第8話 父の戦い


「ブオオオォォォォォォーーーーッ!!!」


 頭蓋骨に響くようなニ度目の咆哮に思わず手が震える。

 ミノタウロス……五mはあるだろう筋骨隆々な姿、牛のような頭からは人を刺し殺せそうな角が対になるようにニ本生えている。

 赤黒い肌からは灰色の瘴気が溢れ出し、凶暴さを内包した鋭い眼は紅く光っているように見える。


 そして、何より目立つのはその巨体に見合った武装をしていることだ。

 分厚い胸を覆うように金属の大鎧を纏い、牛に似た顔に合わせて作られたのか顔まで覆う独特な兜をしていた。

 右手には刃渡り三mはある巨大な大剣を持ち、執拗に地面に叩きつけている。

 一撃ごとに地面が割れ陥没し土埃が舞った。


 あんな存在に勝てるのか?


「クライ! しっかりしろ! 飲まれるな!」


 咆哮に完全に手が止まっていた。

 ミストレアの切迫した声を聞いて、ようやく時が動くような感覚がする。


「悪い……」


「クライ、おれたちの仕事は下のやつらを援護することだ。呆けてる時間はないぞ」


 真剣な声のスコットさんの叱責が耳に痛い。

 そうだ、怯んでいる場合じゃない。

 少しでも力にならないと……。


「臆するなっ! ここが正念場だ! 魔法隊! 瘴気獣を集中して攻撃しろ!」


 ミノタウロスが北門の前でオークたちと戦い続けている近接部隊に急接近する。

 すかさず、遠距離部隊でも温存していた魔法による攻撃が始まった。

 

「【ファイアアロー】」「【アースアロー】」「【ウィンドカッター】」


 さまざまな属性の魔法がミノタウロス目掛けて殺到した。

 障壁からは少し距離があるとはいえ、大鎧と赤黒い肌にはたいして効き目がないのか物ともしない。

 それどころか荒々しく振り回した巨大剣で迫る魔法を次々と撃ち落としていく。

 あんな巨大な剣を軽々しく扱うなんて……。


「「「【ファイアトルネード】」」」


「グオオッ!」


 魔法隊の何人かが一斉に放った火魔法が赤い線を引きながらミノタウロスに進むと、着弾とともに火の嵐が体全体を包み込んだ。

 さすがに何人もの魔法使いが同時に打ち出した火魔法は効果があるようで、苦しげな声をあげ足を止める。


「第一、第二部隊はオーク共を抑えろ! その他の部隊と本隊は瘴気獣の相手だ! デカい大剣に気を付けろ! 油断するなよ!」


 ギルドマスターの号令の元、近接部隊が攻撃を始める。

 火の嵐を力任せに打ち破りミノタウロスの巨大剣が縦横無尽に暴れまわる中、懐に飛び込み少しずつ傷つけていく。

 あの体を覆う大鎧はよほど頑丈なのか矢による攻撃も意に介さず、天成器の攻撃でもなかなか傷つかない。

 

「は?」


 突如、ミノタウロスは無造作に左手を動かし、あろうことか近くのオークの足を掴んだ。

 そのまま三m近い体格のオークを振り回し、ところ構わずぶつけ始める。


 なんて怪力だ。


 掴んだオークで魔法を防ぎ盾にして障壁に向け前進してくる。

 周辺の冒険者と魔物が次々と吹き飛ばされ、ミノタウロスの周囲はぽっかりと誰もいない空間ができてしまった。


 その空間に高速で近づく姿がある。


「らぁぁぁーー!」


 速い。


 ミノタウロスの左手側から光輝く大剣を携えた女性が突貫した。

 先程のオークを斬り殺した女性だろうか、後ろに構えた大剣の先端から炎を吹き出し物凄い速さでミノタウロスの目の前まで距離を詰める。

 袈裟斬りに振り下ろされた巨大剣を紙一重で躱す。


「【緋炎加速:炎翼】!!」


 反撃の一撃は強烈だった。

 翼のように広がった炎が光刃に重なり、無数の火の粉を舞い散らせながら脇腹を斬りつける。

 傷口からは灰色の瘴気がどっと漏れ出した。


 続いて飛び出した斧を持つ女性が横振りの巨大剣を受け止める。

 後ろに後退りながらも受け止めた巨大剣を上に向かって弾く。


 あの一撃と真正面から対抗出来るなんて――――。


 ニ人は着かず離れずの距離を取り速度で翻弄している。

 特に炎で加速する大剣の女性は圧倒的な速さだ。

 少しずつダメージを与え続けミノタウロスにも目に見えて傷が増えてきた。


 すると、速度について行けなかったミノタウロスは両手で巨大剣を握り直すと地面に突き刺し掬うように振り上げた。


 無数の土の塊が弾丸のように周囲に飛び散る。

 

「しまった!」


 斧使いの女性の体勢が崩れたのをミノタウロスは見逃さなかった。

 瞬く間に距離を詰める。

 大剣の女性が庇いにいくも二人共殴り飛ばされ錐揉みしながら吹き飛ばされた。


「カルラ! イザベラ!」


 ニ人の仲間だろうか、杖を携えた女性が叫ぶが距離が遠すぎる。

 オークが壁になり近づけない。


「クライ、あのお嬢ちゃんたちがやばい! 虎の子の雷の属性矢を使え!」


「はい!」


 数の少ない属性矢でもさらに希少な雷属性の矢。

 ニ人をこれ以上傷つけさせないためにもこの矢は外せない。


「タイロス! 【変形:穿孔短槍】!」


 クロスボウの天成器タイロスさんがその形を変えていく。

 ストックは真っ直ぐに整い新たな持ち手が伸びる。

 湾曲した部分は折り畳まれ先端からは捻れた刃が飛び出した。


 変形が終わると捻れた刃を有する短槍が現れていた。

 

「こっちは気にするな! 先に撃て!」


 放った雷の属性矢はニ人を襲おうとしているミノタウロスに突き刺さり、一瞬の閃光と共に雷が迸る。

 雷の効果でしばらく痺れて動けないはず。

 無事命中したことに安堵するのも束の間、後ろから強烈な圧力を感じ振り返る。


「【闘技:螺旋投槍】!!」


 突風が頬を撫でた。

 短槍に変形したタイロスさんは凄まじい勢いで空中を翔ける。

 強烈な回転を加えられた槍は螺旋を描く光芒に包まれ飛んでいく。

 雷で痺れて棒立ちだったミノタウロスの右肩を貫通した。


「グガァァァーーー!!」


 苦しげな雄叫びをあげたミノタウロスは右肩を押さえてうずくまる。

 その間に吹き飛ばされたニ人の元には仲間の女性が近づき、ポーションによる回復を施しているようだ。

 他の冒険者たちの助けもあり二人は無事にミノタウロスから距離を取る。


 深く傷つけられたはずのミノタウロスは手当たりしだいに暴れ出した。

 スコットさんの攻撃はたしかに効いたはずだ。

 しかし、怪我をしたはずの右肩を気にすることなく、右腕を振り上げ地面に叩きつける。


 すると、突然巨大剣を天を刺すように振り上げた。

 謎の行動に疑問を覚えた瞬間、本隊の中央目掛けて巨大剣を投げつけた。


 巨大剣の投げ込まれた本隊は多数のオークと交戦中だった。

 冒険者有利だった戦場の戦線が崩れ始め、オークが雪崩れ込み乱戦になる。

 さらには、巨大剣を追ってミノタウロス自身も突撃しようとしている。

 

「このままだと本隊が危険だ。父さんは加勢に行く。……クライ、お前はここから弓での援護を続けろ」


「父さん、俺もっ!」


「駄目だ! ミストレア……クライを頼んだぞ」


 父さんは十mはある障壁を飛び降りた。

 危ないと思いすぐ下を見下ろすとすでに音もなく疾走していた。

 右手には白銀の刀身に黒い直線が描かれた天成器ルークが握られている。

 

「こっちだ! こっちに来い!」


「ブオオオォォォーーー!!!」


 投げた巨大剣を再び握り直し本隊を襲っていたミノタウロス。

 その背後から露出した足を斬りつけ挑発する。

 挑発に乗ったミノタウロスは父さんに向けて執拗に何度も巨大剣を振り下ろした。

 だが怒涛の連撃も父さんには当たらない。

 当たったと思った瞬間にはいつの間にか紙一重で躱し死角にいる。


 目を疑うようなギリギリな攻防が目の前に広がっていた。


「いくぞ、ルーク。【変形:鋼糸鈎】」


 短剣の形からルークが徐々に変形していく。

 片刃の峰の部分からフック状の鈎が飛び出ると、刃が柄から勢いよく射出されミノタウロスの肩に突き刺さった。

 目を凝らすと刃と柄の間は細い糸で繋がれている。


 鋼の糸で繋がった鈎、それこそがルークの変形した姿だった。


 父さんは柄を引き突き刺った鈎を手元に引き戻すと同時、横薙ぎに振るう。

 ぐるっと一回転して戻った鈎と糸はミノタウロスの右腕に巻き付いた。


「【暗夜斬影:噛枷】」


 呟く声が聞こえると同時、巻き付いた糸に黒い影のようなものが重なる。

 影は右腕を絞るように巻き付き深く傷つけた。

 怯むミノタウロスを一瞥すると父さんは鈎と糸を腕からほどき本隊から遠ざけるよう距離を取る。


「グアッ! ……ブオォォォッ!」


 だが、苦痛に喘ぐミノタウロスは反撃にでた。

 地面に巨大剣を突き刺す。

 広範囲に石礫が飛ぶ攻撃だ。


 掬い上げられた石礫が無数に父さんに向かって飛来する。


 父さんはその攻撃を予測していたのかそばにあるオークの死体に鈎を飛ばし引っ掛けると、すぐさま飛び上がり糸を巻き取り空中を移動した。

 

 ――――あんな回避手段があるなんて。


 戦闘は苛烈を極めた。

 ミノタウロスの絶え間ない強烈な攻撃を父さんは紙一重で躱しつつ僅かなダメージを与えていく。

 一方ミノタウロスも激しく動き父さんに休ませる隙を作らない。

 だが、一進一退の攻防は体格にも体力にも優れたミノタウロスが有利なようだ。

 だんだんと父さんの動きが鈍くなっていく。

 

(クライ、父上は劣勢だ、どうにかあの瘴気獣に属性矢を当てないと)

 

(動きが速すぎる。何より互いの距離が近い。悔しいけど隙がないんだ。……どうすればいい)


 悩んでいる間も戦場は動き続ける。

 ミノタウロスはその場で体勢を低く構えると父さんに向かって凄まじい勢いで突進した。


「【暗夜斬影:黒角泉】」


 立ち止まった父さんは突進してくるミノタウロスに真っ直ぐ剣先が向くようにルークを構えた。

 身体に黒い帯のように足元の影が巻き付いていく。

 さらに、影が蠢き刀身を覆うと、ところどころ鋭い棘が生えた黒い大剣を形作った。

 

 両者が激突する。

 

「グアァ!!」


 押し負けたのはミノタウロスだった。

 黒い大剣が突き刺さり傷ついた左腕を抑え倒れ込む。


「今のうちだ! ミノタウロスに集中して攻撃しろ!」


 スコットさんの怒声が辺りに響く。

 その手にはいつの間にか投げつけたはずのタイロスさんがクロスボウの形で戻っていた。

 

 魔法と矢の攻撃がミノタウロスに集中して降り注ぐ。

 しかし、左手に持ち替えた巨大剣で無数の魔法を撃ち落とすと、降り注ぐ矢を無視して起き上がる。

 

「クソっ! あの瘴気獣タフ過ぎるだろ。どれだけ矢を打ち込んだと思ってるんだ。属性矢でもたいして効きやしない。――っ、クライ気を付けろ!」


 障壁下から頭ほども大きな岩石が飛んで来ていた。

 オークの投石攻撃だ。

 すぐ脇を掠める。

 スコットさんの警告がなければ危なかった。


「魔物の数が増えてやがる。血の匂いに誘われたってのか? ついてねえ、ただでさえ乱戦になってるってのに」


 ミノタウロスが追いやってきた魔物で終わりではなかった。

  

 本隊はいまや新たに現れた魔物も合わせて大混戦となっている。

 他の種類の魔物同士が連携しているわけではないがそれでも十分脅威だ。

 すでに倒した魔物の死体も山のように重なり北門前はまるで地獄のような有様だった。


 そんなときまたもやミノタウロスの咆哮が戦場に木霊する。


「ブオオォォォォォォーーー!!」


「ルーク!」


 父さんが再び変形させたルークをミノタウロスに飛ばす。

 しかし、それは致命的な動きだった。


 ミノタウロスは大剣で受け止め糸を逆に巻き取る。

 まずい、そう思った瞬間には糸を手繰り寄せられた父さんはミノタウロスに殴られていた。


「父さんっ!!」


 攻撃を食らってしまった後はひたすら劣勢だった。

 何より隠れられる障害物もなく、障壁からは有効な援護は期待できない。

 本隊は魔物との乱戦で手一杯。

 時折、ポーションも使っているがダメージのほうが大きくいずれそれも尽きてしまう。

 

 父さんは確実に追い詰められていた。


 ――――俺になにが出来る。

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