第86話 袋小路


 反逆すると決めたとて劣勢にあったカオティックガルム相手に、明確な隙を生じさせるにはかなりの無理をする必要がある。

 それでもレリウス先生は不敵に笑う。

 それは戦場で王者のように振る舞うカオティックガルムに一泡吹かせてやるといった意思。

 

「プリエルザの魔法は東から来るんだな。軌道は山なり、着弾には少しの時間がかかる。だが、直撃さえすれば確実にダメージを負わせられる」


「上級魔法因子、《バリスタ》ですか……それなら命中さえすれば内部にダメージを通せるかもしれませんね」


 上級魔法の一撃を内部から与えれば、あのカオティックガルムにも致命傷に近い傷を負わせられるだろうとサラウさんが太鼓判を押してくれる。


「問題は肝心の隙をどうやって作るかだな。イザベラや私の攻撃でも簡単に察知して躱される。アイツの機動力さえ削げればな……」


 カルラさんの難しい表情にレリウス先生はニヤリと笑いつつもサラウさんに話しかける。


「サラウ……この《ウォーターランパート》だが、あと何回使える?」


「なんですか急に……これまでの戦いでも魔力を消費していますから……後三回、四回が限界です。それも他に魔法を使わない前提ですよ」


「……ならこういうのはどうだ?」


「なっ!? そんなことを私にやれと?」


 サラウさんがレリウス先生の提案に声を失う。

 それはかなりの高難度の提案だった。


「出来ないか?」


「出来なくはありません……ただ、カオティックガルムを多少誘導していただかないと不可能です。それに集中している間の私の護衛も必要です」


「守りの問題があったか……サラウの水魔法による援護がなくなる以上、カルラもイザベラもララットもこの戦いには必要だ。どうするべきか……」


 ここしかないと思った。

 直接的な戦闘の助けになれなくても俺が役に立てるのはここしかないと。


「俺がサラウさんを守ります」


「クライ、生徒のお前はもうここから退却しろ。この先には命の保証はないんだぞ。いくらお前が盾でウルフリックの魔法を弾くような芸当が出来るといっても、あのカオティックガルムの攻撃は半端じゃない。防ぎきれなければどうなるか……わかるだろ?」


 レリウス先生は真剣に俺の身を案じてくれていた。

 ……だからこそ、俺は力になりたい。

 そう願いを籠めてレリウス先生の瞳を見詰め返す。

 

「……やらせてやれ」


「カルラ、お前な」


「クライの盾の腕前はイザベラも認めるほどだ。私たちに出会った時点で相当な技術を習得していた。コイツならサラウを安心して任せられる。……それに課外授業で戦った魔物相手じゃ本気を見せなかっただろ。王都にいってどれ位成長したのかも見せてもらわないとな」


 チラリとこちらを一瞥したカルラさんは笑っていた。

 それは信頼の証。

 背中を預けるに足る人物に向ける笑みだった。


「だがな……」


「もっとお話をしていたいですが、そろそろ私の《ウォーターランパート》も限界です。決断はお早く」


 バキバキと水の城壁の砕ける音がする。

 イザベラさんとララットさんがなんとか撹乱して注意を逸してくれていたカオティックガルムが、水の城壁に集中して攻撃している。


「お前ら、話が長いぞ! いつまでモタモタしている! この状況を打破する作戦があるならサッサと実行しろ!」


 イザベラさんの苦言が飛ぶ。

 それに後押しされたのかレリウス先生が俺に向かい合うと叫んだ。


「ああ、まったく仕方ない! クライ! サラウの守りは任せたぞ! 俺たちはサラウの準備が整うまで時間を稼ぐ! やるぞお前ら! あの猟犬を逆に狩ってやる!!」


 水の城壁が音をたてて崩れる。

 それが俺たちの反撃の狼煙だった。






「ふぅ……クライ君、私はここからかなり集中して魔法を展開しますから無防備になります。後をよろしくお願いしますね」


 カオティックガルムが暴れ回る場所から少し離れた地点。

 サラウさんはその手に長杖の天成器クレリールさんを携え祈るように集中し始める。


 レリウス先生の提案は魔法を使えない俺でもかなりの無理難題だと思う。

 しかも、それをサラウさんはこんな距離から行うという。

 ……果たして可能なことなのか?


 悩んでいる時間はない。


 俺の仕事はサラウさんの身を守ること。

 ミスリルの盾を構え、戦場の動きを注視する。

 

 眼前ではカオティックガルムとレリウス先生たちの死闘が繰り広げられていた。


「ガルルル」


 カオティックガルムの前方を広範囲に薙ぎ払う爪の一撃をイザベラさんは既のところで躱し、間髪入れずに巨体の真下に潜り込む。


「【闘技:斧嶽断崖】」


 真上に向かって放たれる太く幅広い孤を描いた闘気の斬撃波。

 確実に当たるタイミングだったはずだ。

 それが……いとも容易く躱される。


「あれを躱すのか……」


 巨体に見合わないスピード。

 あの動きを封じるのは至難の技だ。

 それでも信じるしかない。


「イザベラ、落ち込んでる暇はないッスよ!」


「落ち込んでなどいない!」


 ララットさんがカオティックガルムに追撃を加える。

 その手にもって操るのは以前見かけた長剣の天成器ではなかった。

 その恐らくは変形した姿。


「たあッス!」


 リーチが長い。

 五m近い長さまで伸びる剣身。

 細かく別れた刃の隙間からは鋼糸のようなものが見える。


(ララットの天成器の変形は見たことはなかったが……まさか、父上のように鋼糸によって繋がれた武器だったとはな)


 逃げるカオティックガルムを追う鋼糸剣。

 しかし、与えられた傷は浅いようにも見えた。


「これでどうだ【ロックカッター6】!」


 レリウス先生の作りだした岩の刃が放たれる

 岩魔法。

 それは、土魔法と同じく質量をもった固く強度のある魔法。

 弾速が遅い代わりに威力に優れた強固な魔法。


「ガアッ!」


 しかし、六発の岩の刃は黒白のオーラを纏った爪撃に呆気なく砕かれる。

 爪撃は勢いを失わない。

 そのまま地面に振り下ろされると周囲に瓦礫と見紛う巨大な礫を拡散する。


「っ!? 【ロックシールド2】」


 礫を防いだ岩の盾の裏からカルラさんが勢いよく飛び出す。

 空中で繰り出すのは剣の天成器エルラさんのエクストラスキルを利用した攻撃。


「エルラ! やるぞ、【緋炎加速:旋蓮火鳥】!」


 片手剣形態のエルラさんを回転させるようにカオティックガルムに投げつける。


 剣先と柄から左右逆方向に噴出する炎。

 炎によって回転力を増した剣は、カーブを描きながらカオティックガルムを切りつける。


「グゥ……」


「ちっ、大した傷はつかないか」


 回転した剣はエルラさんが炎を調整したのか着地するカルラさんの手元に戻る。

 エクストラスキルにはあんな使い方もあるのか……。

 呆けている暇はなかった。

 レリウス先生の激が戦場に木霊する。


「ブレスだ。全員警戒しろ! プリエルザたちのいる東とサラウたちのいる方向は背にするなよ! 来るぞ!」


(また、ブレスか! クライ、サラウを守らないと!)


(わかってる!)


「――――っ……ガァッ!!!」


 カオティックガルムの口内から放たれる黒白の太い光線。

 聖と呪を合わせた未知の属性が迷わずの森の大地を破壊する。


「ぐぅ……」


「うぅ……」


 余波だけでも尋常じゃない圧力だ。

 踏ん張っているはずなのに両足が地面を滑り後退させられる。

 背に庇ったはずのサラウさんも苦しげな声をあげている。

 この攻撃はいつ終わるんだ。


「この野郎が! 【ロックアロー3】!!」


 余波の暴風が収まらない内にレリウス先生が岩の矢を放つ。

 カオティックガルムの顔面を捉えたその魔法は見事にレリウス先生に敵意を向けさせた。


「サラウ! 準備はどうだ!」


「……はい、指定の場所までお願いします!」


「ガアアアッ!!」


 追うカオティックガルム。

 視野は狭まり最早目の前を走るレリウス先生しか見えていない。

 不意にレリウス先生と目が合った。

 ……俺も準備をしないと。

 ここに俺が策を伝えに来たのにはもう一つ理由がある。

 矢筒に用意してあった特別な矢を取りだし構える。

 

 そして、ここから猟犬を狩るための作戦は一気に加速する。


 攻撃を避けつつ走るレリウス先生が指定の場所に辿り着いた。


「サラウ!」


「はい! いきます……【ウォーターランパート4】!!」


 それは超遠距離への魔法展開。


 魔力支配域。

 魔力を有する生命はすべからく自らの魔力を魔法として展開できる領域をもつ。

 なんの鍛錬も行っていない者なら自らの周囲一cm程度のこの領域は、自らの魔力を支配することによって拡大することが可能だ。

 しかし、高い魔力操作と魔力支配の力を必要とするこの技術は、十m先に魔法を展開するだけでも至難の技だという。


 サラウさんが今回行ったのは約三十m先への魔法の展開。

 

 全長四m近い巨体を誇るカオティックガルムを取り囲む、コの字に展開された水の城壁。


 正しくそれは逃げ場のない袋小路を魔法によって作りだす絶技だった。

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