第20話 無職
仕事が終わって家に来たイオは、機嫌が悪かった。
いつもの事と言うが、今の職場でもうっぷんがたまるらしい。
「廊下で遭った時とか、嫌味言うのよ。『駐車違反の車をレッカーするの、お前がいればレッカー車はいらないよな』とか『若くてかわいい女の子ばっかりで、頼られるよなあ。逞しくて、超先輩で、女離れしてて』とか『ダンジョンに落ちてオスの魔物でも見繕って来たらどうだ』とか。あいつらほんっと、低俗でバカみたい。フフ。犯人に頭を殴られたら少しはまともになるんじゃないの」
そんな事を剣呑な笑顔を浮べながら、光の消えた目で笑う。
「お待たせえ」
チサがのんびりと言いながら、料理を運んで来る。
「美味しそうだな!」
俺もほかの皿を運びながら、盛られた角煮に目が行く。夢の中で見たものよりも、何倍も美味しそうだ。
「本当だよねえ。うわあ」
ハルも涎を垂らしそうな顔付きで皿を運んで来る。
それで俺達はまずは乾杯をして、箸をのばした。
魔物肉だからというわけでなく、チサの料理は美味しい。これを食べながら不機嫌でいるのは難しい。いつしかイオも機嫌を直し、俺達はわいわいと言いながら食事を平らげた。
そして、やっと産出物の話になった。
「政府の発表の後だと売り難いし、政府に売れば安くなる。
かと言って全部を放出して儲けに走るのも、先に方針を聞いていた身としてはインサイダー的ないやらしさがあると言うか、義理に欠けると言うか。
だから、ほどほどにしようと思うんだけど」
それにイオも、同意した。
「そうね。どのくらい必要になるのか計算して、量を決める?
ああ、それから。私、警察を辞めようかと思って」
俺達はさっきのグチを聞いていたので、驚きはなかった。なかったが、ハルは一応確認した。
「どのくらい稼げるのかもまだわからないよ?生活も安定してないだろうし、老後の保証もないよ。警察官は公務員だから、勿体ない気もするけど」
イオは笑って、答えた。
「無理。私も無職の仲間入りするわ」
「ああ。じゃあ私達って、全員無職になるのねえ」
チサがおかしそうにおっとりと言って笑った。
翌日、イオは宣言通りに退職届を提出し、晴れて(?)俺達は全員無職になった。
イオは実家に帰りづらいと言い、チサは実家の居心地がどんどん悪くなると言い、いっそ2人で同居しようと、不動産屋に出掛けて行った。
そして我が家は現在工事中で、俺は言われてその確認をしていた。
ダンジョンへの入り口として穴を整備し、門の所から我が家の敷地内に侵入できないように塀を作るというので、今の門が使えなくなる。なのでやや隣に門を移す事になったのだ。それらの工事は自衛隊がしてくれるそうなのだが、門の位置の指示をするように頼まれたのだ。
流石は、こういう作業を専門にしている部隊だ。テキパキと作業を進め、門の寸法キッチリに門扉を作る。
「早いし正確だしきれいだし、凄いな」
彼らが地下室の岩を使って部屋を区切るリフォームをしたらどうなるんだろうかと想像しながら見ているうちに工事は終わり、
「しばらくは触らないで下さいね」
という言葉と共に、彼らは工事を終了した。
「ありがとうございました」
頭を下げ、家へ入ってリビングへ行く。
テレビを点けると、ワイドショーでは我が家が映っており、
『門を移したようですね』
『ああ。門の所がダンジョンの入り口になりますからねえ』
などと、出演者が話している。
チャンネルを変えると別の番組で、
『個人の敷地内にできたものだから個人資産と国会では決めましたが、固定資産税とかはどうなるんですか』
とゲストが訊き、俺は思わず身を乗り出した。
『今回の場合もそうですが、政府に管理も移譲し、個人的に入場料を取るなどはしないという事なら、固定資産税は地上の分のみです。
ただ、産出物はこの先政府の資産という扱いになり、個人的に持ち出しはできないシステムになりますし、協会を通してしか売買することができないという法律ができます。その時にどんなものが産出されようとも、その所有権を主張する事は出来ない事になります』
俺は今ある魔石などを思い浮かべた。
『じゃあ、あんまり自宅にできてもメリットはないの?』
『そうですねえ。まあ、家が食べ物屋さんとかコンビニとかだったら売り上げが上がるかもしれませんけど』
スタジオ内には何となく笑いが起こり、「この家が儲けるわけではないのか」というようなほっとしたような空気が流れた。
まあいい。それよりも、今あるものをいくらか、高値で売れるうちに売っておこうか。
俺は、大学時代の知人の顔を思い浮かべた。
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