあった彼の顔はとても同い年に見えず、すごく可愛く見えた。
いつの日か一緒に怪談の番組を見た時の怖いものを恐るおそる見るような、でも、何かに期待しているようなそんな顔をしていた。
その顔を見た瞬間これまであった不安なんて吹き飛んでしまったんだ。
彼の匂いを嗅ぐと、
洗剤じゃない、
シャンプーでもない、
けど甘いなんとも言い表せない匂いが鼻腔をくすぐる。
その瞬間もう従兄と思えなくなった。
どうでもいいと思ってしまったんだ。いけないことだって、わかってる。
この後しようとしていることがどういうことなのかもすべて。
なのに、なのに、なのになのになのに……。
骨の髄まで腐っていくのが分かる。
…あぁこれが、恋、なんだ。
ぐちゃぐちゃにしたい。
ぐちゃぐちゃにされたい。
『しーくん…し…よ?』
はぁ……。言ってしまった。
「お、お前ほんとにいってn…」
玲はキスをして口をふさいだ。
すると彼は借りてきた猫のように静かになった。
『これ…ファーストキスだから』
そうしているうちに寝間着がはだけていく。
だってしょうがないじゃない。
私だけじゃない、多くの女性もきっとそうだと思う。
寝るときに邪魔だし、余程大きいか、意識が高くなければ家でお風呂に入った後にブラなんてつけない。
しかも今日は、夏で熱いからって使い古したTシャツを着ていたから余計に脱げやすい。
玲は最後の砦である使い古したTシャツを脱ぎ捨てた。
『お風呂ぶりだね…』
そう言うと神仁は覚悟を決めたのか今度は玲をベットに押し倒し返した。
『きゃっ』
「ほんとにいいんだな?」
神仁は彼女に念を押すように確認した。
『わかってるくせに……いじわる…』
「ごめん。もう止まれないから…」
『いいよ…』
生まれたままの姿の彼女はとても小さく見えた。
『…っ…んあん…』
酒を飲んで寝ているとはいえこの家には両方の両親がいる。
彼女はシーツを咬み声を抑える。
少し涙目になりながら俺を下から覗き込む。
『もう終わり…?』
「お前が誘ったんだ。こんなところで終わりにするかよ」
据え膳食わぬは男の恥。
俺は持てるものすべてを費やしこの夜を過ごした。
(この関係は今だけのもの。明日はもう普通の従妹として接する。)
そう、覚悟したのに…。
『すき…大すき…』
この夜の出来事を俺は枝垂桜の花言葉のように自分の心をごまかした。
その日は蝉がよく鳴いていた、凄く暑い夜だった。
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