12.噂のパートナー

ラドルフ

————

どういう訳かダンス講師に何やら耳打ちされてから、逃げることをしなくなった。

むしろ微笑みさえ浮かべてやがる。


本当に……頭の中どんな構造になってるんだ?


ヤツも学校時代に教わっていたということもあり、本番でも普通に通用しそうな状態にすぐに持って行けた。



そして、当日。

行きの馬車に揺られながら、何とも微妙な思いがしていた。


この服装は……エミリアの婚約会と全く同じじゃないか?

この間はそれどころじゃなくて気づきもしなかったが、髪型も化粧も整えられてないし。


一応、形だけとはいえ侯爵家に嫁ぐ身な訳だから、身だしなみはしっかりやってもらいたいもんだ。



会場に到着し、開催主と挨拶をし仕事の話をしている間、アイツはずっとつまらなさそうに側に付いていた。


「エスニョーラ殿、ご婚約おめでとうございます。なんでも、フィアンセとしか踊らないという話をお聞きしましたよ。それほどお可愛がりになっているとは、ダンスタイムが楽しみですな」


途中から入ってきた仕事仲間に急に話を振られた。


……はあ?

なんだそりゃ。っといやいや、もうそんな噂が出回ってるならかえって好都合だ。


噂をばら撒きまくったのは、先日のパーティーで出てきた顔のキツそうな令嬢だろうな。


フィアンセとしか踊らないうんぬんは、アイツにしか話してない訳だし。


小腹が空いたのでキリがいい所で軽食コーナーへ行くと、ヤツはすごい勢いで手当たり次第に置いてある料理を皿に取り持っては食べまくっていた。


なんだかな……いつもろくな物を食べていないような、卑しさを感じる。

ったく、こういう所から教育しないといけないのか。めんどくせぇ。


そしていよいよ、時間がやってきた。


と思った瞬間、女騎士達がワラワラと集まってき出した。



イリス

————

「イリスー! ここにも来てたんだ!」


「婚約したんだってね、なんでこないだ教えてくれなかったのー?」


みんなー! やっぱり学校時代の同級生は1番気が休まるや。


「おい、しゃべくる前にやる事があるだろ」


あっ、そうだった。

先にこっちを終わらせて、たくさん皆から聞き出さなくちゃ。


そしたら皆がさらに私の方に寄ってきて小さい声で話してきた。


「イリスのイケメンの彼、あんた以外としか踊らないって言ってるんでしょ? めちゃくちゃ溺愛されてるじゃん」


は、はあ!? 

何よそれ! そんなの聞いたことないし。


あ、ダメだダメだ。真に受けちゃ、ただの噂だし。


「おら、行くぞ」


やばい、すぐ行かなかったからすっごく不機嫌そうな声。

私は無理矢理、腕を掴まれてダンスフロアの方へ引っ張られた。


だいぶ、触られるのにも慣れてきて、動じなくなってきた。


そして、いよいよパーフェクトな姿勢を取るヤツに向かい合ってダンスすることに。

練習の時は耳までかかる長めの前髪が落ちてきてたけど、ちゃんと横で固められている。


いつもと違うから、見てくれに集中するにも、さらに集中しやくなってる!


それであっという間に一曲が終わった。


ダンスが終わった後も、腕を組んで戻るのがマナーだからそれをやって友達が集まってる所に戻ったら……


「もう終わっちゃうの!? ダメでしょイリス。あなたとしか踊らないって言われてるのに、彼をガッカリさせちゃ」


そう言って皆は腕を組んでるアイツごと、踊ってきた方向に追い返した。


なんで、なんでそうなるの!!

私は皆から女騎士としての悩みを聞き出すために、特訓までしてコイツと踊りなんかしたっていうのに!



ラドルフ

————

はあ……なんだこの流れは。

まあ、今回が初めてだし多めにやっておいてもいいか。

そうしておけば、噂もさらに誇張されて出回るだろう。


そうして結局、女騎士達のところへ戻ってはまた追い返されで5曲くらい踊らされた。

さすがにもういいだろと戻ると。


「この方がラドルフ様のフィアンセでいらっしゃるの?」


あー、この声は……

振り向くと、あのキツい顔した令嬢が立っていた。


「お嬢様!」


女騎士の群れの中の1人がこちらに駆け寄ってきた。


「お嬢様の言う通り、エスニョーラ様、フィアンセにぞっこんでしたね。まさかそれがイリスだったなんて驚きました」


主人に似合わず、なかなか腰の低い女騎士だ。


「あの誰とも踊らないで有名なラドルフ様がどんな方を選んだのか楽しみにしていましたのに、期待外れでしたわ」


ああ、やっぱりこういう展開になったか。


「みすぼらしいドレスに、全く華やかさに欠ける見栄え。完全にラドルフ様と並んだら不釣り合いで浮いてしまってましたわ」


次回の課題ができちまったな。

こいつの噂の拡散力に対抗するほど、即時に行動しとかないと家門に傷が付いちまう。



イリス

————

もう、なんでなんで!

こんなに踊らされてたら、貴重なダンスタイムの時間が無くなっちゃうじゃん!


私はこの残されたわずかな時間で、やっと友達の1人の実情を念入りに聞くことができた。

もっと、もっとインタビューして記録を集めないと。


そして次は何としてもダンスは一回だけにとどめる!


まさかこんな所に落とし穴があるとは思わなかった。


アイツは、ウィーナが仕えてるサルーシェ伯爵家のお嬢様となぜか喋っていた後、フラッと別の来客の方へ行って話しかけたりしてた。


へー、ご令嬢の知り合いもいたりするのね。



そして、その帰りの馬車の中で3日後にまた夜会に出席することになったと言われた。


よかったー! また情報収集ができる。その調子でどんどん舞踏会のアポ取りお願いしまーす。

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