第136話 オークション


 オークション会場である円形闘技場に密集する数多の人、人、人。

 溢れんばかりの活気と熱狂を宿した大集団に改めて王都の巨大さを肌で実感していた。


「結論から言えばガセネタだな」


 いまかいまかとオークションの開始を待ち侘びている人々を冷静に見下ろしながら呟くニール。

 口調は軽くとも瞳は真剣なまま闘技場中央に設置された舞台を眺めている。


「エリクサーは……出品されない?」


「ああ、事前に発表される出品リストを見てみたがエリクサーのエの字もなかったよ」


 ニールの声に落胆はなかった。

 ただ事実を述べただけ。

 それだけにどこか物悲しさが漂っていた。


(この間屋敷に来なかったのはオークションに関する情報を集めていたんだろうが……エリクサーを熱望しているニールには酷な情報だな)


 溜め息でも吐くように念話で嘆くミストレアに同意する。

 

「しかし……今回のオークションではサプライズの一品というものがあると事前に発表されてる。どんな品物なのかは知らされていないけど観客を驚かせ話題にするための仕掛けだな。駆け込みで出品が決まったものをサプライズとして発表するものもあれば、駆け引きを楽しむために運営側が前もって用意したものもある。今回は神の試練の前にオークション開催の知らせが出回っていたから後者だろう」


「そう、か」


「闘技場を貸し切ってるとはいえ、国家ではなく一商会が主催するオークション。サプライズの品もそれ相応になるはずだ。……希少なエリクサーが出品されることはないだろうな」


「……残念だな」


「ああ、だがまあ。ゼクシオやフージッタに調べてもらったがサプライズの品は結局わからなかった。望みは薄いが確認はしておかないとな」


「ああ……」


「そんな辛気くさい顔するなよ。オレは別に落ち込んでないぜ。期待を裏切られることはしょっちゅうだからな。王都にきてからもハズレばっかりだったし、こうなったら少しでも楽しんだほうが得だ。クライも落札したい品物があったら声を挙げたほうがいいぜ。まあ、どんな品物が出品されるのかを見てるだけでも面白いと思うけどな」


 笑いかけてくれるニールだが、本当はエリクサーが出品されることを期待していたに違いない。

 俺に投げかけてくれた言葉は自分自身にも言い聞かせているようだった。


「そういえば、帝国ではオークションの開催が盛んなんだったか?」


 同席してくれたラウルイリナがニールに質問する。

 彼女もニールの纏う微妙な空気感に気を遣って話題を振ってくれたようだ。


「帝国はホントにお祭り騒ぎっていうか皆で騒げるイベントが好きだからなー。そこかしこでオークションは開催されてるよ。帝国では領土拡大のためにも人類未踏域の積極的な探索が推奨されてるし、その成果をオークションで大々的に売り払うこともある。だから人気は高いぜ。どこの会場でも開催すれば大体観客は一杯になる」


「なるほど……オークションは元々帝国で開催されていたのがはじまりとも言うし、本場は違うな」


 オークション以外にもこのいま座っている闘技場も帝国の物を真似て作られたものらしい。

 実力主義の帝国では互いの武力を競い合う闘技大会は毎年大陸中から参加者が集まる大規模なものが開催されるらしく、こことは比べ物にならない巨大な大闘技場もあるそうだ。


「それにしても、凄い人集りですね。お嬢様、ご気分が優れないようでしたらすぐお申し付け下さい」


「……ん」


「それと、予算は十分に用意してあります。もしも落札したい品物があれば、このイクスムに言っていただければ直ちに」


「……ん」


 イクスムさんはこんなところでも平常運転だな。

 対してエクレアは少し人の多さに圧倒されているように思う。

 この間、魔獣信仰の信奉者に奇襲されたばかりだし、まだ人で溢れかえるような場所では落ち着かないのかもしれない。

 警戒だけは解かないようにしないとな。


 俺たち五人はオークション会場からすれば観客席の丁度中程に位置していた。

 ここからは最前列には劣るものの、会場全体はよく見える。


 すると、闘技場中心の舞台に一人の女性が元気よく現れる。


「さて親愛なるセイフリム王国の皆様! この度は我がサンクトス商会の主催するオークションにご参加いただきありがとうございます! 司会を務めさせていただきますのはこの私! 商会長の孫娘! 交渉できない賑やかし要員! 喋らなければいい女! 自称ハイテンション・ノンストップ・ガール! メイメイでーす!! 皆さんよろしくーーーー!!!」


「メイメイちゃーんっ!」


「メイメイちゃん、カワイイ〜〜!」


「「「せ〜の! メイメイちゃ〜〜ん!!」」」


 観客席から湧き上がる色とりどりの歓声。


 ス、スゴイ人気だ。

 熱狂が生みだす気迫が熱波となって会場全体を包み込むようだ。


 歓声に答えるように手を大きく振りながら舞台を所狭しと動き回る女性。

 どうやら手元にある魔導具らしき物体を使って会場全体にその声を届かせているようだった。


(本人もいうように騒々しい女だな。まあ、あれぐらい吹っ切れてるほうが司会をするには向いているのか?)


 皆彼女の名前をすでに知ってたようだし、観客席をよく見るとなにやら彼女単体を応援するグッズをもっている人も珍しくない。

 

「ハーフエルフ? 珍しいですね」


「ハーフ……ですか」


 イクスムさんの呟いた声に思わず反応する。


「ええ、わかりづらいですが、彼女の耳はエルフの特長である長い耳に酷似している」


 メイメイさんの耳を改めて見てみると人間とほとんど変わらないように見えるものの、先端だけが鋭く尖っている。

 ……あれがハーフエルフの特長なのか。


「はぁ〜い! みなさ〜ん! お会いできて私も嬉しいでーーすっ!」


「メイメイちゃ〜ん!」


「歓声ありがと〜! さて皆さん、お手元の札はバッチリ用意できてますか〜! もし落札したい品物があったらどんどん札を上げて下さいね!」


「はぁ〜い!」


「さぁ〜て、最初の品物は――――」






 オークションは滞りなく進んでいた。

 熱狂は収まらず、メイメイさんの巧みに購買意欲を唆る話術もあってか、皆落札のために札を挙げ、声を張り上げる。


 俺の手元にも用意されたこの札。

 入場の時に配られたこれはどうやら落札金額を提示したいときに掲げるものらしい。


 オークションに詳しいニールの説明では会場が広く声の届かないような場所ではこの札を掲げることで司会者の目に止まり、スムーズにオークションが進むようだ。


「希少な上位個体の魔物の素材に高名な鍛冶師の製作した防具、教国の画家の描いた絵画、王国では珍しい特性をもつ植物などなど。出品リストを見るとオークションも終盤だな。サプライズの品がでるならそろそろのはずだが……」


 噂をすればなんとやら、オークションを主催するサンクトス商会の従業員と思わしき人たちが布の被せられた台座を舞台上に押してくる。


「ここで皆様に朗報で〜す! 本日のオークションの目玉中の目玉! サプライズの品物のご登場だ〜〜!」


「待ってました〜〜!」


「メイメイちゃん、最高〜〜!!」


(観客たちは本当にノリがいいな。ずっとこの感じで疲れないのか?)


 すっかりオークション会場の熱気に滅入った様子のミストレア。

 ……まあ、メイメイさんの人気の高さのお陰か、ずっとこの調子だからな。

 気持ちはわかる。


「いよいよか……」


 隣の席に座るニールが息を呑みじっと舞台を眺める。

 サプライズの品、これがエリクサーなら……。


「では邪魔な布はすぐ取っちゃいましょーー! こちらは空間属性の魔物の素材と魔石を利用して作られた至高の一品! サンクトス商会のお抱え細工師渾身の一作! その容量は店売りの物とは一線を画す一点物! ただのポーチだと思うなよ! サンクトス商会印の特別製マジックバックだぁーーーー!!」


「「「おぉーーーー!!」」」


「……はぁ……ただのマジックバック、か……」


 会場の大歓声と対照的に意気消沈するニール。

 やはり少なからず期待しているところはあった。

 少ない可能性ながらそれに賭けたい気持ちがあった。


 しかし、残念ながら結果はエリクサーとは違った。

 それでもニールは気を取り直して顔をあげる。

 それは俺たちに心配させまいとする空元気だったが……気づいていても指摘しないのが優しさなのかもしれない。


「……あのマジックバックも説明を聞く限り中々の品物だな。容量は部屋一つ分か……」


 なにかを振り払うように顔を振って改めて舞台に注目するニール。

 舞台上では司会のメイメイさんが特別製のマジックバックの詳しい解説を披露している。


 ん?

 容量部屋一つ分って母さんが俺のために用意してくれていたマジックバックと同じじゃ……。


「落札ありがとうございます! 金貨七百枚で落札で〜す! 出来れば大切に長く使って下さいね〜〜! ついでなので、私のサインも別途でつけときま〜す!」


「いや、サインはいらねぇだろ」


 き、金貨七百枚!?


 普段何気なく、なんだったら粗雑に扱ってるような気がするけど、そんなに価値があったのか!?

 あ、改めて母さんが戻ってきたら御礼をいっておこう……返した方がいいかな。

 

 俺があまりのマジックバックの価値の高さに戦慄していると、もうオークションも終わりという雰囲気の中、新たに舞台上に台車が運ばれてくる。


「サプライズは一つじゃないぞー!」


 メイメイさんが品物を覆い隠していた布を一息に剥ぎとる。


「!?」


「森林国家から予算度外視で取り寄せた秘蔵の一品! エルフである父様のツテをこれでもかと使った門外不出の品! 年間に製造できる数すら、なんだったら入手経路すら一切不明! 神の試練の話題性に対抗するために商会長が張り切っちゃったぞ〜! その名もエリクシル! 万能の秘薬エリクサーに極めて近いと噂されるこれまた希少な人工の秘薬! さあ皆さんこぞって札を挙げて下さ〜〜い!!」


 隣でニールが席から立ち上がるのがわかった。


 エリクサーは出品されなかった。


 だが、隠されていたベールから顕になったのは、彼の求めていたエリクサーに極めて近しいものだった。


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