侯爵子息ラドルフと女騎士イリスの近況報告【改訂版】

ねむりまき

Ⅰ.最悪の相性の2人

1.プロローグ&呼び出し

 <プロローグ>


 そもそも……この家に来た時からおかしいとは思ってた。


 うちは片田舎の男爵家で、兄さんと姉さん、私、弟と妹の5人兄弟。

 お金はないのに子どもばっかりいるから、私は少しでも家計を楽にするため早くに騎士学校に入学した。


 15歳で卒業すると同時に、遠縁に当たる帝都に住んでる大貴族・エスニョーラ家の騎士団長のツテを使って、入団させてもらった。


 ほぼ男社会の騎士団での憂鬱な日々が始まると思っていた矢先、配属されたのは10歳になったばかりのエミリアお嬢様の女騎士だった。


 めちゃくちゃラッキーだと思った。


 だけど、女騎士といえば社交界で自分の地位がどれほど高いのか自慢するような高飛車な貴族女性が持つもの。


 社交界から遠ざけてるお嬢様にわざわざ女騎士をつかせる?

 しかも、外出できる奥様には女騎士をつかせない。

 当時、違和感を持ったのは覚えてる。


 だけど、か弱いお嬢様をお屋敷でお守りするだけという、こんなもったいないくらいの好条件。

 細かい事は深く考えずに、これまでこの環境に甘んじてきた。



 だけど、やっぱりおかしい……と思ったのは、

 あの従順なお嬢様が屋敷を抜け出し、そのお咎めを受けて騎士団の懲罰房に入れられてからだった。


 絶対クビにされると思って、今後のことを考えていたのに、今度は奥様の女騎士になれといって出されたのだ。


 こんなミスを犯した人間を普通、またそばに置く?

 しかも、今まで奥様は女騎士なんか持ったことなかったのに、変じゃない?


 そんな疑問が頭の中を掠めていったけど、やっぱりその時の私は深く考えずに、


 失業しなくてセーフ!!!


 ってはしゃいでた。



 あれから3週間。

 私は、あの時になんとしても逃げ出していれば良かったと心底後悔している。


 なんで、ことごとくお嬢様のお世話をしていたメイドが、一定の時期になると辞めていってしまうのか、もっと勘を働かせておくべきだった。



<呼び出し>


イリス

————

 お嬢様の婚約パーティーが始まる数時間前。

 帝都の高級レストランへ行くから、ドレスに着替えて来るようにと騎士団長から言われた。


 ドレスなら、この前お嬢様の婚約者様が大量にプレゼントしたのを使えばいいと、奥様があてがおうとしたが、いち使用人がそんな恐れ多いことはできないと、たまの休みで友達に合コン……じゃなくてお茶会に誘われた時に使ってる一張羅いっちょうらのドレスを引っ張り出してきて、急遽身につけた。


 エスニョーラ騎士団の馬車で団長と向かったのは、1日1組しか予約を取らない隠れ家的、超高級レストラン。

 その時、ある予感が頭をかすめたのは事実だ。


 人目につかないようにこんな席を設けるのは、悪い内緒話をしたい偉い人か、噂話がすぐに広まってしまう身分の高い貴族のお見合いだ。


 一応、私も20歳の年頃の娘。

 きっと両親たちからも、いい人がいれば……的な話をもらっているだろうから、団長なりに色々考えてくれていたに違いない。


 いや、騎士服じゃなくて、わざわざこんな身なりを整えさせてるんだから、そうに決まってる!


 お嬢様の一大イベントの日と被ってしまっているのは残念だが、日にちを変更できないほど高貴な方ってことに違いない。


 部屋に案内される時、けっこう胸が高鳴ったし、期待は大だった。


 やっぱり、広々とした部屋の中庭が覗ける窓の横にある席に若い男性が座っているのが見える。


 ちょっと痩せ型だけど、高貴な趣が感じられる。

 サラサラとしてそうな少し長めの直毛の髪を後ろで一つに結んでいる。


 あの髪色は何だか、エスニョーラの旦那様やあのシスコン男を彷彿とさせる……


 いや、ちょっと待って……


 団長と一緒に近づいてるうちに、座ってる男の角度が変わってきて、その顔が見えてきた。


 嘘でしょ……どういう事?



 そう、私はマジであいつはこの世の中で一番キモい奴だと思っている。


 顔……顔だけはイケメンっていうのは認める。

 エスニョーラ家の人達は旦那様、奥様はじめクセが強いけど美形一家ではあると思う。


 だからといってイケメンだからって何でも許される訳じゃない。


 彼女もいなくて、仕事から帰ってくれば『エミリア エミリア』。

 ただ妹好きってだけなら、まだいい。

 私の兄さんだって、それなりに私たち3姉妹の事を可愛がってくれるし。


 だけど、お嬢様の事を屋敷に一生閉じ込めて面倒をみるつもりだったからね?

 あの溺愛ぶりは“お前はずっと俺のものだからな”って、本気で思ってるから!!


 実の妹に対して……

 考えてるだけで、おぞましいし、鳥肌が立つ。


 お嬢様があの地位があって文武両道、顔良し、スタイル良し、性格良しの帝国史上、最高傑作とも言われる超ハイスペック男子といい縁を結んで、あいつの魔の手から逃れられそうなのは本当に良かったけれど、生理的に受け付けられないという事実はもう変えられない。



 私は涙目になって団長の服の袖を引っ張った。


 団長は振り返って、確実に私が言わんとした事を察したが、見なかったかのような無表情を装い、私の手を振り払ってあの男と隣に座っている旦那様のテーブルに近づいていった。


「イリス、掛けなさい」


 旦那様は低くて威圧感バリバリの声で命じた。


 私が目の前に現れた時、あのシスコン男は“なんだコイツは? なぜコイツがここに?”と顔に書いてあるようなあからさまな態度を示してきた。


 それはこっちが聞きたいわ。


 だけど、私は雇い主である旦那様と上司である団長に逆らうことなど決してできない。

 あの人達は温厚そうに見えることがあるけど、オンオフの切り替えがともかく激しい。

 今はオンモードだ。逆らえば、表の世界で普通の生活ができないくらい容赦ない事をされてもおかしくない。


 私は言われた通り、シスコン男の前の席に座った。


「ラドルフ、イリス。お前たちは今から婚約者同士だ」


「なっ」


 私とヤツは同時に旦那様を見返した。


「父上、承服しかねますね。コイツはエミリアから目を離して危険な目に合わせた役立たずですよ。コイツがしっかり職務を全うしていれば、ヘイゼル家を頼らずに家門を危機に陥らせることにもならなかったのに」


 くっ、コイツにコイツ呼ばわれされるのは胸糞、腹が立つ……

 けど、言ってることは悔しいけどそう。なんで、わざわざ私なんかを取り入れようとするの。


「お前の結婚相手は、エミリアの身の回りで働かせている娘にすると前々から決めていた。分かるだろ? 外部からきた貴族家にいちからエミリアの事を説明して、納得させるのは賢いやり方じゃない」


「はぁ、そうですか。ですが、なんでコイツじゃないといけないんです? うちでエミリアの面倒をよく見ているメイド達は、良家の娘を選んでいるはずですよね」


「今、働いているメイド達はうちに入ってまだ2年未満の者ばかりで信用が置けない。イリスは5年にもなる、適任だ」


 謎が、謎が解けた。私がここに来た時にいたお嬢様付きのメイドは、みんな3年以上はいないで、嫁ぎ先を決めてフェードアウトしてしまった。


 私は1人お屋敷で騎士職の女だったから、皆仲良くしてくれてすごく楽しかったのに、辞めていく度に一抹の寂しさを覚えたものだった。


 多分、この家には長くいない方がいいっていう情報を知ってたんだ。

 むしろ、このシスコン男の花嫁候補として見られてるという事を薄々感じ取っていたのかも。

 私には誰も教えてくれなかったなんて……


 微妙にショックを受けたけど、もうお嬢様は外へ嫁がれるようになるんだから、誰でもいいんじゃないの?


「もう私は披露会の準備でここを発たなければならない。任せると言ったんだ、ラドルフも往生際悪くグズグズ言うんじゃない。今日のパーティーはお前達の事も公に知らせる場にするつもりだから、必ず2人で婚約者同士らしく参加するように。これで我が家も安泰だ」


 旦那様は畳み掛けるみたいに一気に喋ると、立ち上がってそのまますごい足早に店を去って行った。


 これは、もう新しいのを探すのが面倒だから手っ取り早く私に強制的に決めにかかったって事なんだ。


 私はただの蜘蛛の巣にかかった無力なちっこい虫けらだ。

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