第220話 どうして

「アレクが…死んだ?」


イサベルとアーグレンは驚きのあまり言葉を失い、何も口にできないようであった。私は医者に掴みかかると、声を荒らげる。


「嘘よ、だってさっきまで確かに脈があったのよ?死んだなんて…そんなはずないわ!」


事態が飲み込めず、感情をそのままぶつける私に対し、医者は冷静に自身の考えを述べる。


「それは魔法を使った直後だからでしょう。それかもしくは…膨大な魔力を一気に使ったことで身体の一部が痙攣していたのを、リティシア様が脈だと勘違いされたのかと…」


「魔法……?魔法って……」


その的確な言葉に私は医者から手を離し、彼は何かを知っているのかもしれないと少しだけ思えた。


「はい。恐らく…原因は魔法でしょう。魔力と心臓は互いに影響し合っているので、片方が欠ければ自然と片方も機能しなくなってしまうのです。殿下からは魔力が少しも感じられません。完全に魔力が消えてしまった結果…心臓も止まってしまっているのです。そして彼はきっと…こうなることを分かっていた」


「分かっていた…?適当なこと言わないでよ。自分が死ぬかもしれないと分かってて使う呪文なんてある訳ないじゃないの!」


「…公女様」


アーグレンが、震える声で、でも冷静さを保つような声で呟いた。私は振り返る。彼は私と視線を合わせようとはせず、ただじっと地面を見つめていた。


「あります。死ぬかもしれないと分かった上で使う呪文……それは、『身代わり呪文』です」


「身代わり…呪文?」


なに、それ…そんなの、小説にはなかったわ…忘れてるだけ……?いいえ、そんな呪文があれば覚えているはず。私の知らない呪文なんだわ。


医者はアーグレンの言葉に深く頷いた。


「そうです。今騎士の方が仰ったように、殿下の使用した呪文は恐らく身代わり呪文と呼ばれるものでしょう」


そして医者はその呪文の詳しい説明を始めた。


「自身の魔力を使った分だけ相手が受けるはずだったダメージを自分が受けるというものです。半分使えば半分のダメージを、少しだけ使えば少しのダメージを…という風に」


私は彼の言いたいことを、なんとなく理解し始めた。言葉が、出てこなかった。


「じゃぁ殿下は…」


イサベルが、口元に手を当て、震えながら呟く。


「…はい。全てを投げうったということでしょう。ですが……これ程上手に魔力を使い切ることは稀です。というかあり得ません。どんなに優れた魔法使いでも自分の魔力を使い切ることは死を意味しますから、自動的に、いや本能的に少しだけ残すものなんです。それにこの呪文自体も非常に難しく、とても高度なもので、失敗することが殆どです。」


その先は、正直聞きたくはなかった。


「もういい…」

自分の口から小さく声が溢れる。だがそれは、誰にも届かなかった。


「それにも関わらず成功させ、更に魔力を使い切ったということは…殿下が自分の死をもってでもリティシア様を救おうとしたということでしょう。リティシア様のお身体に傷一つつかぬように…殿下は最期の力を振り絞ったという訳です」


「もういいわ!」


私は叫んだ。一瞬にして静まり返り、視線が私に集中する。


「診てくれてありがとう。もう貴方にできることは何もないわ。帰って。今日見たことは…誰にも言わないで。」


冷たい声でそう呟くと、「…畏まりました。また何かあればお呼び下さい」と医者は答え、部屋を後にした。残されたイサベルとアーグレンは私を見、そしてアレクを見た。まるでただ普通にそこで寝ているかのようであった。


ついさっきまで、元気だったじゃない。全力疾走して崖に飛び込むくらい元気が有り余ってたじゃない。どうして?男主人公じゃない。こんな簡単に死んじゃうの?そんなの…そんなのって……。


「……アレク」


その声に顔をあげると、アーグレンが親友の手を握り、肩を震わせていた。彼のそんな姿を見たのは、初めてだった。


「私があの時お前を行かせなければ……こんなことには……。いやきっと……お前は何度でも同じ未来を繰り返すんだろうな…」


その瞬間、彼の瞳から一滴、涙が溢れた。綺麗な透き通った涙だった。


私の隣にいたイサベルはもう涙を後から後から流し、言葉も出ないようだ。


アレクは、アーグレンにとっても、イサベルにとってもかけがえのない、失ってはならない人物だった。だからこそ、彼らは受け入れるのが辛すぎて、涙を流しているのだろう。


イサベルはたまらずアレクの側へ駆け寄った。


私は何故か涙が出てこない。まるで夢でも見ているかのようにふわふわとした感覚にあった。


「……リティシア公女様、貴女にずっと…黙っていたことがあります。私は、貴女をお護りする為にここへ来た訳ではありません。王に命じられ…貴女を暗殺する為にやって参りました」


「…なんですって?じゃぁ貴方、ずっと王命に逆らって…?」


「はい。アレクを見張り、公女様を助けにいかないようにすること、これが私が見逃してもらえる最後の条件でした。ですがそんなことできません。できなかったんです。そうしたら……こんなことに…」

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