2.会場へ

ラドルフ

————

 クソっ


 エミリアと陛下の謁見へ行ったから昨晩の話はあれで終わりかと思っていたのに、まさか公爵邸へ行くまでのこの隙間時間を狙ってくるとは……父上め、何を考えているのやら。


 この高級店に連れて行かれた時点で、前に紹介すると言っていた相手だろうと察しはついたが、よりにもよってあの目障りな騎士女だとは。


 あらゆる分析に関しては圧倒的な自信を誇るのに、どういう訳か、昔から自分自身に対する分析力が皆無な点が悩みどころだった。

 それが完全に露呈した形だ。


 父上が出て行ってから団長があの女にごちょごちょと耳元で何か言ってるが、使い古した人形みたいに間抜けな顔して一向に動こうとしない。


 あんなに思考が見た目に出てたら騎士なんてハード職、務まらないのも当然だな。


「おい、団長。父上から指示を受けているんだろう。俺はこれからどうすればいい?」


「良かった、さすが坊っちゃま、すぐ状況を理解頂いて助かります。イリスをエスコートして、店の外に待たせている馬車で直接、公爵邸へ向かって下さい」


 この女と同列に見られるのも嫌だが、社交の場では形だけってヤツだな。

 エミリアの件もあるし、これ以上うちの家門をおとしめる訳にはいかない。ここは我慢してやるか……


 まずいな、エスコートなんて社交デビューした何年も前に一度やったきりだから、忘れちまってる。


 まず女の前にひざまずいて……


「あー、お手をお貸し頂けますか……レディ」


 この女、一瞬こちらをチラ見したがまるで汚いものでも見るみたいに、すぐ目線を変えやがった。

 こっちが下手に出てりゃあ……


「いつまでもボケっとしてないで行くぞ」


 腕を掴んで立ち上がらせようとした途端……


「いやーっ!! 触らないでください!」


 ものすごい力で突き飛ばされて、壁際に置いてあったサイドテーブルみたいのの角に腰がぶつかってその場によろけた。

 絶対にアザが出来たな。


 それにしても凄い力だ。ここだけは騎士っぽいのかよ。怪力女だ。


「こ、こらイリス! 坊っちゃまに向かってなんてことを!」



イリス

————

 は……まずい、

 いきなり、さわられたから思わず強めに押しちゃったし。なんか痛そうにしてるし……


 ていうか、護るべき雇い主の家族に怪我負わしたら、どうなる……


 私は恐る恐る団長の方を見やった。

 やっぱり、こめかみに青筋立ててる。


 いや、むしろこれは婚約取消への布石なのかも。こんなに凶暴な嫁、やっぱやーめたってなるでしょ普通。


「イリス。落大寸前の成績だったお前を雇い入れてくださった旦那様の恩をドブに捨てるつもりか? ここを出て騎士としてやっていく自信があるのか?」


 団長が耳元で囁いた。


 直訳すれば、

 あのシスコン男のために雇い入れたのに、それを蹴飛ばして辞めてみろ、二度と再起不能にしてやる。


 私は一切の抵抗をやめて、首を横に振った。



 気づくと私は馬車に揺られており、公爵邸に到着した。

 本来ならここで初めて訪れる帝国を牛耳ぎゅうじる貴族界の重鎮のお宅の実況中継をしないといけない所なのに、私は今、今……団長によってアイツの腕に腕を絡ませられそうになってる。


 いや、もう逆らえないのは承知してるんだから、むしろもう腕組むくらい、どーんとこいやー! くらいの気持ちでいるんだけど、体が言うことを効かない……

 やっぱり、生理的に拒絶反応を起こしてる。


「仕方ないからイリス、お前だけまず腕を組んでる状態に固定しろ! そこに坊っちゃまに手を入れて組んでるようにしてもらうから」


 そんなこんなで、腕を組む形は作れたけど、これがお互い触れない状態にキープするのが難しい。


「ああ、もう私は旦那様に言われている時間に間に合わんから、もう行く! イリス、坊っちゃまに恥をかかせるんじゃないぞ!」


 そうして団長が去って行った後、腕が触れそうになると止まり、触れそうになると止まり、を繰り返して会場に辿り着いたけど、このアホみたいに広い会場からどうやってお嬢様を見つければいいのか、誰か教えて……



ラドルフ

————


 もう疲れた……


 少しでも触れそうになるとビビリみたいに止まりやがって。


 まあこっちもさっきみたいに投げ飛ばされて、また痛い目みるのはゴメンだからな。自分のためにも否応なく合わせてやるしかない。


 ふーん、これがかの公爵家の大広間ってやつか。

 どこの屋敷の間取り図も頭の中にインプットしてあるから、どこに何があるかは大体分るが……

 あの正面にある高くなってるのが主賓挨拶の舞台だろうな。


 チッ誰もいないじゃねーか、


 この天井から床面積から、縦横高さ3次元の全てが無駄にだだっ広い上、見渡すにも照明が変に薄暗くて奥の方まで見えやしない。


「キャハハハ! マルヴェナ、最高ね!!」


 なんだ? 母上の名前じゃないか?

 これだけ広い所にこれだけ通る声じゃあ、相当近くにいるはず。


 あ、いた。なんだか細長いテーブルに食事がズラリと並んでいやがる。

 酒を飲みながら母上と喋ってるのは、確か……


「ルランシアったら~ 笑わせないでよ!」


 俺の頭の中には貴族家マニュアルの1ページ1ページが視覚を通したイメージのままに格納されている。あれは最終巻である25巻の793ページ。


 エミリアを奪ったあの女たらしの男の母親の妹。


 ちなみに今日の招待リストを父上に見せてもらったが、あの男と付き合ったことのある令嬢がいる家門も数多く出席している。


 しかしどういう訳か、ヤツがこの家に連れてくると、それ以降その令嬢とは付き合いが立ち消えている。

 そして当然、令嬢は誰も今日のパーティーには来ていない。いるのは他の家族だけだ。


 どうせよからぬ事をして、愛想をつかされたんだろうな。

 はぁ、エミリアが果たして16になるまでに無事でいられるのか心配でたまらん。


 それより母上とでっかい声で話しまくってるあの婦人は、帝国との最後の戦で敗れた今は亡きリューセリンヌ王国の末裔。

 ルランシア・リュース。


 独り身を貫き、さまざまな土地を闊歩しては、その土地の酒を嗜むことを至上の幸福とする。いわゆる自由人。


 これまで母上とは接点のない人物のだったから、おそらく今日初めて会ったんだろう。


 それにしても意気投合してるな。

 どんどん声の大きさがヒートアップしてやがる。


「おい、とりあえず母上のところへ行くぞ」

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