第234話 知らない私

「いいよね〜アレクシスって!」


私な読んでいた本の表紙を見て思い出したのか、突然隣の席の女子が叫んだ。私は驚いて彼女の方を向く。


「あぁ、ごめんね、びっくりさせちゃって。その本を見てたらつい言いたくなっちゃったの」


彼女は私に謝罪をすると、「あはは」と頭に手を当てながら笑う。隣にいた彼女の友人らしき人が首を傾げながら呟いた。


「なんでそう思うの?」


「だってさ、生まれた時から王子様で、しかもイケメンだなんて!女の子に困らなそうだし、生活にも困らなそうじゃない?結局主人公の超絶美少女イサベルとくっついちゃうし。あーあ、私も苦労しないで生きれる楽な人生歩みたいな〜。」


その言葉に、私は思わず机を強く叩いてしまった。驚いたような視線が私に集中する。私は机を見つめたまま、彼女に向けて呟く。


「貴女、生まれた瞬間から王になることが決まっている人生に耐えられるの?」


「え?」


「周りの人は皆好きなことをして生きているわ。平民は死ぬ気で働かなければ生きていけないほど貧しい人が多いけど、それでも自分らしく、自由に生きてる。」


平民なら、何かに縛られることなく自由に生きられる。貴族はまた少し違う話になってくるけどね。


「でも王となると話は違う。好きなことをして生きるどころか、国の全てをたった一人で背負わなければならない。国民の命も、国民の権利も、何もかも全てをね。特に彼は唯一の王子だからさっきも言った通り生まれた瞬間から王になることが決まっているようなものなのよ。」


「…で、でも、それって良いことじゃない?そりゃ責任はあるけど、王になれるなんて知ったら私は嬉しいけどなぁ……。」


私の剣幕に圧倒されながらも彼女はそう呟くので、私は呆れたように息を深く吐く。


「……小さい頃から『貴方は将来王になるのだから、皆の模範となり、賢くなければならない』という重圧にずっと耐え続けなければならないの。そんなの嫌になると思わない?何もかも捨てて逃げてしまいたいと思うじゃない?普通はそう思う。実際何度もそう思ったと思うわ。でも彼はそうしない。何故か。自分が逃げたら国が混乱することを知っているから。自分の政策で、国民が喜ぶ姿を見たいから。大切な国を自分の手で守りたいから。」


アレクシスが小説で王子の鑑のように描かれている理由は、自分がそうならなければいけないということを幼いながらに彼が悟ったから。王とは従える者。常に皆の模範、皆の羨望の的、そして国の砦でなければならない。 どんなに辛くても…逃げ出してはならないと。


「それでも貴女はまだアレクシスが苦労しないで楽に生きていると言える?」


私が腰に腕を当て、彼女をじっと見つめると、最早何も返せまいと思ったのか、俯いてしまった。


「ご、ごめんなさい……」


「随分詳しいんだね、天宮さん。私びっくりしちゃった…」


私を呼ぶその呼び方に驚いて目を見開く。何故だかとても懐かしい感じがした。ずっと昔からその名前であったはずなのに、違うような……。不思議な気分だった。


「この本は、よく読んでいたから。ただそれだけよ。こっちこそ突然口を挟んでごめんなさいね」


言いきったという清々しい気分で席につくと、クラスメイトの視線が完全に私に集中していることに今更ながら気づく。居心地の悪さを感じながらも、言い残したことを思い出してしまい、私は口を開く。


「あと付け加えると、アレクは女の子を取っ替え引っ替えしたりしないし、好きになった子に一途なだけよ。それがたまたま美少女のイサベルだっただけで、他の人だっていう可能性もあるわ。」


「…他の人?番外編でもあるの?」


「まさか、番外編があったってあのラブラブなカップルが別れるわけなくない?」


「そうだよね?」


二人の会話に、私はたった今発した自分の言葉を疑った。一体私は何の話をしているのだろう。


「…ごめんなさい、そういう世界線もあるかもって話よ」


さっきから変だわ、私。まるで違う物語を知ってるみたいな言い方じゃない。どうしたのかな……。


昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、授業を受けたが、心ここにあらずといった様子で私は何もない空間を見つめていた。王様がどれだけ大変かはよく分かっていたけどあんなに感情的になる必要はあったのか。


というか自分が自分でないかのような感覚で、まるで別の自分が乗り移ったかのようであった。


そして放課後、ちらりと横目で見れば、気の弱そうな子の席に数人の女子が群がっていた。


「ねぇ〜今日ウチらお金ないんだよね。貸してくれない?」


「えぇ、この前もそう言って返してくれなかったじゃない…」


「えー?後で返すって言ってんじゃん。五百円くらい貸してくれてもよくない?」


「だから私何度も五百円貸してるんだって!もう三千円以上貸してるよ!」


「あれ〜そうだっけ?」


状況は違えど、強引に自分の目的を達成しようとするその姿に、私は見覚えがあった。同時に怒りが沸々とこみ上げてくる。


「人の好意につけ込んでお金を借りておいて返さない挙げ句にしらばっくれるなんて…清々しいほどのクズね」

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