第6話 料理教室
とうとうやってきた週末。
「レナに料理を教える」という約束を果たすべく、俺はエプロンをつけてキッチンに立っていた。
俺の隣には、レナが腕まくりをして控えている。
準備は万端なようだ。
「よし、それじゃあ始めるか」
『えいえいおー!』
俺が開始の合図を告げると、レナは気合いの入った声を上げた。
今回、料理初心者のレナに教えるのは、定番ともいえる玉子焼きだ。
調理自体が難しくないからこそ作り手の実力が問われる料理だけど、初心者の練習としてはピッタリだろう。
「まずは卵を割るんだけど、間違っても爆散させるなよ」
『任せなさい! 霊力を使えば問題ないわ!』
ポンコツなレナがやらかさないように釘を刺す。
本気でやらかさないか心配してたけど、それは杞憂に終わった。
突如、空中に浮き上がった卵が真っ二つに割れたのだ。
中身がこぼれるかと思いきや、卵の殻と同じように空中に固定される。
『これをこーすれば完ぺきよ!』
得意げにドヤ顔するレナの前で、卵の中身がふよふよと宙を漂ってボウルの中に納まった。
「霊力って、超能力みたいなもんか」
『そうよ。とっても便利なんだから』
「ちなみになんだけど、霊力というチートに頼らずに自力で卵を割ろうとしたらどうなるんだ?」
『それはもう、海斗が心配したように爆散して洪水が巻き起こるわよ。あの時は掃除するのが大変だったわ』
「もうすでにやらかしてたのかよ」
予想通りのポンコツ具合に呆れつつ、「料理をするときは基本、霊力を使うように」とやらかし対策をしておけば、すでにレンチン爆破事件を二回も起こしているレナは素直に頷いた。
ちなみに二回目は、寝起き一番にウィンナーを爆散させていた。
細かいところまで説明しないとレナなら曲解してやらかしかねないので、俺はヒヤヒヤしながら一工程ずつ丁寧に教えていく。
調味料と卵を混ぜ合わせてから、機器を熱して卵を流し入れる。
卵の巻き方のコツを実演しながら教える。
ほどなくして、ふわふわのだし巻き玉子が出来上がった。
我ながらいい出来栄えだ。
「作り方はこんな感じだけど、できそうか?」
『もちろんよ! あっ、そうだ』
自信ありげに返事したレナが、いいことを思いついたという風にポンっと手を叩く。
俺は悪い予感を感じるも時すでに遅し。
『完成してからのお楽しみってことで、海斗はあっちで待ってなさい!』
その言葉と共に、有無を言わさぬ圧力で寝室へ追いやられた。
そして数分後。
食卓に座らされた俺の前に、レナが得意げに皿を出す。
『どうよ? ちなみに焼く時は霊力を使ってないわよ』
皿に盛られている玉子焼きはところどころ崩れているものの、初心者が作ったにしてはなかなかに上出来な見た目になっていた。
料理初心者だったころの俺よりも上手に巻けているあたり、レナは料理の才能があるのかもな。
どちらにせよ、レナが頑張ったことに変わりはない。
だからこそだろうか。
俺は自然と、レナを褒めていた。
「すごいな、レナは」
『……ッ! ま、まあね。私にかかればこれくらい余裕だわ!』
なんでもないことのように言うレナが内心で喜んでいるのは、顔を見れば一目瞭然だった。
口角がわずかに持ち上げられ、目尻はいつにもまして垂れている。
レナの控えめな喜びの表情は、目が離せなくなるくらいには可愛らしかった。
『そんなことより、さっさと食べて感想を聞かせなさいよ!』
「そ、それもそうだな!」
俺は若干キョドりながら、レナ特製の玉子焼きを口に運ぶ。
だが、ポンコツさにおいて右に出る者がいないレナはちゃんとやらかしていたようで──。
「んああああああ!? 辛ぁぁぁ!?」
玉子の風味が口内に広がった直後、強烈な辛さが鼻を突き抜けてきた。
辛いを通り越して痛いの領域に行ってしまうようなあまりの激辛具合に、俺はたまらず床を転がりまわる。
ヒィヒィ言いながらも、気力を振り絞ってキッチンまで移動して水を飲む。
なんとか舌が落ち着いてきたところで、レナを問いただした。
「レナ、なんの調味料で味付けしたんだ?」
『え、ワサビだけど?』
「ワッツ? 玉子焼きにワサビとか意味わからないんだけど」
……ふと俺は、少し前の夕食を思い出した。
その日はスーパーで刺身を買ってきて食べたのだが、レナは醤油とわさびで食べていたことを。
ワサビの量が大盛りだったことを。
「ワサビ好きなの?」
『うん、大好き』
「おいしいもの同士を混ぜ合わせたらもっとおいしくなる理論やめろ」
『いくら海斗がお子様舌だからって、そこまで驚くものなの?』
先ほどのヤバい味が鮮明に
ワサビを入れるにしても、あれは明らかに入れすぎだろ。
「オリジナリティや隠し味ってのは禁止な。レシピ通りにちゃんと計量して作るように」
そう告げれば、試しに味見して悶え苦しんでいたレナは涙目になりながら頷いた。
それはもう、何度も何度も首が千切れるんじゃないかってくらい頭をブンブン振って必死に頷いた。
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