第4話 初めての……
「おはよう。アンジュ」
ドア越しに、男性の声がした。
時計を見ればまだ早朝だし、着替えてもいない。今からナンを呼んで着替えさせると時間もかかるし、それにこの声の主はゼスト。
「お引き取りを」
「見たいだろ? 寝起きのアンジュのか・お。いいだろう?」
言われてアンジュは掛け布団を頭まで被った。
昨日は確か、丸眼鏡を掛けて三つ編みにしていたはずだ。煌びやかな装飾はパールだけ。
ナンは眼鏡を取れと言ったが、実はそんなに可愛くないと分かれば手を引いてくれるかもと期待して、眼鏡は外さなかった。髪だっておろした方が綺麗なのだが、絶対に見せるつもりはないと決めた。
しかし、なぜか予想に反して押しの一手だ。
「まだ起きたばかりで。ナンを呼びます」
「王を待たすつもりか?」
深い低音に、アンジュはびくっと身体を震わせる。
それにしても、なんて早い時間から自分の部屋に訪れるのだろうと頭を抱えてしまう。
(どうしよう。寝着にガウンだけじゃ、心もとないし、恥ずかしいわ)
それに何より、そういう恰好は夫婦や恋人同士だけで見せあうものだ。
とはいえ、側室になったのだから、シュミーズ一枚だけだろうと王を迎え入れないといけないわけだが。
アンジュはその点で初心で恐怖心でいっぱいだった。
恐る恐るベッドから降りてガウンを羽織ると、ぶるっと身体を震わせた。
朝はまだ寒く、オーフィリア国は国が隠されるほどの霧が立ち込める。
ゼストはその隙をついてアンジュの部屋に来たのだろうが、ゆったりと昼間に来てくれた方が話だって出来たはずだ。
(何を考えているのかしら)
アンジュは恐る恐るドアを開けると、満面の笑みをたたえたゼストが立っていた。
黒に金刺繍の外套を羽織り、寒い寒いと言いながらも風格が漂っている。
上目でじろっと見つつ、アンジュは小声で言った。
「お入りください」
「ありがとう。昨日みたいに帰れと言われるかと思った」
「そうしたいものですが、私は……王の側室ですので」
「側室、ではなくて王妃……」
「とにかく! お入りください。見られたくないのです!」
アンジュは強引に外套の裾を引っ張り中に引き入れた。
これ以上王妃だなんだと言われたら、今度はあらぬ噂が立ちそうだ。
それでなくても、こんな時間にゼストが側室の部屋に通っているとバレたら、少なからず王妃や周りの側室の嫉妬を買うかもしれない。
ゼストは勝手にソファに座ると腕を摩りだした。
「寒いのですか?」
「まあ、こんな格好だからな」
外套を脱いだら、シャツにベスト、スラックスといつもの恰好だ。
確かに温かいとは言えないだろう。せめてジャケットを着こめばいいのにと思ったが、寒いのは朝だけだ。ちょっと顔を出しに来ただけかもしれない。
「お茶を淹れます」
アンジュは付けっぱなしの暖炉で湯を沸かし、その間にティーポットに茶葉を用意した。
視線を感じて振り向けば真剣な顔をした彼が興味津々に自分を見ている。
「何か?」
「慣れたものだな。自分で出来るのか」
「ナンを待つのが億劫ですので」
「ロイナー国の姫に失礼なことをさせた、詫びる」
「いえ。そう思うのであれば、こんな早朝に来ないでください」
「そうはいかない。会いたかったのだから」
「……ご、ご冗談を」
顔を引きつらせながらアンジュを湯が湧くのを待った。
まだ二回した会っていないのに、会いたいと言われて信じるバカがいるだろうかと思うくせに、なぜか心臓が高鳴っている。
ゼストの口説き文句にやられてたまるかと、努めて顔を合わさないようにした。
すると暖炉で湧かしていた湯が湧き始めてしまう。
「俺がやる。火傷をしたら大変だ」
すっとゼストが立ち上がり、アンジュの横に立って暖炉で湧かしていた湯を丁寧に取り上げる。
「あっ……」
王になんて事をさせているんだろうと思う反面、感謝の気持ちでいっぱいになる。
こんな風に異性から優しくされたことは今までない。
どくんと胸が跳ねて、自然と意識してしまう。
(王の恋の四十八手に引っかかってどうするのっ)
アンジュはなんとかして平静を保とうと王を睨んだ。
「あの、良かったら紅茶もご自分で淹れてみては?」
「ああ、やってみたい」
(やってみたい……。どうしよう。王に給仕をやらせてるっ)
止めようと思うものの、ゼストは楽しそうに湯をティーポットに注ぎ、蓋をぎこちなく閉じた。
どうだ? とばかりに自分を見つめてくるのでアンジュは頬を染めて頷いた。
「大丈夫です。熱いのでお気を付けて」
「どれくらい待てばいい?」
「三分から五分くらいです」
「アンジュを抱き寄せキスをする程度か」
「違いますっ」
すすっと足を後ろに引いて逃げると、ゼストはくくっと笑う。
「冗談だ。そんな長いキスをしたら、アンジュの頭の中は蕩けて、俺しか考えられなくなってしまうぞ。まあ、それもいいが」
アンジュは言われて目を白黒させた。
今日は迂闊にも寝着であり、ゼストからも前より甘い言葉を言われているような気がする。必死に距離を取らないと、本当に彼と関係を持つことになりそうだ。
「ゼスト様。紅茶に合うお菓子がありますので。朝食の前に少しいかがです?」
アンジュは話を逸らそうと、棚に手を伸ばした。
ナンが買ってきてくれるクッキーの詰め合わせで、とてもおいしいのだ。
雰囲気を変える為にも良いだろうと、皿に盛ってゼストに見せた。
「紅茶はどうするんだ?」
「もう少し、お話して待ちましょう。ソファへどうぞ」
そうしてソファに促したものの、はっとする。
薄い寝着にガウンを羽織っただけの恰好でゼストの傍に寄るなんて、誘っているようなものだし、淫乱女みたいじゃないか、と。
ここには来客を想定してスツールがあるわけでもなく、ナンはいつも立って話をする為に余計な椅子はない。
ゼストがどかっとソファに座るので、仕方なく諦めて距離を取って隣に腰かける。
皿を持ったまま、ぎこちなく、どうぞ、とゼストの前に差し出した。
子供のように嬉しそうに摘まむと、ゼストは包装を破ってクッキーを頬張る。
「美味いな」
「ナンのお勧めの店ですから」
「ナン、ナン、ナン、ナン、ナン。全く、男が寄り付かない代わりにそのメイドがぴったりガードしているようだが? 気のせいか?」
訝しい眼差しを向けられつつ、アンジュは苦笑いをしてかわした。
自分もクッキーを手に取り、ひとつ食べると程よい甘みが口に広がる。
アーモンド入りで美味しくて、オーフィリア国に来て本とお茶は楽しくなった。
「もう一つくれ」
「はい、どうぞ」
どれも美味しいからとひとつ渡すと、手が微かに触れる。
大きなごつごつした温もりに、胸を鳴らしてしまう。どうしてこんなにも苦手で嫌いな人なのに、勝手に緊張したり胸が鳴ったりするのだろう。
「美味い。もうひとつ」
「……はい」
顔をまだちゃんと見れず、適当に渡す。
「確かに、ナンは俺達ふたりの傍に置いてもいいだろう」
(俺達……。ふたり?)
なにかおかしいと思いつつ、ようやく顔をあげて見つめればゼストから熱っぽい視線を送られた。
「優秀なメイドが傍にいるほうが、アンジュも心休まるだろう?」
すーっとゼストの顔が自分の方に寄ってきて、肩を抱き寄せられた。
思わぬことに身体を竦ませて目をぎゅっと瞑る。
「そういう反応が、最高にいい」
「……うぅ」
声も出ないでいると、そのまま口づけられた。
触れる程度かと思っていたら、唇を押し付けるような熱っぽいキスにくらくらする。
さっき言っていた、キスだけで頭が蕩けるという感覚はこれだろうかと思うほどで、何も考えられずに、ただ唇に神経が集中して動くことも出来なかった。
長いキスになって、息を求めて自然と吐息を漏らす。
「……はぁっ……」
信じられないような恥ずかしい声に、アンジュは目を見開いた。
(何しているのっ、私!)
慌ててゼストを突き飛ばし、口を拭う。
「お、おやめください!」
「顔が赤い」
すっと頬を撫でられて、怒りが別のものに挿げ替えられそうになる。
じわっと腹の奥から蕩け出るものを感じて、アンジュは信じられない思いになった。
ゼストを相手に心よりも先に身体が反応していて、『快楽』というものを強引に教え込まれ、こじ開けられたような気分だ。
「俺は、アンジュのような姫を待っていた。初心で何も知らない真面目な娘」
熱っぽい視線は、確かに自分を真剣に見つめているが、真意が読めない。
「俺の王妃になるよな?」
ゼストの言葉に、アンジュはどう答えたらいいのか、分からずに逡巡していた。
否定の言葉を浴びせ、側室であると言い切ればいいのに、なぜか彼の瞳は寂し気で自分を求めているように感じる。
『恋の四十八手』というには、あまりに情熱的で恋に音痴なアンジュは何から考えていいのか分からない。
「俺の妻になれ、アンジュ」
手はそっと耳朶を撫で、もう一度キスをしようと顔が近づいてくる。
ぎゅっと目を瞑り、抵抗もなく受け入れてしまう。
(どうして……)
舌先がつんつんと唇を舐めて、口内に入りたそうにし始める。
抵抗して口をぎゅっと閉じると、丁寧に唇を舐められた。
それだけでも初めてで、身体中が火照ってしまう。
「もう……お戯れは……」
「甘い声は一度きりか? 明日はもっと聞かせてくれるだろ?」
アンジュは戸惑い顔を無理やり逸らした。
キスだけでも頭が蕩ける、そんな思いにもうさせられたような気がしたが、まだこれが戯れの本番とは思えない。もっと先に自分でも考えられないようなことが待っていて、ゼストはそれを望んでいる。
考えるだけでも恥ずかしいが、彼は自分と身体を重ねたいと願っていることに間違いはない。
しかも、ただの側室ではなく、王妃として迎える為に。
(アーネスト様という大切な妻がいながら! なんて最低な人!)
アンジュは淹れ途中だった紅茶をカップに注ぐ為に立ち上がった。
キッチン台で紅茶を注ぐと少しだけ気持ちの整理もついてきて、自分の置かれた立ち場が非常に危ういことに気が付かされる。
もしもこのことがバレたら、今はまだ側室としての戯れだからいい。
しかしアンジュを王妃として迎えるとゼストが言い出したら、洗いざらいのことを話すことになる。
不貞を働いた時がアーネストと婚姻関係の状態だったか詰問されるはずだ。
ゼストと不倫関係であると知れれば王妃であっても死刑だ。
たとえそれが、王から誘われてだとしても、アンジュがたぶらかしたことにされることは目に見える。
そうなったとき、自分の命はおろか、自国との外交だって危うい。
「紅茶を飲んだらお帰りください」
アンジュは冷たく突き放すように言った。
ゼストの前にカップを突き出すと、彼は静かに受け取り寂し気な顔をする。
「どうして?」
「私は今のままがいいのです。ゼスト様はアーネスト様の夫です。既婚の方からの求婚に喜んで飛びつくと思いますか?」
「割と、側室は皆この手の話に飛びつくが?」
きょとんとした顔で言われて、アンジュは顔を引きつらせた。
そういえば、この宮中では側室といえどプライドの高い姫ばかりで、死刑をも恐れずに王妃の座を奪いたいと思うものがほとんどだったと思い返す。
そう考えると、余計にアーネストが不憫だった。
夫に裏切られ、政略結婚させられ、不自由な暮らしだろう。
「それは他の方ですっ! アーネスト様がお可哀そうだと思わないのですか! 私は不倫には興味がありません」
アンジュが言い切ると、ゼストが首を傾げた。
「不倫じゃない。先にアーネストときちんと別れる」
「ですから! そのやり方も、女性の扱いも最低でございます! この国はどうしてこんなにも女性を軽視するのです?」
「……」
声を荒げて言うと、ゼストは黙り込んだ。
言い過ぎたかと心配になるが、はっきり言わないと自分は『不倫をした』ということで死刑にされてしまう。
王から迫られたという事実であっても、世間は側室のアンジュが色目を使ったと思い込むだろう。
しゅんと落ち込んだゼストに、アンジュは戸惑いつつ何も声を掛けなかった。
そんなに抱きたいのであれば、身体を弄ぶだけにすればいい。
割り切ることくらいゼストなら慣れているはずだ。
「そんなに嫌いか? 俺も、この国も」
「ええ。そうです」
「……俺がいくら好きだと言っても信じないか?」
「そんな言葉、いくらでも偽れるものです」
「可愛くない。でも、だからこそ手に入れて啼かせたい。アンジュ、確かに不倫は女性にとって重罪だ。でももしも不倫ではなくなったらどうする? 逃げられると思うか?」
顔が思わず引きつった。
容姿端麗でしかも王。さらには自国との外交相手で戦争でも負け知らず。
側室の姫をそれぞれ寵愛し、女性の扱いも手慣れている。
そんな人を相手に、嫌だという一手のみで逃げ切れるとは思えない。
「うっ……。で、でも、アーネスト様との離婚は不可能ですよね? オーフィリア国に魔法をもたらしたのは彼女です」
「そうだが? それがなにか?」
「え?」
「既にその点において、アーネストを人質のように利用するなと通達してあり、貿易で有利になるように策は練っている。アーネストが妻でなくてはいけない道理はない」
「あの……だって……不倫は」
「だから不倫ではない。すぐにでもアーネストと別れる。では、今日もナンとゆっくり過ごすといい。陽も昇り始めた」
ゼストが去って行くと、アンジュは背中を見つめながら立ちつくした。
陽の光が眩しく宮中を照らし、装飾を施した支柱に陰影を作っている。
天井の装飾も、光にあたりきらきらと輝きだした。
(アーネスト様と離婚……。私の、せいで?)
じたばたするより、怖くて身体が冷えていった。
廊下に立ち尽くして小さくなったゼストの背中を見つめる。
キスしかしたことのない相手に、彼は本気になったというのだろうか。
側室の姫を何人も抱え、飽きることのない日々を送っていたと聞いていた。
アーネストは美人でオーフィリア国の天女だと謳われたこともある。
それらを捨て、丸眼鏡の自分に――?
そう思って困り果てて顔を覆った時だ。
(眼鏡、掛けてない)
いきなり寝起きに来たせいで、慌てて飛び出したからかけ忘れたのだ。
もとより、丸眼鏡は顔を隠す為の道具に過ぎず、裸眼でも遠くは見えていた。
慌てて部屋に引っ込みベッドサイドに置いてある眼鏡に手を伸ばして掛ける。
(顔、見られた)
心臓が鳴り止まず、ふと黒髪がたらりと肩から落ちるのを感じる。
(髪の毛……。そのまま……)
自慢の黒髪は寝る前に椿油で馴染ませる為、艶やかに光っている。
つまり、ゼストにありのままを見られたということだ。
自ら美人だとは言わないが、身なりを地味にしろと兄に命じられ、眼鏡、ショール、太い三つ編みを徹底していた。
兄いわく、可愛い妹なのだそうだ。
それでも外交に利用しないといけないほど、ロイナー国は疲弊している。
改めて、ゼストは自分になんと言ったろうかと思い返した。
(アーネスト様と別れて、私と結婚……。ありえない、ありえない!)
確かに婚姻関係になれば、ロイナー国としてはこの上ない友好関係になる。
しかし、不倫の末の結婚となれば話は別だ。
国同士の関係はこじれてしまうし、アーネストの母国からも酷いことをされるかもしれない。
ゼストは不倫ではないと言い切るし、自分もそうじゃないと断言できる。
しかし、キスをした。
部屋にも招き入れたし、紅茶も飲んだ。
ふたりで楽しい時間を過ごしたという証拠にも見える。
不倫だと後ろ指を指されても、言い返せない。
この後待っているのは、アーネストの離婚。
「ど、どうしよう。ゼスト様を止めないと。でも、謁見の許可なんてすぐに下りるのかしら。と、と、とにかく、ナンを呼ばないと!」
アンジュはベルでナンを呼ぶとすぐに彼女は部屋に現れた。
そして、眼鏡を掛けていないことにすぐに気が付いて、辺りを見回す。
「ゼスト様が来ましたか?」
ナンは丁寧に辺りを見ている。
そして、ふたつ出されたティーカップを目にすると、深いため息を吐いた。
「何かされていませんか? 酷い目にあっていませんか?」
「キス、されたわ」
「キス……」
ナンが大袈裟に項垂れる。
自分でも、それ以上のことは口に出来なかった。
簡単にキスと表現したが、実はかなり色を帯びたキスだったと伝えるのは、恥ずかしくてたまらない。
しかも、流されるように身体から蜜が溢れだしたことにも、戸惑いを覚える。
「ほかには、お体は!」
「大丈夫です。でも、大変なことになったの」
「大変……。それ以上ですか!」
ナンの声が裏返り、金切り声になりそうだった。
それも仕方ないと、アンジュは肩を落とす。
彼女の母は宮中で凌辱されたのだ。王に対しても反感を持っている。
「実は、王から求婚されたのよ。しかも、その為にアーネスト様と離婚すると言っているの」
「嘘でございます!」
間髪入れず、ナンが言う。
「でも、凄い真剣だったわ」
「それが、この国の男性の手口でございます! 一夫多妻制であることを思い出してくださいませ! 王にも側室がたっぷりといます。わざわざアーネスト様と離婚する必要もございません」
冷静に言われて、少し燃え上がったような気持ちが、ふっと掻き消された。
恋をしたことがないせいか、甘い言葉や偽りの言葉を見抜くことが出来そうにない。
ロイナー国の男性は紳士的で、甘い言葉を呟くときは一途に愛するときだと決まっていた。
どうしても、オーフィリア国の風土に慣れない。
「ごめんなさい。そうよね。アーネスト様と離婚なんてありえないわ」
「そうでございます。そのような軽口を言っておいて、アンジュ様の純潔を奪うのです」
「ああ、そうだわ。その通りだと思う。本当に最低ね」
そう言いつつ、あんな寂し気な目は見たことがないと胸を掴まれる思いになる。
恋をしている目ではなく、縋るようにお願いする目だ。
沢山の女性を手に余るほど抱えているのに、どうしてそんな顔をするのかと、胸をきゅんと掴まれてしまった。
でも、それは芝居だ。
うっかり、『恋の四十八手』に落ちるところだった。
「アンジュ様。朝食はまだでしょう? 今すぐ用意しますから。それから、今日はゼスト様と離れていた方がよろしいでしょう。夜這いをされてはたまりませんから、ルドルフに警護をさせて、昼間は散策に、夜は私が傍にいます」
「ありがとう、ナン」
そう言いつつ、アンジュの心は複雑だった。
ゼストはナンの言うような男なのだろうか、と時々わからないような行動をされるせいだろう。
ゼストは細身の身体だが、力は女性よりある。
その気になれば、アンジュなんてねじ伏せて身体の関係を持つことだって出来たはずなのに、彼はしなかった。
自分に魅力がないせいかとも思うし、沢山美人を見て目が肥えているせいかもしれない。
ではどうして口説くのだろう?
(頭の中がゼスト様のことばかり! もういやっ)
頬をバチンバチンと叩くと出て行こうとしたナンが不思議そうな顔をして見つめてきた。
「どうかされました?」
「ううん」
「ぶどうパンが美味しく焼けたそうで。すぐにお持ちします」
「お願いね」
アンジュはそう言って、眼鏡を探してベッドサイドに向かった。
着替えはナンと共にして、髪の毛も丁寧に三つ編みに結い上げてもらうことにする。
でも、今日ありのままの自分を見たとき、ゼストはどう思ったろうと、考えてはいけないことを考えてしまう。
オーフィリア国では誰にも見せるなと言われた素顔だが、異性から可愛いと言われたことはない。ゼストのような反応をされると、余計な期待が、いけない期待が膨らんでしまう。
(私って思ったよりも破廉恥な女だわ)
そう思ってもう一度バチンと頬を叩くと、少しだけすっきりしてナンが来るのを待った。
しかし、それから一週間後。
アーネストとゼストの不仲が噂され始めた。
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