第44話 撤退

 俺は、箱の中の氷が融けていない事と熱湯が冷めていない事を確認した。成功だ。これで、魔素を利用した保管庫が出来上がった。その辺の魔素を勝手に集めて箱の中のものをそのままの状態に保つ仕掛けだ。

 電気代がかからない所もいい。

 俺は冷凍庫からヒドラの触手の先端を出して来ると、箱の中に入れた。


 ダンジョン入り口にある転移石は、先にある転移石を使って転移した事がある階に跳ぶ事ができる。

 今の所、ヒドラを倒した後から使える転移石を使ったのは俺達だけで、この入り口にある転移石を使えるのも俺達だけだ。

 だから、今はまだ混んだりはしない。

 俺達は悠々と、転移石を使ってヒドラの階に跳んだ。

「ヒドラポーション、欲しいなあ」

 言うと、ハルも考えながら言う。

「今後、どんなケガをするかわからないからなあ。普通のポーションじゃ治せないケガをした時に備えておくのもいいんじゃない?」

 それでイオもチサもお守りを手に入れておこうという意見に賛成し、俺達はヒドラのポーションを狙う事にした。

 しかし、なかなか出て来ない。

 まあ、今まであまり出て来なかったのだから、そうそう出るとは思ってなかったが。

「またダメだったか。よし、次はどうかな」

「今度で87回目よ」

 俺が言うと、イオがうんざりした声を出した。

「まだまだ!」

「シュウは元気ねえ」

「お前らも元気だろ」

 ハルが死にそうな声で言う。

 ヒドラは死んだ後、一旦出てから扉を開けるとリポップする事がわかった。なので、ヒドラを倒した後は一旦出て入室し直しているのだ。

 イオとチサはイライラを叩きつけるように苛烈に攻撃をしている。

「次こそはそろそろ頼むよ」

 ハルが祈るように言って、俺達はヒドラ部屋に入った。

 いつもと同じく、魔術を叩きつけて片付ける。わかっているので、入った瞬間、攻撃の隙を見せないうちにさっさと片付けるのが肝だ。

「もう、作業ねえ」

 苦笑しながら魔石を拾いに近付き、チサが足を止めた。

「出たわあ!!」

 待ちに待った、ヒドラポーションだった。

「ありがとうヒドラ!」

「もう来るなって言われてるんじゃないのかな」

「そうねえ。ヒドラからしたら、天敵に思われてるかもねえ」

 言いながら、部屋を出る。

「うわあ、凄いよね!これで2本!噂だと、1本1憶はするとか言われてるよね!」

 ハルは言って、

「1憶……想像できないや」

と呟く。

 イオは、

「割っても1人数千万?使い道がわからないわ」

と呆然とし、チサは、

「私は貯金しか思いつかないわあ」

と溜め息混じりに言った。

「ポーションは解析不可能だから人工的に製造できないとされてるしな。なんとか解析したいもんだなあ」

 俺はポーションの瓶をしげしげと眺めた。しかし、使ってもいない状態では、何も読み取ることはできない。やはり使ってみるしかないのかも知れないが、1憶もするものを試しに使ってみる勇気は、庶民にはない。いくら興味があるとはいえ、無理だ。

「まあ、行くか」

「さあ、何がいるかしらねえ」

 俺達は先に進む事にした。


 森のようなフロアで、頭上から凶暴そうな顔の付いた大きな蜘蛛が襲って来たり、人間を呑み込めそうなヘビがいたりする。

「蜘蛛の糸を作る器官はいい金額で引き取られるのよねえ。まさにセレブの服になるような糸ができるそうよお」

 チサが言うので、気持ちが悪いが、一気に燃やして殺すのはやめ、地道にチサの見た弱点をついて殺す。

 と、ハルが急に何かをキャッチしたらしく慌て始めた。

「何だ、これ?物凄く強そうなやつがいるみたいだよ。それと3人が向き合って──あ、こっちに走って来た?」

 それを聞いて、イオは眉を寄せ、チサは苦笑し、俺はハルの視線の先を透かし見た。

「どうする?逃げるか?それとも何か確認する?助ける?

 くそ、見えないな」

 言っている間にも、ハルはどんどん落ち着きを無くし、俺達はどうするか決断を迫られた。

 そしてようやく、茂みの向こうから3人の探索者が飛び出して来た。

「助けてくれ!」

 先頭の若い男が言い、後ろの女が背後を気にしながら足を緩めずに俺達の間をすり抜けていく。そしてもう1人の男は、

「バカでかいカエルだ!1人やられた!」

と喚いた。

 俺達は彼らの走って来た方を見ながら、共闘の打ち合わせを急いでしないと、と思ったが、次の瞬間、棒立ちになった。

 彼らは俺達の間をすり抜けて階段を駆け上がると、転移石に駆け寄って魔石をセットした。

「へ?あ、逃げないとやばいやつ!?」

 イオが言い、俺達はハッとして転移石の方へと戻りかけた。

 が、彼らは引き攣った顔で、

「早く!あいつが来ちゃう!」

「急げ!」

とイライラと言うのを最後に、俺達の前から消えた。

「え?」

 ハルが呆然と洩らすのに、チサが

「まあ。自分達だけで逃げるなんて酷いわよねえ」

と嘆息する。

 そして振り返って見ると、ぬらぬらと全身が光るバカでかいカエルが3匹、跳んで来たところだった。






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