第165話 時は過ぎて
季節は秋。
木々は紅葉し、夏の蒸し暑い気候はすっかりと消え、日の沈みは一段と早くなった。
あの激動の長期休暇から約二ヶ月。
俺はというと以前よりはいくらか落ち着いた日々を送っていた。
まず学園について。
担任の先生はレリウス先生から副担任となったアシュリー先生へと交代した訳だが、長期休暇を開けても生徒の中ではまだ戸惑いは残っていた。
聞かれたことには真摯に答えてくれるものの、生徒たちには一歩引いて積極的に関わろうとしないアシュリー先生。
どこか距離の感じる対応だったが、皆アシュリー先生の知識の豊富さや造詣の深さを知っていく内に自然と僅かにあったわだかまりは溶けていったと思う。
特にマルヴィラとフィーネは早い段階からアシュリー先生とクラスメイトたちの橋渡しをしてくれて、そのお陰もあってかいまでは生徒の一部はアシュリー先生にそれぞれ独自に助言を求めに行ったりして仲を深めているようだった。
ニールはあれから結局王都をでてセリノヴァール領へと向かうこととなった。
それでも始めの二週間ほどは王都近郊をハグスウェイトさんと共に観光がてら見て回っていたが、どうやら彼らは余程気が合ったらしい。
なによりセリノヴァール領近辺で神の試練が発生することが石版に記されたことが大きかっのもある。
エリクシル譲渡に対する恩義を返す名目もあるが、ニールとハグスウェイトさんの二人は意気揚々とセリノヴァール領へと出掛けていった。
いまだ連絡の一つも送られてこないが二人のことだ。
特に問題なく試練を攻略できただろう。
ラウルイリナとは時々一緒に冒険者として王都周辺の魔物討伐や素材採取の依頼をこなしている。
しかし、やはり学園に通っている身だと頻繁には冒険に出掛けられない。
ラウルイリナは『はじめからわかっていたことだから気にしないでくれ』と気を遣ってくれるが、信頼できる仲間に無理を強いているようで忍びない。
なによりまだ正式な名前もないパーティーに縛りつけているようで申し訳ない気持ちになる。
しかし、彼女自身は離れて活動していても寧ろ自身の冒険者としての経験を増やす良い機会だと前向きに考えているらしい。
ソロでの活動の他にカルラさん率いる〈赤の燕〉や前に同じパーティーの一員だった〈黄金の風〉など知り合いの冒険者パーティーに加えさせてもらって依頼を受けたりもしているようだ。
彼らもまた独自の連携や修練で強くなろうと鍛えているパーティー。
近くで見ているだけでも勉強になるとラウルイリナは語っていた。
彼女は『これも焦りから狭くなっていた視野が広がったお陰だ』と謙遜していたが、俺は以前より前向きになりつつあるラウルイリナの心境の変化が大きかったと内心思っている。
そんな甲斐もあってかラウルイリナの天成器オフィーリアは無事第三階梯まで到達できた。
……残念ながらまたしても剣の天成器ではなかったが、彼女はそれでも大切そうにオフィーリアを撫でていたのが印象に残っている。
それと、話題に事欠かない御使い関係ではあのあとも神の試練が何度か石版に記されることとなった。
しかし、どれもが魔物の大量発生のものばかり。
騎士団と冒険者ギルドの連携もあり特に大きな騒動になることもなく事態は毎回鎮火されている。
だが、瘴気獣が本格的に活性化しつつあるいまは、騎士団にとってはかなり行動が制限される事態にもなっており、民衆の反応はともかく星神様の行うこととはいえ、表立っての批判はないがあまり歓迎はされていないようでもある。
そうそう、アイカの話では御使いは今後は大規模に降臨することはないだろうとの見立てだった。
あまり話は理解できなかったが、天界での希望者の大半は降臨を終えたようだから後は地上での御使いの体験談などの評判によって左右される問題に移行したらしい。
それでも御使いも大分王都に馴染んだと思う。
あれから悪い噂はあまり聞かないし、不躾な輩とも遭遇していない。
あのときアイカの相談してきた王都に閉じ込められてる御使いはもう数少ないだろう。
御使い同士の独自の連絡網もあるようだし、経験を積むにもレベル上げにも最適な狩り場である迷わずの森の封鎖も解除された。
それに、最近の冒険者の間では積極的に戦ってくれる御使いをパーティーに加えることが増えているともいう。
御使いという天界の住人は王都の民に受け入れられてきていた。
だが日常においては劇的に変化したこともある。
学園の制服、その冬服の長袖に腕を通しながらここ二ヶ月の思い出に浸っていると突然に部屋の扉が開かれた。
「クライ〜! まだ寝てるの〜! 早く起きてきて、朝食の時間だよ!」
遠慮なく音をたて扉を開けたのは赤い髪の眩しい少女。
声には張りがあり、朝早くだというのに天真爛漫な様子には陰り一つない。
その格好は屋敷で働く使用人の人たちと同じメイド服姿。
彼女とは以前までは毎日のように顔を合わせていた。
しかし、王都に旅立つ日に別れてからずっと顔も合わせていなかった。
腕を組みベッドに座る俺を見下ろす彼女。
左腕には在りし日に送られた俺の右手にあるのと同じ赤と黒の組紐。
「わかってるよ、アニス」
満面の笑みを浮かべる彼女はアニス。
アルレインの街で共に育った幼馴染み。
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