彼女になってくれれば誰でもよかった

ぺいぺい

彼女になってくれれば誰でもよかった




 12月中旬、クリスマスも近づいてきて彼女が欲しくなった俺は、

マッチングアプリを始めた。

俺はマッチングアプリは初めてだった。

大学は男ばかりで出会いもない俺は久しぶりの女の子との絡みにとてもワクワクしていた。


 最初は良い相手が全然見つからなかったが少しすると、

プロフィール写真に設定している笑顔が素朴で可愛いくて、

黒髪ショートでマッシュの髪型の女の子とマッチングすることができた。




名前は「k」




女の子は身バレしたくないのかこういう名前の子が多かった。



 俺たちは家がそんなに遠くなく、同い年だったからすぐに仲良くなって電話もした。

2人ともたまたま予定が空いてたので次の日曜日の夜に遊びに行くことに。


 夜ご飯を一緒に食べてイルミネーションを見る。

そんな短時間のデートだった。





 JRの改札前で彼女を待つ。

彼女は乗り換えが必要らしく、俺とは改札が違った。

俺は久しぶりの女の子とのデートに胸を躍らせていた。


 Spotifyを開いて、

自分で作った「クリスマス」のプレイリストを聴きながら待つ。

12月中旬の外はとても寒かった。


集合時間から2〜3分経過すると声をかけられた。



「もしかしてマッチングアプリの・・・」



 そう声をかけてきた彼女は思った以上に背が高くて細身でプロフィール写真と全然変わらず、

笑顔がとても可愛いい女の子だった。



「う、うん!俺だよ!マッチングアプリの!」


「ありがと!無事に会えてよかった!」


「じゃあ行こっか!」



 俺たちは夜ご飯を食べるために、

家電量販店の上にあるレストラン街に向かった。

外はすでに暗く、

12月だからか道に生えている木にはイルミネーションが施されていた。

2人で横断歩道で信号を待つ。



「俺、プロフィール写真と違った?」


「そんなことないよ!写真と全然変わらない!」


「よかった!プロフィール変な写真だから心配だったんだよ!」


「全然変じゃないよ!よかったら撮ってあげようか?」



彼女はそう言うと俺の横顔の写真を撮ってくれた。



「これなら大丈夫だよ!」


「う、うん!ありがと!」



明るくて優しい子だと思った。




家電量販店のエスカレーターに乗りながら話す。



「マッチングアプリはよく使うの?」



彼女がそう聞いてきた。



「全然!始めたばっかり!」


「え、私も!」



 そんな他愛もない会話をする。

でも久しぶりの女の子との一対一の会話の時間はとても楽しかった。

俺の心が一気に彩られていく感じがした。

自分の中でこの子に嫌われたくないと思っているのがわかった。



「何食べる?」


「何食べよっか〜」



2人でレストラン街を歩く。



「あ!私、韓国料理好きなの!」



彼女が韓国料理のお店を指差す。



「ほら!どれも美味しそう!」


「じゃあここにしようよ!」



2人でお店に入る。



「美味しいね!」


「うん!」



 彼女は笑顔で料理を口に運んでいた。

食事の最中も俺は会話が途切れないように話題を振り続け、

彼女にどうにか笑ってもらおうとふざけたりもした。

彼女はその度に目を三日月みたいに細くして笑ってくれた。



「美味しかった!ごめんね払ってもらっちゃって!ごちそうさまです!」


「うん!大丈夫だよ、気にしないで!」



割り勘にしてちっちゃい男だと思われたくないから俺が全部払った。



「じゃあイルミネーション行こっか!」


「そうだね!私、楽しみにしてたんだ!」





 家電量販店を出て駅に向かう。

駅ビルの中に大きな階段があり、

そこでイルミネーションのライトアップがされているらしい。



「寒いね!私、手袋してきてよかった!」


「俺も!迷ったけどマフラーしてきてよかった!」



駅ビルの大階段に続くエスカレーターに乗る。



「ほら!見えてきたよ!」


「ほんとだ!」



 俺が指差すと彼女は嬉しそうにそう言った。

エスカレーターを登り切るとすでに人が沢山いて、

みんなイルミネーションを見ていた。

俺たちもそこに混ざってイルミネーションを見る。



「綺麗だね!」


「めっちゃ綺麗!」



 本当のことを言えばイルミネーションなんて俺は興味はなかった。

でもデートといえばこんなものしか思い浮かばなかった。

彼女が喜ぶと思ったから。



「そうだ!俺イルミネーションの写真撮っとこ!」



 俺はスマホを取り出してイルミネーションの写真を撮った。

彼女は写真を撮ろうとはしなかった。



「向こうにもイルミネーションあるみたいだよ!行ってみようよ!」



 俺はテンションが上がっていて、

気づけば積極的に彼女を連れ回していた。

彼女ともっと色んな景色を見てみたかった。



「・・・うん!いこ!」



 エスカレーターに乗ってさらに上まで向かう。

そこは街中を一望できるような場所だった!



「すげー!ここめっちゃ綺麗!」


「そうだね!」



 しばらく2人で雑談しながら綺麗な夜景を眺めていた。

会話が少し終わった時、

俺は覚悟を決めて話し始めた。



「俺のことどう思った?」


「え?・・・楽しかったよ?」



彼女の答えはなにか歯切れが悪かった。



「マッチングアプリやってるってことは恋人探してるってことだよね?」


「うん、そうだけど・・・」


「じゃあ・・・俺は一緒にいて楽しかったし、いいなって思ったんだけど」



 今の俺の精一杯の勇気を振り絞って言った。

体が熱くなり、頬がじんじんと痺れる。



「・・・私も楽しかったけど、まだ全然君のこと知れてないし・・・」


 彼女の返答は俺が思っていたものとは違った。

意外な返事に焦っていた。



「でも俺は・・・好きって思ったけど」



 体の体温を無理矢理上げて、

その言葉を体の奥から引き出した。






「1回会っただけでなんで好きって思ったの?」






さっきまでのよく笑っていた彼女とは違った。




「そ、それは・・・」




2人の間を12月の冷たい空気が吹き抜ける。



「なんていうか、俺は付き合ってだんだんと好きになっていくタイプだから」



言い訳をなんとか絞り出した。



「・・・私はちゃんと好きになってから付き合うタイプ」


「それは・・・」



俺は彼女の言葉を聞いて返す言葉が見つからなかった。



「私たち合わないね」


「で、でもさ!これからもっと色んなとこ出かけてさ!お互い知っていこうよ!」



俺は必死に彼女を繋ぎ止めようとしていた。



「・・・そうだね」


「う、うん」



 耐え難い空気が流れる。

イルミネーションを見ている他のカップルたちはみんな幸せそうだ。

俺たちはカップルに見られているだろうか。



「・・・今日は帰ろっか」



先に口を開いたのは彼女の方だった。



「そ、そうだね」



俺たちはイルミネーションを後に改札に向けて歩き出した。




 改札までの道は彼女と会話なんてする気にならなかった。

ようやく改札前に到着する。



「じゃあ、今日はありがと!ごめんねご飯も奢ってもらって」



イルミネーションを見る前の明るく、元気で、笑顔な彼女に戻っていた。



「全然大丈夫だよ!・・・また」


「うん!」



 そう言って彼女は改札を通り過ぎていく。

改札を通ると振り返って手を振ってくれた。

俺も振り返した。


 そうして彼女は人混みの中に消えていった。

俺はあの子の後ろ姿を見えなくなるまでずっと見つめていた。





 俺も自分の改札へ向かう。

ワイヤレスイヤホンをつけて、

彼女を待っている間に聞いていた「クリスマス」のプレイリストを開く。

でもどの曲も聴く気にはなれなかった。


 もう時間も遅くなり、人も少ないガラガラの電車に乗り込む。

空いてる席に座って虚空を見つめる。








何やってるんだ、俺は。







 自分がとても空回りしているような気がした。

思い出したかのようにスマホを開き、



「今日は楽しかった!ごめんね急に誘って!また出かけよう!」



 そう精一杯の気持ちを込めたメッセージを彼女に送った。

返信のメッセージは中々返ってこなかった。

彼女は今頃電車に乗っていてすぐに返せるはずなのに。


電車がもうすぐ発車するというアナウンスが流れる。


 ピコンッ、と通知音が鳴る。

彼女からだ。



「うん!楽しかった!よく考えたんだけどやっぱり私たち恋愛の価値とか考え方が違うから恋人としては合わないかも」




ああ、そうか。


「でも全然変な人って思ったわけじゃないから!ただこれから一緒にいるには合わないかなって思っただけ・・・」



 俺はそのメッセージをしばらく眺めていた。

そして意識が戻ってようやく返信を返した。



「そっか!そうだね!ごめんね今日は無駄な時間とらせちゃって!」



 大きな強がりだった。

改札で別れて後ろ姿を見つめていた時、なんとなく気づいてた。

もう会うことはないって。



「無駄なんかじゃないよ!楽しかったし!」


「そっか・・・気まずくなっちゃったしこれで終わりかな」



 俺から関係を終わることを切り出した。

俺がフラれた感じにしたくなかったからだろう。



「そうなるかも」


「うん!じゃあお互い素敵な相手が見つかりますように!」


「だね!幸せになってね!」



 ありがとう、

そう送ろうとした時には既にブロックされていた。


 スマホから目を離してまた虚空を見つめる。

しばらくすると俺はマッチングアプリを開き、

もう次の子を探していた。





誰でもよかったんだ。




あの子じゃなくてもよかった。

そうだろ?


自分に問いかける。



 本当はあの子のことを好きになんてなってなかったんだろ?

マッチングアプリには色んな女の子が表示されている。

この子でも、この子でも、この子でも。

スワイプすれば女の子はどんどん出てくる。






彼女になってくれれば誰でもよかったんだ。







最低だ。






思えばあの子の苗字も名前も知らない。






 あの子のことを何も知らないのに俺はあの子を好きになったって、

思い込んでたんだ。

早く彼女が欲しかったから。


 一緒に見たイルミネーションを思い出す。

あの子が撮ってくれた俺の写真はもうカメラロールから消しただろうか。

彼女は今頃電車の中で今日来たことを後悔しているだろうか。


 彼女はイルミネーションを楽しみにしてたって言った。

あの言葉も嘘だったのかな。


 あの子がイルミネーションの写真を撮らなかった理由がわかった。

もうあの時には俺と合わないって思ってたんだ。

俺だけ写真撮って、バカみたいだ。


 会話が途切れないように頑張ったのに。

楽しんでもらおうと道化を演じたのに。


 俺の言うことをなんでも笑ってくれたあの子。

韓国料理が好きだと言っていたあの子。

笑うと目が三日月みたいに細くなるあの子。






もう一生会うことはないんだな。






 ああ、難しいな。

でもこうやって大人になっていくんだろうな。





 電車が動き出した。

今日の思い出は、この駅に置いていこうと思ったけど、

やっぱり持っていくことにした。






ありがとう、名前も知らない君。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女になってくれれば誰でもよかった ぺいぺい @peipei_1234

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ