第6話

「わしも一度、ヴィクトリアに離縁をちらつかせたことがあった。

 婚約破棄は禁句でも、離縁はそうでなかろうと、何気に言いつつな。

 何せ、ヴィクトリアは大のサプライズ好きじゃからのう。

 あれの41の誕生日に何事かの大事を告げるゆえ、心して待っておれとあらかじめ告げてのう。

 心よりの誕生日プレゼントの積もりであった。

 そうして、その当日、わしは『そなたを心の底から愛しておる』と告げ、更には永遠の愛を確かに告げたのだが」


(話がこう転んでは、私も帰りたい気持ちを抑え、まさに固唾を飲んで、続きを待った。

 話の内容もそうだが、伯母上の41の誕生日は、忘れようとしても忘れられない日だった)


「すると、なぜか、ヴィクトリアはとんでもなく怒り、わしを口汚くののしると、ついには『愚か者』とまで。

 その夜、わしが特別に用意させた夕食にも、

――無論、側妻はのぞき、2人きりでの食事となるよう手配しておった

――なぜか顔を見せなかった。

 そして共に過ごすはずの夜

――18の時に妻に迎えて以来、」


(そう、伯母上は18の誕生日に結婚した。

 今日は何日だ。

 私の18才の誕生日だ。

 だから、王子はあれほど急いて、私の家にまで来ようとしたのか。

 そのプロポーズのために。

 伯母上と国王の結婚の出来事を縁起物として、私と王子の間にも繰り返そうとしたのか。

 2代そろって、18才の妃の誕生日にプロポーズする。

 なるほど喜ばしい、そして、何という忌ま忌ましさだ。

 だから、この日か。

 無論、今日が私の誕生日であることも、伯母上が誕生日に結婚したことも忘れてなどおらぬ。

 しかし、伯母上の死に想いを馳せることは度々であれ、正直、結婚した時にあえて想いを至らせることは無かった。

 当然であろう。

 後に聞いただけで、私はまだ生まれておらぬ。

 そして、そもそも、この今の私の精神状況では、その2つを結びつけるは不可能ごとであった)


「ヴィクトリアの誕生日は必ず共に過ごした。

 ただ、その夜、彼女は部屋に鍵をかけ、わしを拒んだ。

 なにゆえか、いくら頼んでも、入れてもらえなかった。

 無論、合い鍵を持っておったが、しかし、それを使うことははばかられた。

 ヴィクトリアの怒りがおさまらぬ以上、

 そしてわしが何より恐れるのが、その愛を失うことである以上。

 しかし使うべきであった」


 私が自らの物思いに囚われておる間にも、国王の言葉は続いておった。

 ただ結果は知っておった。

 ゆえに聞く必要も無かった。

 忘れるものか。

 伯母上を亡くしたその日を。


 王の言葉は続いた。

「わしが最愛の妻を失いながら、何とか今も心を落ち着けるを得るは、まさに、その日、ヴィクトリアに、あらためての愛の告白をしたこと、永遠の愛を告げるを得たこと、そのゆえに他ならぬ。

 そうして、彼女を想い出す度に、そのことをもって己の心をなぐさめておったのだが。

 そして、良く似たそなたの顔を見るを得れば、わしは・・・・・・」

と涙ぐむ。そして自ら手でぬぐうと、

「ゆえにボリスにも、少しでも早く呼べと。

 プロポーズせよと勧めておったのだ。

 そなたは病ゆえに来られぬと聞いておった。

 ゆえに、病ゆえに亡くなるということにでもなれば、取り返しがつかぬぞと。

 どうやら、そなたの様子を見る限り、これは取り越し苦労のようであったが。

 そして、誕生日こそ、まさにプロポーズをなす格好の日。

 そう、ボリスに教えたのだ。

 そなたにとっては記念が2つ重なるのじゃ。喜ばぬはずはないし、わしもうれしい。

 何より、ヴィクトリアが喜ぼう。

 そなたのことを、何かと気にしておったからのう。

 わしはヴィクトリアを喜ばしたいんじゃ」

 そうしてついには大粒の涙を流され、止まらぬご様子。


 そう聞かされ、その様を見せられても、私に何の言いようもなかった。

 私は王の言葉が終わったのを見計らって、再び帰るを請うた。

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