第32話 同行者


 王都南東の狩り場の一つ。

 王都から歩いて一日かかる距離に魔力の影響が色濃く表れる深緑の森林地帯『フラッジラム大森林』が存在する。

 ゴブリン、オーク、オーガなど鬼系統や昆虫、動物系統の魔物が多数生息する領域。

 広大な面積は魔物に支配され未だその領域の奥深くには人類は到達していない。


 その大森林の中でも冒険者たちから『黒紫の森』と呼ばれる一帯の地域は、背の高い針葉樹の葉が所々紫掛かった特異な場所だ。

 植生も周辺とは僅かに変化していて至る所に毒草、毒茸が点在している。

 幸いにも空気中までは毒が漂っているわけではないが、解毒のポーションの用意は必須だろう。

  

「いや〜、王都で同じ弓使いと出会うとは思わなかったな〜」


 ミストレアより一回り小さく取り回しやすい弓の天成器を扱い、ホブゴブリンの率いる集団目掛けて矢を射るのは、今回の依頼を共に受けた同年代くらいの女性はイオゼッタ。

 軽装の革鎧に緑のローブをたなびかせ、次々と近づいてくるゴブリンの関節を射抜き足止めする。


「おいっ、お前ら! いい加減こっちにも援護射撃してくれ!」


「あはは、ごめんごめん」


「このっ! うっとおしいゴブリン共め!」


 襲いかかるゴブリンたちに大剣の天成器を振るいながら戦う男性はヴァレオさん。

 分厚い剣身の大剣を振り回しゴブリンたちを寄せ付けない。

 オーク集落壊滅依頼のリーダーでもあり、俺とラウルイリナが依頼に参加することを許可してくれた人物でもある。


 目的地までの道中でホブゴブリン率いる集団に襲われた俺たちは迎撃を余儀なくされていた。

 王都近辺は流石に魔物の強さも数も違った。

 ホブゴブリンを筆頭にゴブリン、ゴブリンアーチャー、ゴブリンシャーマンの混成部隊が襲ってくる。

 

「ヴァレオ! 左は押さえる。今の内だ!」


 ヴァレオさんの攻撃の隙を庇うように前に出て、ゴブリンの攻撃を二本の槍の天成器で受け止める細身の男性はカザーさん。

 驚いたことにカザーさんはイクスムさんやエクレアのように二対一組の天成器を操る。

 双槍は互いの長さが違っていて、二mほどの長槍とその半分の長さの短槍の組み合わせだが、カザーさんはその二本を巧みに扱い次々とゴブリンを仕留めていく。


「まったく、どこでもコイツラは沸きやがる。行くぞっ! モーウェン【変形:回転鋸大剣】!! おらぁっ!」


 ヴァレオさんの手元で大剣の天成器モーウェンさんが姿を変える。

 

「ギャァァァァァァッ!!」


 血飛沫が舞う。


 ヴァレオさんの掛け声と共にその両手に握る大剣は、剣身を高速で回転する細かい刃を備えた切断武器へと変貌した。

 

 胴で両断されたゴブリンたちの断末魔の声が辺りに響く。


 ……なんとも恐ろしい武器だ。

 独特の高音を響かせて回転する刃は、荒々しい動きでヴァレオさんが斬りつけることで、ゴブリンたちに確実に致命傷を与えていく。

 どうやら手前に刃が回転することで、ゴブリンが逃げようと距離を取ろうとしても、逆に引きつけられ吸い込まれるように切断されているようだ。


「ギャッ!」


「矢は射たせない。【サンドツイスター2】!」


 ホブゴブリンたちの後方で弓を構えていたゴブリンアーチャーの行動を阻害する砂塵の渦。

 それは、カザーさんの双槍の天成器から放たれ、ゴブリンたちの隊列を乱す。


「ギャギャ」


 すでに十体以上のゴブリンを倒しただろうか。

 それでも、次々とホブゴブリンの指示で現れては襲ってくるゴブリンたち。

 ゴブリンの上位個体ホブゴブリンをリーダーとする集団にはこの森に入ってからすでに三回も遭遇している。

 

 ホブゴブリンはゴブリンより筋肉質な体つきの身長百四十cm前後の人型の魔物だ。

 戦闘力はゴブリンとは比較にならず、筋力の増した身体は力任せに武器を振り回すだけで脅威になり得る。

 なにより、通常のゴブリンの他に、ゴブリンアーチャー、ゴブリンシャーマンなどを率いて集団で襲ってくるため、ホブゴブリンの支配圏ではより一層、奇襲への警戒が必要だ。


「せやあぁぁぁ!」


 ラウルイリナは弓で前衛の援護射撃をする俺とイオゼッタにゴブリンたちを寄せ付けないように護衛してくれる。

 振るう剣は以前の使い古された片手剣と違い、新たに武器専門店で購入した魔物素材でできた剣を使っている。

 マーダーマンティスの素材を金属で補強した赤色の剣は、片刃だが軽量な上に切れ味鋭い。


「ここから先へは行かせない!【闘技:円斬覇】!!」


 ラウルイリナの剣技は天成器を使っていないとは思えないほどの流麗さがある。

 彼女曰く長年剣技を磨いてきたそうで、動きに全く淀みがない。

 なにより、いままでより頑丈な新たな武器は継戦能力を高めていた。


 ただ、それでもマーダーマンティスの赤剣は天成器ほどの切れ味はない。

 ゴブリン相手には問題なく戦えても、前回の襲撃のときにホブゴブリンと相対したときはなかなか致命傷を与えられず、結果止めはヴァレオさんが刺すことになっていた。


 新たな剣から放たれる闘技。

 身体ごと円を描くように一回転しながら周囲を薙ぎ払う斬撃は、数体のゴブリンを巻き込んで切り裂く。


「皆! 一旦下がれ! 【アイスボール6】」


 押し寄せてくるゴブリンの集団にルインが氷魔法を放つ。

 ゴブリンの集団の中心で爆ぜた六つの氷球は、彼らを尽く凍り漬けにした。






 戦いも終わり、ゴブリンの討伐証明を剥ぎ取りながらヴァレオさんがカザーさんにウンザリしたように話し掛ける。


「カザー、ゴブリンの討伐証明なんて今更剥ぎ取る必要あるのか? 報奨金も少ないし早く先に進もうぜ」


「オーク集落まではまだ長い。

急いでもオークたちは逃げないさ」


「そうはいってもよぉ。せっかくクライとミストレアに索敵して貰って敵の大まかな位置が分るんだから、もっとサクサク進んだ方がいいんじゃないか?」


「この即席のメンバーの連携を深めるためにも、なるべく戦闘は避けない方がいい」


 この二人は普段は『晴嵐虎団』というパーティーを組んで活動しているそうだ。

 ヴァレオさんが敵に突撃して荒らし回り、カザーさんが槍と砂魔法で援護する。

 二人の息のあった戦い方は後方で援護射撃をしていても安心して見ていられる。


「それにしても、やはり『黒紫の森』ともなると魔物との遭遇が増えるな。今の所ゴブリンばかりだからいいが、この先はもっと強い魔物が増える。……クライ、ラウルイリナ。どうだ、やっていけそうか?」


 カザーさんが真剣な表情で質問してくる。

 合同依頼に参加するときもカザーさんがヴァレオさんの説得に力を貸してくれた。

 この依頼に参加した冒険者は俺とラウルイリナ以外はCランクなので心配してくれているのだろう。


「クライの弓の腕は保証するよ。オーク集落でもきっと活躍してくれる。なにより、狩人をしていただけあって索敵も気配遮断もお手の物だ。……まあ、ラウルイリナも弾除けくらいにはなるし……連れていってもいいんじゃない」


 イオゼッタが褒めてくれるのは嬉しいけど、どうもラウルイリナへの当たりが強い。

 王都で活動していたなら彼女の悪い噂を聞いたのかもしれない。

 それでも、こうして共に依頼に行くことを了承してくれた。

 イオゼッタにもいまのラウルイリナのひたむきさを知ってもらえれば……。


「フフッ、二人とも十分戦力になっているよ。ボクたちとの連携も段々と上手くなってきている。Eランクとは思えない強さの弓使いに、Dランクの天成器を使わない冒険者。王都へ来てよかった。こんなにも興味を唆る人たちに会えるんだからね」


 爽やかな笑顔を浮かべているのは、氷魔法と大槍の天成器ヘンリットを扱うルイン。

 輝くばかりの白髪は肩口まで伸びていて男性物の服装の割にはどこか女性的な部分も感じさせる。

 イオゼッタと違ってラウルイリナに対する態度にも特に棘はないが、好奇心旺盛なようで道中も頻繁に彼女や共に合同依頼に参加するメンバーに質問していた。


 それと、イオゼッタもルインもソロの冒険者として活動していたようだ。

 二人とも自身の戦い方を確立していて、Cランク冒険者としての実力を備えている。

 イオゼッタの弓の腕は正確で、特に動きながらの射撃は流れるような連射で獲物を追い詰める。

 ルインの氷魔法は威力と範囲に優れ、大槍の天成器での接近戦もある程度こなせる。


「そうだな。この先はヴァレオも俺もサポートする。二人なら大丈夫だろう」


「……すまない。私が……もっと強ければ……」


「……まあ、いいんじゃない。少なくとも闘技は使えるんだし」


「フフッ、イオゼッタ、君も素直じゃないね。そういう時は守ってくれてありがとうと言えばいいんだよ」


「うるさいっ、少しは戦えるんだから。もっと堂々としてればいいのに……まったく」


 心配する必要はなかったかもしれない。

 ルインに指摘されたのが恥ずかしいのかイオゼッタはそっぽを向いてしまった。

 

「お前らっ! リーダーのオレばっかり剥ぎ取りさせるんじゃねえよ! さっさと手伝え!」


「はいはい、悪かったよ。さあ、ボクたちも早く討伐証明を取って先に進もう。まだ、オーク集落まで二日はかかる。リーダーをこれ以上待たせる訳にも行かないしね」


「クライとラウルイリナは周囲の警戒を頼む。解体中に魔物に襲われるのは勘弁してほしいからな」


 カザーさんの号令で皆ゴブリンの解体を始める。

 

 周囲を見渡しているとラウルイリナがおずおずと話し掛けてきた。


「それにしても、良かったのか。どうやらイクスムさんの話では家族に反対されたようだが……」


「……それは問題ないです」


 ラウルイリナの質問に苦い記憶が脳裏に浮かぶ。

 王都から出発するときは本当に大変だった。






「本当に行ってしまうのか? 何もこんなに早く出て行かなくてもいいではないか?」


「……ごめん、母さん」


 縋り付くように近づいてくる母さんには悪いけど素直に謝るしかない。


 冒険者登録を済ませ、ニールへの無事を伝える伝言も残した。

 イクスムさんの案内でラウルイリナと新しい装備も調達することができ、合同依頼のメンバーとも顔合わせを済ませ、王都から出立する準備は整った。


 ただ……。


「なあ、誰かに代わりに行って貰えばいいじゃないか。一週間近く王都を出るなんて長すぎる。学園に通うかもまだ決まっていないんだろう」


「……はい。でも、ラウルイリナと共に戦うと約束しましたから」


「むぅ、そうはいってもだな。せっかく親子で過ごせる時が来たんだぞ。もう少し落ち着いてだな」


 確かに、この屋敷に来てから三日程度しか経っていない。

 それでも……力に成りたいと思ったから。


「……すみません」


「クライを困らせたい訳じゃないんだ……ふぅ、仕方ない。なら、帰ってくるのを待つとしよう。ただそうだな、学園に通うことも前向きに検討して欲しい。……冒険者として活動していくにしても、プラスになることの方が多い。世界を知ることはクライの財産にもなるぞ」


「……わかりました。」


「……」


「いや、わかったよ」


 無言のプレッシャーの掛け方はエクレアとすっかり同じだ。

 胡乱げな視線だけで思わず頷いてしまう。

 すると、さっきまで黙って佇んでいたエクレアが、唐突に隣に控えるイクスムさんに提案する。


「……イクスム、兄さんを助けてあげて」


「そ、それはっ!?」


「……お願い」


「で、ですが、私にはお嬢様の護衛としての責務が……」


「……」


 苦悶の表情を浮かべるイクスムさん。

 やはりエクレアから離れるのは本意ではないんだろう。


「その……エクレア。イクスムさんに無理は言わない方が――」


「――私がっ! クライ様をお守りします!」


「……そう、ありがとう。危険な時だけでいいから」


「勿体ないお言葉です」


 恭しく頭を下げていたイクスムさんの視線がエクレアからこちらに移る。


「……そうですね。旅には同行しますが基本的に私は手助けしません。本当に危険な場面に遭遇した時のみ手出しすることにいたしましょう。……エクレアお嬢様、それでよろしいでしょうか?」


「……それでいい」


 え、本当に着いてくるつもりなのか?


「その……そうはいっても合同依頼に参加するにはリーダーのヴァレオさんの許可がないと……」


「なら、エディレーンに紹介して貰いましょう。最近はほとんど依頼を受けていないとはいえ私もBランク冒険者です。その人物も断りはしないでしょう」


「イクスムが着いていってくれるなら私も安心できる。頼んだぞ」


「はい、御当主様。私にお任せ下さい」


 満足そうに頷く母さんに自信満々に答えるイクスムさん。

 一気に不安になってきた。

 イクスムさんの強さは信頼できるけど、強引なところは信頼できない。






「おし、あらかた剥ぎ取り終えたな。先に進むぞ」


 ヴァレオさんの号令でゴブリンの解体を切り上げて再び『黒紫の森』を進む。

 ゴブリンの討伐証明をマジックバックに仕舞いながらヴァレオさんがコソコソと小声で話し掛けてくる。


「それで、クライ。あのイクスムとかいう金髪のエルフは何者なんだ? 私はただの見学だから報奨はいらない、とかいって着いて来てるけど、一応お前らのパーティーメンバーだろ」


「その……すみません。戦ったら強いんですけど、ちょっと事情があって……」


「さあ、目的地まで急ぎますよ。まだまだ遠いんですから。そうだっ! 今夜の夕食も楽しみにしていて下さい。腕によりをかけて作りますよ」


「おお〜、楽しみだね。イクスムさんは戦わないけど、昨日の夕食は最高に美味しかったからね」


 俺とヴァレオさんのやり取りは聞こえていないのか、先頭を歩きルインと話が盛り上がるイクスムさん。


「解体とか野営の準備をしてくれるのは、ありがたいっちゃあありがたいけどよぉ。はぁ〜、まあ今更か、お前らの参加だって許可したんだからな」


 頭をガシガシと掻きながらヴァレオさんがため息を吐く。


「疑問だったんですけど、なんで許可を出してくれたんですか?」


「なんでって……なんでだろうな。カザーが賛成してたのもあるが……王都で魔物の集落を壊滅させる依頼なんて誰も受けやしねぇ」


「そうなんですか?」


「魔物の素材や魔石は大量に手に入るが、当然普通の討伐依頼より命の危険はある。普段協力することのない冒険者同士で合同で依頼を受けることも稀だ。冒険者はパーティー以外と連携を取ることは滅多にないからな。……それに、地方では魔物の集落は危険視されてるが、王都には騎士団本部がある。もし集落が拡大しても騎士団が出張ってきてなんとかすると王都の冒険者たちは考えてるんだ」


 騎士団が実力者揃いなのは聞いたことがある。

 王都では騎士団本部があることでほとんど魔物の脅威にさらされないから、安心しきっているのだろうか。


「それを別に目的があるとはいえ、威勢のいいガキ二人が参加させてくれとわざわざ言ってくるなんて……な」


「その……すみません。無理を言って」


「まあ、いい安心しろ。今更帰れなんていわねぇよ。それにちゃんと約束通りウェポンスライムの素材はくれてやる。その分はしっかり働いて貰うぞ」


「……はい、ありがとうございます」


 ぶっきらぼうな言い方だが、そこには確かにヴァレオさんの不器用な優しさがあるように感じた。


「なに二人してコソコソと話をしてるんですか? ほら、早くいきますよ」


 やたらと元気のいいイクスムさんに急かされる。

 

 オーク集落までの道程はまだ長い。

 

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