Halloween Horror Night
26
「じゃじゃーん‼︎どうよコレ?」
突然だが、帰宅したら家主が星になっていた。
何を言っているのかわからないかもしれないが、私も何が起こっているのかわからない。
「アキちゃんおかえりー」と、扉を開けた途端真っ白な何かを着込んだ蘭さんに抱きしめられたのである。
暖かい大きな身体が離れて彼の全体像が見えたとき、私は思考停止した。
「あれ?アキちゃん?どうしたの?おーい」
星の角?の部分が顔面の前でヒラヒラと振られる。どうやら柔らかいボワのような素材を思わせるそれは、正面は真っ白で無地だが、後ろは青い布で出来ていて、赤い星柄が模様として入っている。
「蘭さん…それ、何…?」
「何って、着ぐるみだよ」
「着ぐるみ」
「そう。かわいいでしょ」
とんがった頭を揺らしながらにこにこする蘭さんin
さて、着ぐるみといえば皆が真っ先に思い浮かべるのはクマではないだろうか。グリズリーだとか、ツキノワグマだとか、現実の生き物として見れば「かわいさ」とは程遠いのに、何故か着ぐるみのモチーフとして定番となる動物である。
他にも着ぐるみといえばウサギだとか、はたまたネコだとかイヌだとか、まあ人によって異論もあることだろう。が、とにかくモフモフの毛がある動物を思い浮かべるのは共通だと思われるし、この私もその感覚は人と同じだ。
しかし、ここでも予想の斜め上の発想をするのがこの早見蘭という男なのだった。
「…色々言いたいことはあるんだけど、何でまた星の着ぐるみをチョイスしたの?」
「星?ちがうちがう、これはヒトデだよ」
「ヒトデ」
「うん」
「またマニアックな」
「そうかな?」
「そうだよ。そのへんの、ほら、クマとかウサギとか、もっと身近な動物がいるじゃん」
「?ヒトデだって動物だよ?」
「そうだけども」
「日本の海にもたくさんいるよ?」
「…そうだけども」
そういうことじゃない。
これで本人には奇をてらったつもりは微塵もないところがまた…と私は思わず遠い目をしてしまう。
というか、そもそも、何故突然着ぐるみなのか。今は9月で、ハロウィンの仮装にしたって気が早すぎる。それに何より暑いだろうと私が言うと、蘭さんは部屋の中でしか着ないから大丈夫だという。
「…あー、じゃあ、ヒトデになって渋谷を練り歩こうとか、そういう話じゃないんだ?」
「仮装じゃないよぉ」と笑われて、でも、だったらますます何なんだという話になる。
蘭さんはモコモコの手で私を引いてリビングに連れて来ると、そのままテレビの正面に壁を背にしてどかっと座り込んだ。そして、なぜかやたらキラキラした目で私を見ながらそれはもう自信ありげに己の膝を叩いてみせる。
おいでの合図だ。
素直に従って彼の膝の上に座り込むと、「ね?座り心地いいでしょ?」と蘭さんは言いながら私のお腹をホールドした。
「アキちゃんがさ、前に僕がリビングで座ってる時の姿勢を気にしてくれたでしょ?」
「え?あ、ああ、テレビ買いに行った時の」
「僕、やっぱりこうしてテレビ見る時もずっとアキちゃんとくっついていたいからさ。コレ、布が分厚くて中綿もたっぷり詰まってるから、背中もお尻も絶対痛くならないし」
「……そう。私とくっついてても暑くないの?」
「エアコン効かせとけば大丈夫!これならアキちゃんのクッションがわりにもなるし、一石二鳥だよね。悩んで悩んで通販で色々探したかいがあったよ」
お前はそんなことで2ヶ月間も悩み続けたんかい。で、2ヶ月間、悩み続けて出した結論が
まったく、アホの子の思考回路というのは摩訶不思議である。
「あ、そういえばアキちゃんも何か通販で買ったでしょ?ポストに届いてたよ」
差し出された平べったい袋を受け取ろうとするも、何故か避けられる。一度渡そうとしておいてどういうつもりなんだ。
「ちょっと、」
「おかえりのキスがまだだった」
んー、とヒトデ男が甘えるように喉を鳴らしながらキスをねだる。その絵面に思わず噴き出し、珍しく私から積極的に唇をくっつけみた。
喜ぶ蘭さんを尻目に、彼の手から掻っ攫った袋を早速開ける。
中身は私が待ちに待った映画のDVD &Blu-rayだった。随分前にこの家で蘭さんと一緒に金曜ロードショーで観て、その後は動画サービスでも繰り返し観て、ついにはDVDまで買ってしまった。
こんなことは私史上初めてのことだ。
自分でも驚くぐらい、その映画に“ハマって”しまったのである。
「アキちゃん、それ…」
蘭さんは私の手にあるものを見て、引き攣った顔をした。無理もない。
映画の内容というのは、シリアルキラーが主人公のサスペンスだった。蘭さんの苦手なグロいシーンが多々ある。私の苦手な不意打ちシーンに至っては、言わずもがな。しかし、この映画の見どころである心理描写の深さや、ヒロインvs殺人鬼の頭脳戦が、そのマイナス点を補ってさらにプラスにしていた。
映画は最初、主人公の幼少期から始まり、少年期までは彼視点で物語が進む。その頃から彼は普段は大人しいのに突然攻撃的になったり、動物を殺したりとサイコパスの片鱗を見せていたわけだが、実際に人を手に掛けたかどうかは曖昧なまま、物語中盤で視点がヒロインに交代。舞台は突然大学になる。
そしてこのヒロインが、最近巷で起こっている連続殺人の犯人は大学で出会った自分の彼氏ではないか、と勘づくのである。大学では犯罪心理学専攻のヒロインは、アメリカで過去に実在したシリアルキラーの傾向を学びながら、主人公への疑いを深めていく。
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