第47話 検証


 迂闊にもケイゼ先生の目の前でDスキルを使ってしまうという失敗から数日後。


 片付けの甲斐あってか、目に見えるところはすっかり綺麗になった研究棟の一室に慣れた手付きで入る。

 整理したのは主に二階の主要な部屋だけで一階の物置にしている場所はほとんど手付かずだけど、それでも散らばった物を整えただけで見違えるように変化していた。


 ちなみにケイゼ先生は教員寮にも学園から部屋を貰っているそうだけど、もっぱらこの研究棟の一室で寝泊まりしているらしい。

 研究の為には仕方ないといっていたけど、エルドラドさんの話では単に面倒だからだそうだ。

 

「これはこれは、クライ様とミストレア様。本日も御足労いただき有難う御座います」


「やあ、今日もDスキルで解析して欲しいものをたっぷりと集めておいたからね。宜しく頼むよ」


 椅子に座ったまま、分厚い本を捲っていた手を軽く振って挨拶してくれるケイゼ先生。

 その周囲を相変わらずふわふわと浮遊していたエルドラドさんが近寄ってくる。


「お二人共、ケイゼ様の我儘に付き合っていただき誠に申し訳ありません」


「……いえ、代わりに魔法について教わっていますから、お互い様ですよ」


「そう言っていただけると助かります。本日の予定は――――」


 Dスキルの検証は簡単だ。

 ただひたすらに渡された物にスキルを使い、脳裏に浮かんだステータスをケイゼ先生に伝えるだけ。

 ケイゼ先生いわく、多数のデータを集め、互いに照らし合わせることで初めて能力の詳細がわかると言う。

 検証用のものが置かれた別室に移動する。


「さて、二人も来てくれたことだし、お待ちかねの検証を始めようか!」


「……今日も無駄に元気だな」


 いつも五月蝿いくらいに話たがるミストレアがうんざりしたように呟く。

 ここしばらく検証と特別授業のためにここを訪れることが多いが、どうやらこの二人はあまり相性が良くないらしい。


 というのも、出会ったときに生命感知が反応しなかったこともあって僅かに苦手意識があるようだ。

 出会う度にミストレアに負けず劣らず話し掛けてくるケイゼ先生を適当にあしらっている。


 ……そう言えばあれはなんで感知できなかったんだろう。

 確実に感知範囲には居たはずなのに……。






 光に照らすと黄色く輝く金属の欠片。

 ギザギザとした葉っぱの萎えた草。

 目に突き刺さるような赤い色の片手で持てる皮ポーチ。

 透明な瓶に入った白い粉。

 すでに机に置かれて用意されていた物に順番ずつDスキルを使っていく。


「ふぅ……【リーディング】」




名称 黄鉄鋼 

分類 鉱石

備考 光の反射で黄色く輝く黄鉱石を鉄と混ぜ合わせて鍛造によって製錬した金属。別名、愚者の金とも呼ばれる。この金属を使って武器や防具に仕立てれば薄い黄色の波紋が確認できるかもしれない。




名称 ヒソプス草

分類 植物

備考 ギザギザとした葉っぱが特徴の僅かな傷を癒やす効能のある植物。一般的な呼ばれ方は薬草。花は咲かず、魔力の濃い場所に多く自生します。また、根が残っていれば短時間で葉が再生し、段々と株が別れ植生範囲が広がっていきます。ただし、根ごと取ってしまうと暫くはその場所に生えることはありません。採取の際は注意しましょう。




名称 レッドリザード革製のポーチ

分類 雑貨

備考 蜥蜴の魔物レッドリザードの赤い皮の切れ端を繋いで作られた小物入れ。王都で古くから雑貨屋さんを営む老夫婦が、素材のなめしと縫合を分担して作った一点物。丁寧な作りの頑丈な一品で素材を生かした鮮明な赤色にアクセントとして銅のバッチの濃い茶色がワンポイントであしらわれていまーす。




名称 ツーヘッドスケルトンの骨粉

分類 魔物素材

備考 白くサラサラとした粉。双頭を有するスケルトンの上位個体の骨を砕いて粉状に精製しています。食用ではありません。




「それにしても……何度見ても破格の力だな。触れながらスキルを使うことで自らの知識にない物体でも事細かな詳細が判るとは……しかもそれに使われている素材や用途、特性まで判るのだから尚更驚くしかない。まさに、鑑定……いや、解析能力とでも言うべきだろうか」


 ステータスを紙に書き出していたケイゼ先生が唸るように呟く。

 確かに、武器や防具、魔導具、金属、鉱石、植物、装飾品、果ては魔物から取れた素材まで。

 いままで多種多様なものをDスキルを使って検証しているけど、見たことも聞いたこともないようなものでも、いまのところ《リーディング》で解析できなかったものはない。

 

「人のカルマを見通す《善悪鑑定》にも似た、それ以上の範囲を見極めるスキルか……」


 星神教会の人たちの使う《善悪鑑定》は何度か受けたことある。

 どれも緊張しながら受けた印象ばかりだが、スキルで見られているときの不快感は何度受けても慣れない。


「まあ、《善悪鑑定》は人のカルマを色で判別するらしいからな。自分に使用したときの《リーディング》ではカルマまで判別出来ないようだし……やはり似て非なるスキルと言うことか……」


「色……ですか?」


「ああ、窃盗などの軽犯罪は青、詐欺や傷害は黄、滅多にないが殺人なら赤。大雑把に分類分けすればそんな風に見えているらしい。実際は軽犯罪でも積み重なると黄色に見えることもあるそうだし、使えない身からすると判らないことだらけだがね」


「なるほど……」


 ケイゼ先生は結果の書き終わった紙を机に置くと、慣れた手付きで紅茶を淹れてくれた。

 一息つきたまえよ、と紅茶を注いだコップを差し出してくれる。


「うん、我ながら良い味だ」


 湯気の湧き立つ紅茶を口に運べばほのかな渋み。

 ……意外にも美味しい。

 テキパキと紅茶を淹れている仕度を見るに整理整頓以外は器用なのかもしれない。


「……話が逸れたが、スキル発動に消耗がないのも謎だ。エクストラスキルの発動には魔力を使う。エルドラドのエクストラスキルもそれは同じ。なのに《リーディング》にはそれがない。何度使用しても消耗がないんだ。ステータスで確認してもEPの減少が見られないなんて一体どうなっているんだ!」


「それは……」


「そもそもステータスのEPの値が常に減少したままなのも可笑しい。話を聞いて耳を疑ったぞ! 何故いままで疑問に思わなかったんだ!」


 う、そこを突かれると痛い。


 凄い剣幕で迫ってくるケイゼ先生に言葉が出ない。

 

「比べる人が居なかったんだ、仕方ないだろ! 父上には《リーディング》のことで心配をかけるわけにいかないと思って迂闊に相談できなかったんだ。他に相談できる大人も少ないし、なにより狩りは単独で行うことの方が多い。同じ狩人に聞こうにも狩人同士で連携することは少なかったんだ!」


 ミストレアが反論してくれるけど……なぜだか少し哀しい。

 確かに、戦闘をしないカインさんやコーラルさんに聞くわけにはいかなかったし、父さんから一人で狩りする許可を貰ったあとは、狩りはいつもミストレアと二人きりだったから他の狩人と接する機会も少なかった。


 あれ?

 俺ってもしかして知り合い少なかった?


「そうか……すまない、私も少し熱くなった。だが、これからは何でも言ってくれ。謎だらけのDスキルを理解するには情報が足りない」


「は、はい」


 予期せぬ事実に動揺したまま返事をする。

 しかし、それに微塵も気付かないケイゼ先生は神妙に話を切り出した。


「……そろそろ次のステップに進んだ方がいいかもしれないな。解析結果も溜まってきたが、これ以上は進展がないかも知れない。解析した結果自体は貴重だから継続するとしても、新たな対象を解析してみるべきだ」


「……新たな対象ですか?」


 これまでもかなりの種類の物を《リーディング》で解析してきた。

 あとは……魔物ぐらいか?

 デススパイダーのときは死骸だったけど、解析結果は脳裏に浮かんだ。

 ゴブリンやオークでも変わらず解析できるはずだ。


「……人さ。魔物を解析したことがあるんだろう。なら人もスキルの対象になる筈だ。自分自身は解析できるのだから間違いない」


「っ!? 他の人を解析するんですか!?」


「当然、何が起こるかは判らないが……頼める人材がいなければ私が立候補しよう」


「なんでそこまで……」


「私は解き明かしたいだけさ――――世界の謎を」


 薄く微笑む彼女には決意があった。

 双眸は妖しく輝き、宝石のような紫耀の瞳は吸い込まれるような引力を放つ。






「……そう言えば、魔物の解析で思い出したんですけど……」


「なんだい?」


「《リーディング》でデススパイダーの死骸を解析したとき、二回目は解析結果の内容が変わっていました」


「…………なんだとっ!? なぜそれを早く言わないんだ! むむむ、もう一度最初から解析するぞ。結果に何か違いがあるかもしれない!」


 検証の日々はまだ当分終わりそうにない。

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