16.ラドルフの計算外

ラドルフ

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 今回もダンスが終わって手持ちぶたさに酒でも飲んでると、女騎士仲間と相変わらずでっかい声で話し込んでいるヤツの方に、1人の男が近づいていくのが見えた。


 あの男は仕事の関係で国外にしばらく出向いていたが最近こっちに戻ってきたという伯爵家の出の者。


 これまでにこの男に限らず、地方から帝都に滞在しにきた者、社交界デビューしたばかりの者、ヤツに近づく男は何人も現れていた。


 自分がこれまでのように誘いを受けることはあっても、ヤツの方がここまで言い寄られることになるとは正直、完全なる計算外だった。


 まあ…… そうなってもおかしくない見栄えになったのは、いくらこの俺でも認めざるを得ないが。

 

 困った様子で相手の誘いを断ろうとしているヤツの姿を見ていると、何か胸のあたりがモヤモヤとし始めた。


 その感覚を無視して飲んでいたシャンパングラスを側を通りがかった給仕に預けると、いつものように一仕事することにした。


「私の連れに何か?」


 ヤツの手入れしてある指先に触ろうとしている、その無骨な手との間に腕を差し入れた。


 何が起こったのか分からないように、その男は間抜けなツラをしてこちらを見上げた。


「え……あなたは踊らないで有名なエスニョーラ侯爵家の……」


 この狭い社交界の中じゃ、しばらく帝都を離れていたとしても、大抵の場合どこかで顔を合わせているものだ。

 その男は俺のことを認識すると、焦ったような悔しそうな顔をしながら、会場の人混みの中へと消えていった。


 こんなキザったらしい真似、普通なら乗り気もしないが。

 フィアンセが言い寄られてるのを黙って見過ごしたなんて話が出回れば、家門のツラ汚しだからな。


「ぼ、坊っちゃま」


 こういう状況になると大概、周りの視線がこっちに集中してるのを感じ取っている中、声がした。


 まったく……この呼び方、人前でやめてくれよな。


 振り向くと、目線を下げて思い詰めたような顔をしたヤツが佇んでいる。


「お話したいことがあって……今日はもう帰りませんか?」


 いつもだったらこんな事があっても女騎士達との会話にまた戻るもんだから意外な気もしたが、俺に話とは……


 コイツの言動は予測不能なことばかりだからな。

 若干、嫌な予感がしながらも、一応、会場を離れるまではパートナーに一途な設定を続けるため、腕を差し出しエスコートってやつをしながら馬車へと向かった。


「それで、話って?」


乗り込んで馬車が走り出した後も、考え込んだように下を向いてなかなか声を出さないヤツに痺れを切らして、こちらから声を掛けていた。


「あ、あのぉ、お願いしたい事があるんですけど……」


「なんだよ」


「そろそろ皆のインタビュー記録が溜まってきたので皇城に書類を提出したいんです。それで、ぜひ坊っちゃまの力をお借りしたくて……」


ふーん、俺に頼み事なんざ舞踏会に連れて行けと言ったの以来か?


前回、皇城に出そうとしてたのを見る限り、文章作成能力は壊滅的だった。


そう頼み込んでくるのは賢明な判断だし、俺もこいつのお陰で面倒な虫が寄ってこなくて助かってるから、引き受けてやっても悪くない。


しかし呼び方……何とかしないとな。


「だけど、私から一方的にお願いするのも図々しいので見返りを考えました。私、坊っちゃまに合うお嬢様を見つけてくるので、婚約を取りやめるのはどうでしょう?」


 ……は? コイツ何言ってやがる。


「ちょっと待てよ。書類作成の見返りが、なんでそうなる。父上はもう俺たちを婚姻させる気満々だぞ」


 この間だって、狩猟祭が終わったらそうするなんて言ってたしな。


「だって、元はと言えばこうなったのは、旦那様が色々考えるのが面倒で強制的に引き合わしたからで、お互い望んでもなかった事ですよね? それに……外出や舞踏会への社交にも何度か出させていただきましたけど、同じ貴族とはいえ育った環境もお金に対する感覚も全然違うってことがよく分かりました」


 まあ確かに。こんなグズでエミリアの護衛の任務も全うできない女騎士と引き合わされた時には、不愉快きわまり無かった。しかもあの時、俺はコイツに怪我させられたからな。


 それに皇城に務めるような貴族だったらまず使うことはない乗合馬車に普通に乗るわ、社交の席じゃガツガツと人目も気にせず食料を貪るわ、何度恥ずかしい目に遭わされそうになったか……


「このまま先に進んだとしても、私たち絶対にいい人生送れないと思うんです。幸い、エミリアお嬢様はもう隠されたご令嬢ではなくなりましたから、旦那様がもう坊っちゃまの婚約相手をお屋敷で働いてる女性限定にこだわる必要もなくなりました。だったらもっと坊っちゃまの感覚と合う、私の女騎士友達が仕えているような高貴なご令嬢方とか適したお相手にされた方が理にかなってると思うんです」


 ヤツは相変わらず俯いたまま、ツラツラとそんな事を言い始めた。


 聞いてみればコイツなりに考え抜いた話ではあるようだ。


 俺が身を固める事により父上の心配事が1つ減る訳だから、それを1から探し直すのじゃあ悪いとも思う。


 しかし、俺だってここまで正当な理由を並べて嫌がる相手と我慢して一緒になる筋合いはない。


 そうだな……

 コイツが俺の社交に付き合ってたのも、女騎士たちの話を集めるためだったから、それが終わったら俺の目的のためだけに連れ回すことになる。


 ここらでもう、この関係も潮時なのかもしれないな。


 以前エミリアに大量に縁談状が届いていたように、うちに取り入ろうとする家門は山のようにいる訳だから俺の相手はすぐに集まるとして、コイツは……


「婚約をやめて、お前はどうするんだ? お前の言う”いい人生”ってなんなんだよ?」


 ヤツは少し間を開けて、控えめな様子で喋り始めた。


「こんな事があったお屋敷にはいられませんし、これまでの騎士のキャリアじゃ他の騎士団に入るのも難しいから親元に帰って適当な相手を探します。坊っちゃまみたいな帝都に住んでる大貴族の方たちの生活を体験できたのは一生の思い出だけど、田舎の男爵家の娘として自分に見合った生活を送ること……私にはそれが1番いい人生だと思うんです」


 そのためらいがちで少し寂しそうな声を聞いた瞬間、急にこのなんの変哲もない馬車の中で目の前にいるヤツの姿だけが浮いて見え始めた。


 一流のドレスの装いに、高価な髪飾りで結い上げられた髪、そして華やかな化粧を施された切なげで儚げな表情。


 もし、このままこいつが地元に帰ったら……



顔がぼんやり見える男『あれ? イリー(イリスの愛称)、帝都から戻ってきたの? 見違えたなぁ……僕だよ、君が騎士学校に入る前に告白されたディズレイだよ』


イリス『ディズレイ、あなたは全然変わってないのね。昔のカッコいいまま……私、帝都のイケすかない見栄っ張りな貴族男と婚約させられて、なんとか逃げてきたんだけど、今思うと豪華な社交界に美味しいものも沢山食べれていい思い出だったな……ところで、誰か知り合いで、いい人いないかな?』


ディズレイ『そんなの目の前にいるじゃないか。今付き合ってる女と別れるから、イリー、今すぐ結婚してくれ。君のことをこんなに綺麗にして手放してくれるなんて、まるで僕のためにお膳立てしてくれたみたいじゃないか。そいつもバカなやつだな』



うっ……なんなんだ。勝手に頭の中に流れ込んでくるこの光景は。


だがしかし、このままいくと俺は他の男のためにお膳立てしてやった、愚かな過去の男だってことか?


ふっざけんなよ……

そんな扱い耐えられるか……



「ダメだ!!」



気づくと前のめりになって、目の前にいる相手に向かって叫んでいた。

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