第248話 もう二度と

そこには大きな瞳に涙を浮かべたイサベルの姿があった。ホッとしたような表情でもあり、悲しそうな表情でもある彼女は、私の上半身をゆっくりと起こす。私はそこで自分が地面に倒れていたことに気づいた。


「よかった!お目覚めになったんですね!……あの、失礼ですが…リティ様……ですよね?本当に……」


一度違う人物が目覚めた経験をしたせいか、彼女は不安そうにそう問いかけてくる。そんな彼女に、私は安心させるように優しく微笑みかける。


「本物よ。心配かけてごめんね、イサベル」


なんと答えるべきか悩んだが、これが最善の答えだろうと思い、彼女に告げる。イサベルは私を見ると大粒の涙をこぼし始める。そして勢いよく私に抱きついてくるので私は驚いて彼女を支える。


「よかった……ようやく、ようやくもう一度お会いすることができました……!帰ってきてくれてありがとうございます、リティ様……!」


イサベルのこの動揺っぷりから、私がどれだけ心配をかけたのかがよく分かった。


突然アレクが死に、そして私までもが死んでしまったのでイサベルにとってこの数日間は耐え難いものだっただろう。普段泣き虫というわけでもないはずのイサベルが延々と泣き続けるその姿に、私は困惑しつつも頭を撫でてあげる。


「やっぱりそのネックレスが、ずっとリティを護ってくれてたんだな」


その聞き慣れた声に私は顔をあげる。イサベルに気を取られていて気づかなかったが、私のすぐ近くにアレクが座っていた。アレクも同様に気を失っていたのだろう。


彼が指摘したネックレスはいつの間にか私の首にかけられていた。


「アレク…」


「こうしてまたその姿のリティに会えて嬉しいよ。」


「……?あ、そっか、私…リティシアになってるのね」


アレクの言葉で私は天宮莉茶の姿ではなく、リティシアの姿に戻っていることに気づいた。あの時は丁度この身体にも見慣れてきていた頃だったので、元に戻れてホッとしている自分がいる。


本来なら莉茶の姿を好むはずなのに、変ね。リティシアが性格さえ無視すれば美人だからかな。


「……リティ様。私……殿下もリティ様もどこか遠くに行ってしまう気がして、ずっと不安でした……」


「イサベル……」


「もうどこにも行きませんよね?突然命を投げ出したりしませんよね……?私を置いてどこかに行ったりしない…ですよね……?」


泣き腫らした顔で、イサベルは縋るような視線をこちらに向けてくる。


イサベルは思った以上に私達を大事に思ってくれていたようだ。私がこの子を守りたいと思うのと…同じように。


「……もうどこにも行ったりしないわ。」


「嘘です!リティ様はまた殿下のために命を投げ出すはずです!」


本心からの言葉であったが、イサベルはその言葉に隠された意味を読み取ってしまったらしい。私はアレクのためなら何度でも命を捨てるだろうと。否定はできなかった。


「……分かってるなら言わないでよ」


「リティ様がそうしたいと願うなら、私はきっと止められません。ですが、次にもしそういうことがあったら私に相談してください。何も言わずに消えてしまうなんてことが、もう二度とないように……」


突然大切な人を失う感覚を二度も味わってしまったせいか、イサベルは誰かの死に強い恐怖を覚えてしまったようだ。私もその感覚は分かるが、イサベルは二倍だから比べようがない。


「イサベル。」


唐突に私達より低い声がして驚いて声の方を向くと、アレクがこちらを見つめていた。イサベルも彼の方をゆっくりと向く。その泣き腫らした顔に驚きながらも彼は言葉を告げる。


「大丈夫。次は絶対に死なせない。俺がリティを護るから、絶対に死なない。だからどこにも行ったりは……」


「リティ様を庇って殿下が死んでしまうのもダメです」


「………」


イサベルはじとっとした目を向けると冷たく言い放つ。アレクは「えーっと……」と言葉に詰まってしまった。どうやらお互い考えていることは同じのようだ。


ただ、今のイサベルの発言に関しては私も同意したい。私を庇って彼が死ぬなんてことは、本来であればあってはならないことだ。


「あの、お話中のところすみません。少しよろしいですか?」


聞き慣れない声がして初めて、近くに見慣れない女性が立っていることに気づいた。私が誰だろう…という視線を向けていると、それに気づいた彼女は丁寧に自己紹介をし始める。


「あっ、申し遅れました。私、ルシエラ=アーシキュリーと申します。身に余る名称だとは思いますが……皆様からは聖女と呼ばれております。」


「えっ!?聖女様!?」


あぁ、そういえば小説にも聖女がいたかもしれないわね。まぁイサベルがほぼ聖女みたいな存在だったからその存在も掠れていたけれど……。


今の今までイサベルが覚醒していなかったから聖女としての地位を確立していたのね。


「はい。貴女様はリティ様……でいらっしゃいますよね?初めまして。お会いできて光栄ですわ」


聖女は優しい笑顔で微笑んだ。

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