第235話 使命感

困り果てる女生徒を囲む三人の女子は、一瞬にして視線をこちらに向ける。当然と言えば当然だが、その視線には刺々しい敵意が感じられた。


「はぁ?今あんたなんて言った?」


その言葉に私は彼らの方を見ずに大きなため息をつく。ちゃんと聞こえていたでしょうに、わざわざもう一度言わせるのね。いいわ。何度でも応えてあげる。


「だから、クズだって言ったのよ。貴女達が。」


「はぁ!?あんたには関係ないじゃない!天宮!」


「関係ないからって見過ごせないわ、貴女達みたいな人は放置したらどこまでもつけあがるもの」


こっちが黙ってたらそれをいいことにどこまでもつけあがる。こういうのは早めに潰しておくのが一番いいのよ。


私の言葉が相当癇に障ったのか、怒りで顔を真っ赤にしながら震えている。取り巻きの女子が彼女の肩に手を乗せ、「ねぇ、もうやめようよ。」と呟くが彼女は「うるさい!」とその手を跳ね除ける。


「言ってくれるじゃない…。分かった。後で体育館裏に来なさい。逃げるのは許さないからね!」


「そっちこそ逃げは許さないわよ?首を洗って待ってなさい」


バチバチと目に見えぬ火花を散らしながら互いを睨みつけると彼女はそのまま取り巻きを連れて去っていく。終始ぽかんとした表情で見ていた彼らに絡まれていた女生徒は私に対し申し訳なさそうに声をかけてくる。


「あ、あの天宮さん…助けてくれてありがとう。でも天宮さんが行く必要ないよ。私が行くから…」


「大丈夫。私に任せて。貴女があの人達に借したお金、全部取り戻してきてあげるわ。それから…貴女に二度と関わらないようにしてあげる」


「そ、そんなことしなくて大丈夫だよ!私のせいで天宮さんが傷ついちゃう!」


「そうだよ天宮さん!行く必要ないよ!」


何故か今の一部始終を見ていた生徒達が行く必要はないと私を引き留め始めた。


どういうこと?私に友人なんていないのだから、私を気にかけてくれる子なんていないと思っていたのに。


「天宮さん、いつも本を読んでて少し話しかけにくかったんだけど…今のは凄くかっこよかった!今まで誤解しててごめんね。でもやっぱり、あの人達に関わらない方が絶対いいと思う…」


…とりあえずあの子達がクラスの嫌われ者ってことは分かったわね。それから…私が自分で勝手に壁を作ってたってことも。もう少し早く知りたかったな。もしかしたら友達ができていたかもしれないのに。


「いいえ、私は行くわ。大事なクラスメイトを傷つけられて黙ってられないでしょ。」


何故か分からないけど、私は困ってるこの子を助けなければいけないという使命感に駆られていた。


例えなんの関係もない人でも、完全なる善意で、見返りを求めずに助ける優しい誰かを…確かに私は知っていた。それが誰だったかなんて覚えていないけど、その人のためにも私は今行動すべきだと思う。


私は引き留めてくれる皆を振り切ってなんとか教室を出る。大丈夫、私は負けない。悪は必ず、滅びるのだから。


呼び出された体育館裏へと素直に向かう途中、私は色々な思いを巡らせていた。


それにしても体育館裏に呼び出すなんて随分とベタなパターンね。不良の喧嘩に頻繁に使われていそうな場所だわ。


…もし喧嘩になったら勝てるかな?いや勝てたとしても大問題よね、私がクラスメイトを拳で黙らせたなんて噂が広まったらまた友達ができなくなるもの…。


そんなことを考えながら歩いていると私に喧嘩を売ってきた生徒が苛立った様子で私を待っているのが見えた。


ここで3時間くらい待たせてもいいけど…そうしたらお金を貸しているあの子が危ないかもしれないから行くしかないか。


「ふぅん、逃げ出すかと思ったけどちゃんと来たのね」


私の姿に気づいたグループの中心的女子は、呟く。人からお金を巻き上げて、しかも取り巻きがいないと何もできない弱虫さんに私は何を言われているのかしらね。


「そっちこそちゃんと来るなんて意外だわ。さぁ、今すぐあの子にお金を返して、二度と関わらないと誓いなさい。」


「あんたさ、自分の立場分かってるの?こっちは二人いるの。私達が負けるわけないんだよ?お人好しも大概にしたら?」


その言葉で私は気づいた。取り巻きの女子は確か三人いたはず。もう一人は何処へ?


私がキョロキョロと探していると頭上に影ができていることに気づいた。体育館裏にあった窓から腕が伸びている。その手には水色のバケツが握られていた。


「一旦頭を冷やしたらどう?この水でね!」


逃げる暇もなく、バケツは勢いよくひっくり返され、私はまともに水を食らってしまう。うっ、寒…というかやることが典型的すぎんのよ……。


「これに懲りたらもう私達に関わらないことね」


「誰が懲りたって?水くらいどうってことないわ。すぐ乾くじゃない。全く…こういうずる賢いこと、よく思いつくわよね」


楽しそうに笑う彼女に私は制服のスカートを絞りながらそう答える。もしかしたらこのような手口に何人もの人が苦しめられてきたのかもしれない。


私の反応は相当予想外だったらしく、彼女達は目を丸くしていた。


「な、なんで効かないの?」

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