第33話 黒紫の森


(クライ、接近する生命反応があるぞ)


「魔物が近づいて来ます。警戒を!」


「おっと! 次のお客さんだな」


「「「ギィシャァァァッ!!」」」


 ミストレアの警告の後、背の高い草木の間から飛び出して来たのは蜘蛛の魔物の集団だった。

 体長は百五十cm前後。

 黒く長い八本の脚はびっしりと細かい毛で覆われ、脚の先端部分にはギザギザとした鋭利な棘が無数に生えている。

 あの脚で軽く引っ掛けられただけで深い裂傷を負うことを容易に想像できる。


「デススパイダーが三体。オレとカザーが一体づつ相手する。もう一体はクライとラウルイリナで押さえろ。後の二人は後方から援護してくれ!」


 ヴァレオさんの指示で前衛として前に出る。


「クライ、デススパイダーに毒はないが、吐き出す粘着糸には気をつけるんだ。巻き付くと身動きができなくなる」


 二本の槍でデススパイダーの一体を牽制するカザーさんが注意すべきことを説明してくれる。

 あれほど巨大な蜘蛛なら吐く糸も相当頑丈だろう。

 粘着する糸に巻き付かれでもしたらマズいことになるな。

 

「先手必勝っ!!」

 

「その意見には、――賛成だ。【サンドカッター5】」

  

 ヴァレオさんとカザーさんが先手を打って固まっていたデススパイダーに攻撃する。

 バラバラに別れた内の一体がこちらに狙いを定めたのか、地面を這って近づいてきた。

 森の木々の間は起伏も激しいが多数の脚を忙しなく動かして踏破してくる。


 目の前で威嚇するように前二本の脚を持ち上げるデススパイダー。

 赤い眼はこちらを見据え、一挙手一投足を警戒している。

 迂闊に飛び込むとこちらが手痛いダメージを負いそうだ。


「ミストレア、【変形:突杭重手甲】」


 接近戦に備えてミストレアを変形させる。

 さらに、右手をマジックバックに突っ込み手慣れた動作で盾を取り出す。

 ただし、その盾はトレントの盾ではない。


 全体の色は蒼銀。

 重量は以前とさほど変わらない。

 魔導鉱石ミスリルを使った盾は高い硬度と魔力伝達力を有し、軽さと丈夫さを同時に兼ね備えている。


 高ランク冒険者の防具にも使用され真銀とも呼ばれるミスリルは、信じられないほど高価だ。

 それでも、イクスムさんの勧めもありトレントの盾の代わりに購入することにした。

 ミノタウロス討伐の報奨金の大半が消し飛んでしまったが、やはり命を守ることに直結する装備品は高価でも性能のいいものを持つべきだろう。

 

 右手の真新しいミスリルの盾に身を隠し機を窺う。

 じりじりとにじり寄るデススパイダー。


「クライ、無理はするな。俺とヴァレオがデススパイダーを倒すまで防御に徹しろ」


「はい」


「――ボクもクライとラウルイリナを手伝うよ。多少は接近戦も出来る。二人の援護はイオゼッタがいれば十分だろう」

 

「……わかった、ならルインは二人と一緒に戦ってくれ。イオゼッタはこちらを頼む」


「仕方ないな〜、手伝ってあげる」


 カザーさんから許可を取ったルインが駆け足で合流してくる。

 ミスリルの盾を構えた俺とラウルイリナが前衛で、氷魔法を使えるルインが後衛の布陣で隊列を組む。

 

 先手は打ってきたのはデススパイダー。

 脚を広げ飛び掛かるように突進してくる。

 

「せやぁああ!」


 ガキンッと音がしてラウルイリナの迎撃の斬撃が弾かれる。

 脚の先端付近に当たったが、相当硬度が高いようだ。

 それでも、デススパイダーの表皮を僅かに傷つけ出血させることに成功した。

 

「ギイィ」


「くっ……やはり脚は硬い」


「ボクの魔法で削る【アイスアロー3】」


 離れた所に着地したデススパイダーにルインの氷魔法が追撃を加える。

 大槍の天成器ヘンリットの槍先から三本の氷の矢が真っ直ぐに飛ぶ。

 

「ギシャッ」


「当たったけど傷が浅い。――これならどうだ【アイスボール・ダイブ3】」 


 空中で角度をつけて斜めに降り注ぐ氷球の中を、這い寄るように走り抜けるデススパイダー。

 地面に当たった氷球が爆ぜて草花が凍っても、意にも介さず迫ってくる。

 

「クライ! 標的は君だ」


「ギィシャッ」


 ミスリルの盾を全面に出して身体ごとデススパイダーを受け止める。


「ラウルイリナッ!」


 俺の合図に間髪入れずに彼女は駆け出した。


「任せろ、【闘技:一閃輝き】!!」


 闘気を全身に纏いデススパイダーの横を通り抜けながら水平に切り捨てた。

 瞬速の闘技は八本の脚の内、右の二本を切り飛ばす。

 切断された関節からどくどくと体液が流れ落ちた。


「ギイィィィ」


「くっ」


 痛みからか無差別に暴れまわるデススパイダー。

 四方八方に残った六本の脚を強引に振り回す。


「ギイギイィィ」


「不味い、糸を吐くぞ。距離を取れ!」


「シャアーーーー」


 デススパイダーの口から吐き出された白い粘着糸は次々に森の植物同士を繋げていく。

 

「守りに入ったデススパイダーは厄介だ。ボクの魔法で張り巡らされた糸を切るから、二人はどうにかあいつをボクの魔法の射線上、正面に誘導して欲しい」


「それは……囮になればいいのか?」


「そうだね。盾を持っているクライなら上手く誘き寄せられる筈だ。ラウルイリナのお陰で大分動きも鈍ってる」


「わかった。ラウルイリナは俺の後ろに着いて来てくれ。デススパイダーの攻撃を受け流したら、その隙に剣で一撃入れてくれれば助かる」


「それで奴を挑発するんだな。了解した」


「口から吐く糸には気をつけて。あの粘着糸は攻撃にも使ってくる。口元がモゴモゴと動くのが合図だ。一直線に飛んで来て張り付いた途端に引き寄せられる」


 三人で頷き合い、それぞれの役割を果たすため動き始める。


「まずはボクからだね。その不出来な防御陣地を崩してあげる【アイスカッター6】」


 森の中を多方面に氷の刃が切り裂いていく。

 そのどれもが糸が紡がれた場所を的確に狙い周囲から切り崩す。

 案の定、切り裂かれた糸の中からデススパイダーが姿を表した。


「ラウルイリナ、行くぞ」


「ああ」


「ギィシャーー」


 右脚を半数失ったせいか動きが鈍い。

 鋭利な脚を振り下ろしたのを見計らって盾を斜めに構えて受け流す。

 それでもデススパイダーは怯まない。

 すぐさま左脚の先端で抉るように突き出してきた。

 

 ギンッという音をたててミスリルの盾で受け止める。


 いまだ。


 脚を引くタイミングに合わせて盾を押し込む。

 デススパイダーがたたらを踏んだところにラウルイリナが大きく踏み込んだ。

 マーダーマンティスの赤剣の鋭い横振りが頭部を傷つける。


「ギイィッ」


「よし、これで追ってくる筈だ。予定の場所まで誘導しよう」


 いまの一撃で怒り狂ったデススパイダーが猛然と背後から襲ってくる。

 どうやら顔面を傷つけられたのは相当屈辱だったのか怒りに震えているように見える。

 単調な大振りの攻撃を避けつつ注意を引き続ける。


「ルインッ!」


「これでどうだ【アイスボール・シェル3】!!」


 デススパイダーを真っ直ぐに見据えたルインの天成器から氷魔法が放たれる。

 それは、一見すると先程使った氷球の魔法と変わらない。

 しかし、命中した後はいままでとまったく違った。


 怒り狂うデススパイダーの胴体に命中した氷球は……炸裂しなかった。


 まるで固く重量のあるものがぶつかったかのように鈍い音を響かせ押し続ける。

 そのまま森の大木にまで押し付けられるとようやくそこで氷球が爆ぜる。

 

 後に残ったのは氷球と大木の間に挟まれて胴体を潰され、さらに氷漬けになったデススパイダーの無惨な死骸だった。


 魔法が命中して安堵したのかルインが笑顔で近づいてくる。

 目の前までくると安堵のため息を吐いた。


「ふぅ、決まって良かった」


「それにしても、凄い魔法だな。私の剣でもほとんど傷つけられなかったのに」


「クライとラウルイリナのお陰で大分弱っていたからね。それに、さっきの氷魔法には《シェル》の魔法因子を組み込んであったんだ」


 ラウルイリナの質問に自慢するようにルインが答える。


「《シェル》は魔法を魔力でコーティングする魔法因子さ。魔法を魔力で作った強固な層で覆うことで威力を上げる。ただし射程は短くなるから二人に誘導して貰ったんだ」


「そうだったのか……」


「おっと、もっと魔法について話していたかったけど、そんな場合じゃなかったね。ヴァレオたちなら心配いらないだろうけど加勢に行かないと」


 そうだ、戦っている内に戦場は少し離れてしまったようだけど三人が心配だ。

 ルインの魔法についての解説ももっと聞いてみたいけど早く行かないと。

 森を見渡して三人の居場所を探そうとすると男性のこちらを呼ぶ声が聞こえる。

 声色からは緊張感がなくどうやら三人とも問題なかったようだ。


「お〜い、そっちは終わったか〜。怪我してないよな〜」


「あっちも終わったようだね。とりあえずボクたちも合流しよう」






 三人に無事合流すると、引き付けてくれたデススパイダー二体はすでに倒されていた。


 一体はヴァレオさんが大剣で切りつけたのか大きな裂傷痕が胴体に刻まれていた。

 片眼には錬成矢が突き刺さっている。

 これを見ると改めてイオゼッタが優れた弓の腕を持っていると確信できる。

 高速で上下左右に動く標的の小さな眼に当てるとは……。


 もう一体はカザーさんが相手したのだろう。

 細かい傷が全身についていて特に致命傷になっているのは頭部に開いたぽっかりとした穴だ。

 おそらくは槍の闘技。

 的確に残された傷は頭部から腹部にかけて貫通している。


 戦いも一段落したためデススパイダーの解体を行う。

 魔石はもちろん棘の生えた脚や粘着糸も冒険者ギルドで買い取る対象らしい。

 特に粘着糸は膨らんだ腹部に詰まっていて、口から吐き出した物でなければ粘着力はなく強靭な糸として利用できるそうだ。


 ヴァレオさんとラウルイリナに見張りを頼み、他のメンバーでそれぞれ別れる。

 

 それにしても……。


 戦闘中はまったく姿を見かけなかったのに終わった途端にどこからか現れては何食わぬ顔で合流している。


 イクスムさんはマーダーマンティスの赤剣を指差しながら楽しそうにラウルイリナに話し掛けていた。

 遠目にもイクスムさんだけは楽しそうしているから、ラウルイリナの戦い方になにか気になることがあったのかもしれない。

 まあ、ラウルイリナも困った様子は見せているけど少しは笑顔を見せているし、二人の邪魔はしない方がいいかな。

 





「……【リーディング】」


 死骸となったデススパイダーに触れてDスキルを使う。

 


種族 スパイダー level26

クラス デススパイダー level15

HP︰0/1350

EP︰150/150


スキル

粘着糸level33 陣地作成level24 振動感知level20


備考

主に森林地帯に生息する体長1.5m前後の蜘蛛の魔物。昼行性であり、口から吐き出す粘着糸で自らの巣を作り待ち構え、獲物を捉えます。また、頭部と脚部の先端は硬く鋭利な甲殻に覆われ、刃物による斬撃を通しません。



 やはり使えるのか……。

 死んでいるからかHPは0になっている。

 だが、ステータスは若干違うとはいえ魔物のステータスも問題なく表示されるようだ。


 いままでDスキルは得体のしれないスキルで、以前使用して意識を失ってしまった経験から使用することはなかった。

 それどころか無意識に避けるようになっていたのかもしれない。

 それでも何度か料理や道具、雑多な物に使うようになっても体調が悪くなることはなかった。

 あの禁忌の森での灰色の天成器、アレクシアさんとクィルさんの関わる過去の出来事を見たのが特別だったのだろう。


 魔物の詳細や体力、所有スキルが分ればかなり戦闘でも有利に立ち回れるはず。

 このDスキルは足りない知識を補って余りある利点がある。


 上手く使いこなせれば――――もっと強くなれる。


「【リーディング】」



種族 スパイダー level26

クラス デススパイダー level15

HP︰0/1350

EP︰150/150


スキル

粘着糸level33 陣地作成level24 振動感知level20


備考

甲殻には斬撃攻撃は有効ではありませんが、柔らかい腹部には打撃攻撃が効果があります。また、粘着糸や全身に生える体毛は火属性攻撃に弱く、一度火が着くと暫くの間燃え続けることになります。



 Dスキルを積極的に使っていこうと思った矢先に、また新しい謎が増えた。

 ただの気まぐれだったけど、魔物の部位でなにか変化があるかと思ってスキルを使ってみた。


 備考の欄の説明が変わっている。

 魔物だけがこう表示されるのか?

 他の物では説明が変化したことなんてない。


 それも最初は生態を説明していたものが、二回目は有効な攻撃や弱点を説明してくれている。

 ……このスキルは一体何なんだ。

 

「どうかな? さっきボクが氷漬けにしちゃったから大した素材は取れないと思うけど気になってね。つい見に来てしまったよ」


「……大分身体が潰れているから魔石だけでも取れればいいと思う。粘着糸は……流石にぐちゃぐちゃになっているな」


「そうか……そうだよね、ごめんよ」


 カザーさんやイオゼッタとデススパイダーを解体していたルインがいつの間にか近くにいた。

 離れた位置のデススパイダーの様子を見てくるといってここに来ていたのを忘れていた。

 

 別に隠す必要もないのかもしれない。

 それでも、つい誤魔化してしまった。

 

「魔法はどうしても力加減が難しいからさ……一人の時はやり過ぎても自分の責任だから仕方ないと割り切れるんだけど……。いまは同じ目標に向かう仲間だからね。次からは気をつけるよ」


 爽やかな表情は息を潜め、神妙な顔つきで謝罪するルインに余計罪悪感を掻き立てられる。


 ステータスの表示は他人に見せられない。

 効果自体も謎が多いのに変なスキルを所持しているといっても信じてもらえるかどうか。

 ……一度母さんやエクレアに相談するのもいいのかもしれない。


 魔石を手に持ち隣を歩くルインに心の中で謝りながら皆のところに戻る。

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