一章 4.取材
朝早く、桃川橋の北へ続く川沿いの道を歩いていた。
川が大きく西に曲がる所から、川沿いの道は途切れる。
古い商家の街並みを次の角まで歩いた。
角を西へ曲がると、景色が一変する。
旧武家屋敷の建ち並ぶ一角だ。土塀に沿って歩くと大きな門があった。
そこが青木善造の住まいだ。
挨拶を済ませると、すぐ本題に入った。
「矢竹さんをご存知ですか?」岡島は、単刀直入に尋ねた。
「ああ、知っとる」
青木氏は、即答だった。
「矢竹さんが、今畠議員の秘書を辞められたのは?」岡島は、少し探りを入れてみた。
「それも知っとる」
これも即答だった。
「矢竹さんは、今畠議員の秘書をお辞めになってから、こちらに誰か来てはいないのですか?」これも、単刀直入に尋ねてみた。
「こっちに来たら、ここへ顔を出すと思うんやけどな」
矢竹が、この町へ来ていないのは、間違いない。
「矢竹さんとは親しいのですか?」
「うん。親しいというか、昔、頼んで、この町へ来てもろとった事があるんや。大阪の研究所で居ったんや」
青木氏は、まったく隠す気が無いようだ。調べていた通りだ。
「今回も真鍋さんのお宅に仮住まいされると、お聞きしているのですが」
岡島は、矢竹が、真鍋邸に仮住まいすると聞いていた。
「ああ、そうや。元々は、矢竹さんの奥さんのお祖母さんやけど、サチさんの里が、真鍋なんや」
サチさんが、東京へ嫁いだ後、両親が亡くなった。
サチさんは、親戚に家の管理を依頼した。
親戚というのが、米原さんだった。
米原さんは、サチさんから了解を得て西村老夫婦の住居に提供している。
サチさんの娘が、喫茶店を経営している、森岡サチさんだ。
西村夫婦は、高齢のため、時々、様子を見るように、お手伝いさんに頼んでいる。
「やはり、来るのですか?」岡島が、掴んでいる情報とは、違っている。
「いや、分からん。また来てもらうようにお願いしとるけどな。まだ、矢竹さんから返事をもろぅとらんのや。ちょっと、先走り過ぎたんかのう」
矢竹が、この町に来るか来ないかは未定なのか?来る可能性もあるのか?
「矢竹さんから、見合い写真が、送られていますよね」
探りを入れてみた。
「なんで知っとんかいな」
青木氏は平然としている。
「それは、言えません。何処にあるのですか」
「儂もそれは、答えられへんわな。相手の人に迷惑掛けたら遺憾しな」
最もな話だ。
「そうですか。そうですよね」
これは、教えてもらう事は無理だ。
次に須賀君の事だ。
「大内医院さんは、ここからどう行けば良いのか、教えていただけますか」
須賀君の父親の転落死について、尋ねようとしていた。
怪しい人影を見たと証言したのが、大内藤子さんだ。
「ええ?何で大内医院まで知っとるんな」
青木氏が、初めて驚いた。白状してしまっているように思った。
見合い写真の届け先は、大内医院だと分かった。
「ああ、大内医院さんに届けたのですね。見合い写真」間髪入れずに、尋ねた。
「おい。絶対にだれにも言うたら遺憾で。両方に迷惑かかるきんな。絶対頼むで」
青木氏は、本当に困った様子だ。
知り合いの居ないこの町で、誰に喋ることも無いのだけど。
「分かっています。それでは、この女の子に見覚えは、ありませんか」岡島は、少し気持ちに、余裕ができた。
「えっ?どれどれ」
青木氏は、眼鏡を掛けると写真を手に取った。
「分からんのう。幼稚園か保育園くらいかのぉ。どしたんや?」
「その人にお礼を言いたい人がいるんです。大切なものを拾ってもらったそうです」
「そうか。それは、役に立たんで、済まんかったのぉ」
「いえ、幼稚園、保育園を当たってみます」
岡島は調べていた。
「ああ、そうか。そやのう。けど、そら大変やな」
「そうなんです。町内に、幼稚園は一軒ですが、保育園は四軒、辺りの集落には六軒ありますから、かなり時間が掛かります。まあ、根気良く、調べます」
「そうか」
青木氏は、それが良いというように頷いた。
北山の麓は、海になっている。
北山公園の海岸沿いは、ずっと、切立った崖が続いている。
公園の入り口付近の道の両側に、昔は旅館だった、大きな民家が建っている。
そこから、浜町が、切立った崖の際に続いている。
途中で大きな岩が、無造作に転がっている。
江戸時代に、湊を築造して、掘削した北山の岩石や土をここから運んだのだそうだ。
北山公園の登園道を登る坂道と、海岸沿いに続く道の二股に別れている。
登園道を登ると、展望広場がある。
そこから周遊道を西へ歩くと、北展望台がある。
更に西へ進むと、周遊道から別れて霧嶽山に入る道がある。
更に進むと、海岸道に合流する。
海岸道を少し東へ戻り、神社の手前の坂道を登ると、北山の高台がある。
その高台の一画に、大内医院がある。
青木善造に教えられた通り、大内医院を目指している。
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