第3話 レナが残念美少女すぎる
レナとの同棲生活が始まった翌日。
一週間の始まり、月曜日がやってきた。
俺は朝もきちんと自炊するから、当然早く起きる。
リビングで人のマンガを勝手に読んでいたレナにあいさつしてから、キッチンに向かう。
いつものように手際よく朝ご飯を作って、テーブルに並べる。
「いただきま──」
『ちょっと!』
いざ食べ始めようとしたところで、レナに右腕をガシッと掴まれた。
レナの均整の取れた顔がずいっと近づけられる。
ミルクのような甘い匂いがふんわりと漂ってきた。
異性とこんなに近づいたことがない俺は、突然の出来事に動揺する。
レナは控えめに言っても美少女だ。
嫌でもそのことを意識してしまう。
だけど、次の一言で俺の煩悩はかき消された。
『私の分は?』
「逆に聞くけど、なんで仕方なく同居してるお前のために料理を作らないといけないの?」
『私みたいな美少女に手料理をふるまえるのよ。そこは喜ぶところでしょ?』
「どこからツッコめばいいのか分からないんだけど」
自己肯定感が高すぎるだの、美少女に手料理を振舞って喜ぶなんてふつう逆だろだの、いろいろ心の声が湧いて出てくる。
レナのワガママっぷりに呆れながらも、俺は昨日の様子を思い出してやれやれと首を縦に振った。
「仕方ねーな。文句を言わないことって条件でなら作ってやってもいいぞ」
『さすがにそんな恩知らずじゃないわよ。それにしても、こんなにあっさりOKもらえるとは思ってなかったんだけど』
「自分のお人好し加減には、俺が一番呆れてるよ」
脳裏に浮かんだのは、昨日の晩ごはんの出来事。
俺の作った料理をうまそうに頬張っていたレナの姿だ。
頬張りすぎてリスみたいになっていたのは置いといて、その一幕があったからこそ今回の判断に至った。
自分でも呆れるほどのお人好しだけど、これが俺なのだから仕方ない。
「あ、お前の分も作るのは今日の夜からな」
『なん……だと……!?』
そう告げたら、レナはガクッと膝をついた。
少し気の毒に思ってしまうくらいの落ち込みっぷりだけど、時間がないのだからどうしようもない。
俺はササッとやるべきことを片付けて学校に向かった。
◇◇◇◇
学校が終わるなり、俺はすぐに帰宅する。
ガチャリとドアを開けたら、何やら慌てた様子のレナが出迎えてくれた。
『か、かかかかかかか海斗!? お、おおおかえり!』
「陰の者もビックリなほどドモってたけど、何かあったのか?」
『な、何も問題ないわよ!』
レナが何かを隠しているのは、とんでもないほど一目瞭然だった。
ウソつくの下手すぎない?
ひとまず、俺は家に入る。
パッと見た感じ、玄関や風呂あたりは問題なかったのだけど。
……なぜかリビングに入ったとたん、レナが俺の視線を遮るように移動しだした。
ある方向を見ようとするたびに、レナが全力で目の前に移動してくるのだ。
本人はさりげなくやっているように見せかけているつもりなのだろうけど、そこはさすがレナクオリティ。
なんというか、メチャクチャわかりやすかった。
そこに何かあるって言ってるようなものじゃん。
キッチンのほうに何かあると目星をつけた俺は、回れ右をして自室に向かう。
──と見せかけて、レナが安心して気を緩めた瞬間に素早く身を翻した。
……電子レンジに何かがこびりついていた。
それはもう、白と黄色のよく分からない物体がびっしりと。
「おい、レナ」
『な、何よ……?』
「怒らないから正直に言ってみ?」
『それは怒る人の言い方だからやだ……』
「その言い方だと、怒られることはしたんだな?」
『うぐ……』
自ら墓穴を掘ってしまったレナは少しの間、苦しげな顔をする。
そして、泣き喚きながら自供した。
『お腹が空いて我慢できなかったのよ! それでゆで卵を作ろうとしたの! その時に電子レンジを使ったら時短になって簡単に作れるって天才的なことを思いついちゃったのに、なんか知らないけど卵が爆発したのよ! 私はゆで卵を作ろうとしただけなのにぃ!』
「お、おう……」
思わず言葉を失う。
レナはひとしきり叫んだ後、ふてくされたように俺から顔を背けた。
沈黙が訪れる。
俺は少し考えこんでから、口を開いた。
「……悪気はないようだから今回は許す」
『……ホントに?』
レナが恐る恐るといった様子で聞いてくる。
あっさり許されるとは思っていなかったらしく、そのきれいな栗色の瞳には困惑の色が浮かんでいた。
「実は俺も電子レンジで卵を爆発させて母さんに怒られたことがあるんだよ。だから、今回はあまり偉そうなこと言えないんだよな」
『……海斗優しい。ありがと。次からは気を付けるね』
「ただし、今後は一人で勝手に料理するの禁止な」
『うん……』
ちなみにこの後、作り置きしていた唐揚げをレナが食べ尽くしていたことが判明した。
もちろん、たっぷりと怒った。
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