脳ナシ〜AIには読めないAI〜
沖綱真優
スパゲティコード
「うわー、寝過ごしちゃった。遅刻ちこくぅ」
玄関の鍵だけはキチンと閉めて、突っかけた靴を勢いで履いて、ブレザーのボタンを留める暇もなく、カノは走りだした。
スカートが捲れて太ももが見えそうになっても、構わずに走る。
ポニーテールのしっぽが後ろ頭では収まらず、頬っぺたの方にまでざんざら揺れて寄越しても走り、耳にブッ刺したイヤホンのコードに引っ掛かりそうに、いや、引っ掛かって今、抜けた。
スピードを緩めず走る。
イヤホンは片方だけでなんとか耳からぶら下がっている。抜けた方が体の前でぶるんぶるん振り子運動するのが気になって、でも足が速いのが自慢のカノは無視して走る。
あの角を曲がれば、学校まで
刹那、片方だけのイヤホンが何か喋った。
風を切って走るカノにはか細すぎる声で。
「うわっ」
「わっ、わぁっ」
左足を滑らせて勢いを殺しつつ右に折れてすぐ。
黒い影が視界に入り、前方向への加速をいなして反転、左足首がぐきりと音を立てて半ケツの尻餅を付く。
ついでに片耳だけ辛うじて繋がっていたイヤホンもぶつりと音を立てて抜けた。
「いたぁ……」
「びっくりした……だ、だいじょうぶ?」
座り込んで涙目で足首をさするカノに、男は自らもしゃがみ込んで声を掛けた。
視線を上げたカノの目と何とか衝突を免れたその男の目が交錯……しなかった。
茶色のサングラスの中の目は、何色かも分からない。まぁ日本人ぽいから黒だろうけど。
ぼさぼさ頭にサングラス、よれよれシャツに斜めがけバッグというかズダ袋という形容がちょうどのカバン。
「うわぁ、不審者……」
思わず声に出る。
「安全装置もナシに走って、ぶつかり掛けて、ゴメンもナシかよ……」
気を悪くしたワリには、セリフと声音は合ってない。声と肌つやからすると若そうな男は、頬を片方上げて少しめくれた唇から八重歯を見せて、手を差し伸べた。
「ありがっ、たぁいぃ」
謝罪の代わりに礼をいいつつ握ったカノの手を、男は引き上げつつ立ち上がる。
カノは立ち上がれはしたものの、左足が痛くて叫ぶ。
「盛大に捻ったみたいだね。靴下の上からでも膨れてるのが分かる」
「腫れてるっていってくれないかなぁ。いたた……ヤな表現」
「ところで、急いでるのでは?」
「そぉだったぁ。遅刻……は」
ポケットから携帯端末を出して覗き込む。すぐに真っ黒の画面から時刻の乗ったお気に入りの写真に変わる。
時刻はホームルーム開始七分前、最大速力ヨーソローならギリ間に合うかもだが、腫れた足では不可能だ。
「ふっるいの使ってるねぇ。久しぶりに見たな、顔認証端末」
男も上から端末を覗く。嫌みではなく単純な感想だ。
カノは暇そうにぶらぶらしているイヤホンをたぐり寄せると片耳だけ突っ込む。
「まぁお古だからね。遅刻確定、イヤホンは沈黙。あぁあ」
「ブレザーのボタンに絡まって断線したかな。ご愁傷さま。じゃぁ僕はこれで」
「待って」
通り過ぎようとする男の腕を両手でがっしりと掴んだ。
「左足、本当に痛くて。歩くの辛いから……学校まで、肩貸して」
「は?僕がオーケーでもAIが反対する……」
「AIは聞かなきゃ答えないよ。イヤホン壊れたし」
「でも、見知らぬ男に肩を貸せとか……」
「悪い人でも、忙しそうでも無さそうだし。ね、お願い。遅刻は仕方ないけど、出席しないとまずいんだ。高校くらいは出とかないと」
ね。
カノは握った腕に力を込める。
男は大仰に竦める素振りだけ見せて、その肩を貸してくれた。
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