二章 4.迷路
須賀は喫茶店に入った。
「須賀君」
声を掛けられた。目を向けると米田だ。
「おっ。おっちゃん。もう帰るんか」
須賀は、田舎へ帰ると誰彼構わず、乱暴な口を利く。
「違うわ。今から寺井さんで打ち合わせや」
「よう稼ぐんやなあ」須賀は、軽口を叩いた。
「お陰さんで、寺井海運で仕事や。しっかり稼がさせてもらうわな」
米田のおっさんは、須賀の軽口を受け流して応えた。
須賀の口の利き方で、誰も不快に思わないのが不思議だ。
「そや。おっちゃん。ちょっとだけ、時間ええかな?」米田のおっさんに、昔の町の情勢をちょっと確かめてみようと思った。
「どしたんな」
米田のおっさんは、口調とは真逆の真面目そうな須賀の表情に、緊張しているようだ。
当初、光耀社では、大蛇川ダムの不正入札疑惑に絡んだ国会議員の周辺に注目していた。
百々津町では臨海土地開発事業が決定している。
須賀は、坂口建設が、臨海土地開発事業で何か企んでいると考えた。
「それは、どうやろな。今度のは、今までのとは規模が違うからのう」
今回の埋立事業は規模が大きいので地方の小さな会社では参入しようが無いという事だ。
それでは、十一年前は、どうだったのだろう。
十一年前は、埋立事業に絡んで、不動産屋だった古沢卓が、埋めたた土地を大規模に買付た。
坂口建設は古沢の買付た土地を造成し、分譲住宅を販売して会社の規模を拡大した。
須賀の父親は坂口社長と仲違いになっていた。
母親の話しでは須賀の父親と坂口社長は、仲が良く喧嘩などはしていないという事だ。
もし、喧嘩をしても、すぐ仲直りしていたという事だ。
「それより寺井さんが、あんたの親父さんに借金しとったっちゅうて知っとったか」
米田のおっさんの話しでは坂口社長が何か関係しているような口振りだったが、話しが妙な方向へ飛んでしまった。
「どういうこっちゃ」須賀は興味を持った。
「聞いたんやけど、そっちの方が、揉めとったんと違うかな」
米田のおっさんが詳しく説明してくれた。
寺井海運の寺井満春社長は癌の治療のため五岳山病院に入院していた。
入院が長期に亘り、心配した須賀直道が治療代を用立てたと云うのだ。
須賀直道は養殖事業を始めたばかりだった。
当初は順調だったが、赤潮の発生で養殖魚が全滅して事業の継続が困難な状況だった。
寺井海運も社長が病に倒れたばかりでなく、経営が困難な状況になっていた。
継続的なフェリーの利用者は、島嶼部の住民だけだっだ。
ところが、最近では、その島民も島を離れて町に住む人が増えた。
寺井海運も転換期に来ていて、大型の貨物船を導入しようと考えている時期だったという事だ。
噂話が好きで、その話を鵜呑みにする訳にもいかない。
しかし、親父が、寺井海運に資金を用立てていたという話しが本当なら気になる。
ただ岡島さんが取材していた内容とは、かけ離れた問題のように思える。
本当に臨海土地開発に絡んだ不正調べていたのか。
須賀は、岡島さんが、坂口建設と古沢町議の関係を探っていたのではないかと考えた。
あと、気になるのは、岡島さんが少女を探していたという事だ。
「あっ。時間や。須賀君。もう行くわ」
米田のおっさんは逃げた。
「しっかり、稼いでな」
米田は、苦笑しながら喫茶店を出て行った。
米田は坂口建設に勤めていた頃、寺井海運の事務所の設計をしている。
寺井社長の自宅も設計している。
米田佳浩は、若い頃、町内の有名な建築家、合田隼人に師事していた。
合田は坂口建設からも設計、監理を請負っていて、町内の有名な医院や町立図書館などを手掛けていた。
米田は、坂口建設で設計を担当していたので、合田をよく知っていた。
その後、米田は独立して設計事務所を開設した。
合田隼人とも坂口建設とも良好な関係だった。
事務所を設立するに当たって、合田隼人に世話になっていた。
合田隼人が亡くなった後、坂口建設との関係が少しずつ変化していった。
百々津の事務所をそのままにして栗林市の商業建築設計事務所へも席を置くようになった。
栗林市の設計事務所から合田隼人の請負っていた物件が、かなりあったからだ。
ただし、実際に米田の設計は評価されていた。
一方で、合田隼人の真似をしているだけだと陰口を叩かれる事もあった。
それにしても、米田のおっさんは町の噂や情報を良く知っている。
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