第6話 エンマーズ防具店
「わぁ〜あれ美味しそう。ねぇ買って食べよう?」
はしゃぎながら前を歩くアニスの後ろ姿を見ながら、あの禁忌の森での鮮烈な出来事を思い出していた。
あれからミストレアと話し合い、俺たちはあの出来事がリーディングのスキルに原因があるのではないかと考えた。
初めて使ったときは意識を失ってしまったスキル……だがニ回目は激しい頭痛はあれど意識を失うことはなかった。
アニスが屋台で買って手渡してくれたクレープを持ちながら周囲に聞こえないように唱える。
「【リーディング】」
名称 木苺とカスタードのクレープ
分類 料理
備考 甘さを控えたカスタードに甘酸っぱい木苺をトッピングしたクレープ。セイフリム王国王都の洋菓子店で手で持ちながら食べられるように改良したパンケーキの一種。ふんだんに入れられた木苺は少し酸味が強めですがカスタードとの相性は抜群。私も好きです。
触れながら唱えることで脳裏に詳細が思い浮かぶ。
あれから禁忌の森での激痛を覚悟して、いくつかの物に試してみたが不思議と痛みは襲ってこなかった。
この謎のスキルは未だに誰にも相談できていない。
倒れて教会に運ばれたとき、このスキル自体が怖くなって口にすることすら躊躇してしまったからだ。
なにより、父さんは母親がいないことを気に掛けていたから、また倒れるようなことをして心配かけたくなかった。
そのため長い間スキルの存在自体を見てみぬ振りしてきた。
ミストレアも俺を気遣ってか話題に出すことは無かった。
……禁忌の森での出来事がなければ今でも使って見ようとは思わなかっただろう。
街の大通りを通りしばらく歩くとエンマーズ防具店が見えてきた。
狩人の森からの別れ際、フリミルが詳しく道順を教えてきたので迷うことはなかった。
お店は障壁近くにあり、商店とは違って裏手の工房とお店が繋がって一つの大きな建物になっている。
店先には色とりどりの花が植えられていて外壁は明るい桃色に塗られていた。
看板の古めかしさとのギャップがすごいな。
「この辺りは同じ街の中でもあんまりこないから……ちょっと怖い。……クライ、先入って?」
キョロキョロと周りを落ち着きなく見ていたアニスが不安そうにしている。
確かに街の北東は職人街と呼ばれていて、俺自身もあまり来たことがない。
カランッ
「いらっしゃいませ〜」
恐る恐る扉を開けると小気味いい鐘の音と共に女性の高い声が聞こえた。
店内は所狭しと鎧と盾が無数に並び、短剣は硝子のケースに納められている。
理路整然と整理されていて外側の陽気な見た目と違って内側はずいぶんと落ち着いた雰囲気だ。
「まぁ、可愛らしいお客様。今日はどういったご要件かしら?」
「……実はこの間、狩人の森で出会ったナククとフリミルからこの店を教わったのですが、二人はいますか?」
「もしかしてフリミルちゃんが話してた魔物から助けてくれた男の子かしら? あの後二人とも家に帰って来るなり、あなたの話ばかりしていたのよ〜。いま呼んでくるわね。それまでお店の中を見ていて」
小走りで女性は店の奥に消えていく。
誰も店の人がいなくなるがいいのだろうか?
まあ、他にお客さんもいないので大丈夫だろう。
とりあえず防具が並ぶ棚を見て待つことにする。
兜から脚甲まで一通りの防具が綺麗に陳列されている。
金属で作られた小手は手に取るとずっしりと重いが、繊細な動きが出来るよう可動に不要な部分は細かく削っていて丁寧な作りが伺える。
実用性を重視しているのか装飾は少ないものが多い。
壁面を見ると無数の盾が並んでいた。
体全体が隠れる巨大なタワーシールド、逆三角形型のカイトシールド、攻防一体な棘の付いたスパイクシールド。
目を引かれるのは丸型の盾、ラウンドシールドだ。
装飾も多く鉄製だろう鈍い鼠色の盾は、まったく似ていないのに禁忌の森で見たあの白銀の天成器を思い起こさせる。
物思いにふけっていると店内にアニスの楽しそうに弾む声が響いた。
「これ可愛い! 防具屋さんにも髪飾りが売ってるんだね。あっ! こっちにはネックレスもある!」
「どれも綺麗だね〜。せっかくだからクライに買ってもらったら〜」
フーラがいたずらをするような口調でアニスをからかう。
「そ、そうだね……。せっかくだから……でも……」
「ああ〜!! やっと来た! 昨日からずっと待ってたんだから!!」
こちらを指差し大声を張り上げながらフリミルが詰め寄って来た。
「あれからお父さんに、なんでうちに連れて来ないんだって怒られたんだからね!」
出会ってから数日しか経っていないが相変わらず騒がしい。
なんでそんなに怒鳴ってるんだ?
「マルクさんもあんなに怒鳴らなくてもいいのに。二人があまりにあなたのことを褒めるからきっと嫉妬しちゃったのよ」
先程小走りで出ていった女性がこちらを見ながら苦笑している。
「改めてはじめまして。ナクク君とフリミルちゃんの母のハーミルトです。危ない所を助けてくれたそうでありがとうございます。二人共とっても大切な家族だから感謝してもしきれないわ。……それにしてもこんなにカッコいい男の子が助けてくれたなんてフリミルちゃんが羨ましいわ〜。お母さん、ず〜とあなたの話ばかり聞かされて耳にタコができるかと思ったもの。そうそう、ナクク君とジーザー君は冒険者ギルドで鍛錬しているから今はいないの。もう少ししたら帰って来ると思うけど」
母親にからかわれて恥ずかしいのかあんなに騒がしかったフリミルは黙ってうつむいている。
「ねぇクライ……あの子が森で助けた子なの?」
聞いたことのない低い声でアニスが囁く。
いつの間にか背後に回っていたようだ。
頬を膨らませながら不機嫌そうに睨んでくる。
「女の子だったなんて……むぅ」
「それよりその人は誰なの! そんなに密着して、あ、あんたとどんな関係!!」
「彼女はアニス。隣の家に住んでいる幼馴染みだ。アニス、この娘が一昨日狩人の森で出会ったフリミルだ」
「幼馴染み!? こんなに可愛いなんて……」
「か、可愛いなんてそんな……。……フリミルちゃん、ちょっと二人きりでおはなししてもいいかな?」
「は、はい」
どうや二人きりで内緒の話がしたいようだ。
アニスの謎の威圧感? でさっきまでのフリミルの勢いが無くなっていた。
「二人とも大変ね〜。そうだ! 今の内に好きな防具か武器を選んで貰おうかしら。クライ君が来たらお礼にどれか持って行って貰おうとマルクさんとはなしていたの」
ハーミルトさんの提案で助けたお礼として装備品をいただけることになった。
何度かお金は払うと言ったが聞き入れて貰えなかった。
ハーミルトさんいわく、大事な子供たちを助けてくれたお礼はちゃんとしたものがしたいそうだ。
武器は天成器があるため、街には防具屋が多い。
その中でもエンマーズ防具店は品揃えが良さそうだ。
色々見て回った結果、足先に金属のパーツが付いた革のブーツを譲って貰うことなった。
底面は森の悪路でも滑らない素材で出来ていて、一部にグレートウルフの革も使っているそうだ。
履いてみると柔らかくしなやかで違和感なく動けそうだ。
「それだけだとお礼には足りないから、この投げナイフも持って行って」
ハーミルトさんが刃渡り10cmほどの投げナイフを三本持って来てくれた。
こんなに貰ってしまっていいのだろうか。
「この投げナイフは……」
専用のケースに入れられたナイフは、狩りの時に使う鉈の腰ベルトに取り付けられそうだ。
刃は魔物の牙で作られているのか金属より軽く邪魔にならない。
「フリミルちゃん、今度一緒にお出かけしよ」
「じゃあアニスさんのおうちに遊びに行ってもいいですか?」
いつの間にか仲良くなったようだ。
こそこそとお店の隅で話し合っていたのが、今ではお互い嬉しそうに談笑している。
「ナクク君とフリミルちゃん、あ、あとジーザー君の恩人だもの。いつでも来てね」
(クライ、あのことも頼んだほうがいいんじゃないか?)
(そうだな)
「あの……最後にその棚の一番上の商品を買って行ってもいいですか?」
「もちろん! でも遠慮しなくていいのよ。これもお礼としてプレゼントするわ」
「いえ、お気持ちは嬉しいですがこれは買っていきます」
「今日はありがとう! その……髪飾りまで貰っちゃって」
恥ずかしがるアニスの赤い髪に淡い黄色と銀の髪飾りが光る。
銀をベースに中心に黄色い花が形作られている。
「こういう形好きだと思ったから」
「このお花はガーベラかな〜。良かったねアニス」
「うん、クライ……ありがとう嬉しい」
ミストレアの勧めで買って置いたがこんなに喜んでくれるなら良かった。
カンカンカンッ カンカンカンッ
穏やかな空気を裂くように鐘の音が甲高く辺りに響き渡った。
「な、なにこの音!? もしかして!?」
鐘の音が三回続くのは魔物の襲撃の合図だ。
よほど規模が大きいか街全体に危険が及ぶ時でないと鳴り響かないはず。
幸いもう家の近くまで来ている。
まずはアニスを家に送り届けるべきだな。
「アニス、ここからなら教会より家のほうが近い。酒場にはカインさんたちもいるはずだ。まずは酒場に行こう」
動揺しているアニスの手を取り走り出した。
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