第204話 今の私
「……えっ」
その言葉の意味を理解すると、私は一気に顔に熱が集まっていくのを感じた。
そして見上げるのをやめてそっぽを向くと「……別に誰が見送っても同じじゃないの。」と小さな声で呟く。
そう。誰が見送ろうが変わりはない。変わりはないのだが、ただ自分だけに与えられた特権のような気がして…嬉しかった。
「分かった。二人にはそう言っておくわ。それじゃぁ…また次会える時にね」
「あぁ。ありがとう。またな!」
アレクは嬉しそうに微笑むとそのまま竜に乗って深い暗闇の中へと消えていった。私は彼の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「リティ様!殿下とはお話できたようですね」
「うわっ、びっくりした!」
唐突に背後からイサベルの声が聞こえて心臓が跳ね上がるほどの衝撃を覚える。にこにこと微笑んでいるイサベルの隣にはアーグレンもいる。どうやら少し前からここに来ていたようだ。
「……どこから見てた?」
「『別に誰が見送っても同じじゃないの』からです!」
「…忘れて。今すぐ」
「えっ!?そんな、急には無理ですよ、あと数百年は頂かないと忘れられません…」
「そんなに!?それもう忘れる気ないわよね」
「はい!照れてるリティ様は貴重ですので!」
「イサベル……」
イサベルは随分と爽やかな笑顔でそう言い切った。彼女の記憶から私の発言が消えるのはもう少し先のようだ。
アーグレンはというと特に私をからかうつもりはないらしく、アレクの去った暗闇を眺めている。
「……公女様、ここへ来るタイミングが少し早すぎましたね。申し訳ございません」
彼が申し訳無さそうに呟いたその言葉で私はあることを察した。
二人があの時から後ろにいたってことは……多分アレクからも見えてたわよね?ってことは私だけが一人で見送ってると思って舞い上がってたってこと……?
「……イサベル、アーグレン」
「はい」
二人がほぼ同時に返事をする。私は深くため息をついた。
二人を責めることはできない。恐らく私がまた酷いことを言ったりして険悪な空気を作っていないか心配して来てくれたのだろうから。
私は二人の間をすり抜けて屋敷に向けて歩き始める。
「さぁ、帰るわよ」
「…はい!」
私の後を二人が追いかけてきた。
二人が今私の隣にいるのも、アレクが私の婚約者でいてくれることも…全て「
今は心からそう思えるようになった。
そして夜が明けた翌日の朝、いつものように私の髪を整えながら、ルナはとある箇所にうっとりとした眼差しを向ける。実は昨日の夜からずっとこの調子だ。
「……ルナ?よそ見しないの」
「も、申し訳ございませんお嬢様!」
鏡の前に座っているから彼女の行動は私から丸見えだ。それを理解しているにも関わらず彼女は堂々と一点を見つめている。
私はため息をつくと立ち上がり、「お嬢様?」と櫛を片手に困惑するルナの横を通り過ぎる。そして彼女の視線を集中させる原因となっていたそれを手に取った。
「殿下は本当にセンスがよろしいですね!輝くようなルビーがお嬢様にぴったりです!!」
興奮したように声を荒らげる彼女に呆れつつも私はルビーのネックレスを見つめる。
どうやらアレクが言っていたことは間違いではないらしく、こんなに美しいルビーは今まで見たことがないとルナは言う。お父様も驚いていたことから、これは相当高価なものなのだろう。
……果たして本当に受け取るべきだったのか今更ながら悩んでしまう。
「やっぱり返そうかしら……」
そう呟くと髪を梳く手がピタリと止まった。鏡越しにルナの顔を見ると彼女はまるでたった今目の前で人が銃で撃ち抜かれたかのような表情をしていた。
「ぜっったいにダメですよお嬢様!このネックレスはお嬢様のためにあるようなものなんですから!」
「そ、それは違うと思うけど……」
「兎に角返すのだけはやめて下さい!せめてどこかにしまっておくとかにして頂かないと……」
「でもこんなに高価なもの私が持つべきなのか……」
「リティ様こそその宝石に相応しいお方だと思いますよ」
その言葉に私とルナは弾かれたように声の先に視線を向ける。その声の主は、扉の前に立つと「ノックはしたのですが、話し声が聞こえたのでつい口を挟んでしまいました」と微笑んだ。
「イサベル……」
私が呟くと、彼女はより一層嬉しそうに微笑む。まるで私から名前を呼ばれることだけで心から喜んでいるかのように。
「おはようございます、リティ様。とても良い朝ですね!」
すると私が反応するより早くルナがイサベルの手を取り再び声を荒らげた。
「イサベルさん!貴女もそう思いますよね!?そうですよね!」
「はい!私もそう思います。リティ様によく似合うとても素敵な宝石ですよね!」
彼女達が普通に会話をしているなんて少し前ならありえなかったことだ。関係がいい方向に進展しているようで本当によかった。
……話している内容はともかく。
「そうですよね、お返しする必要なんてありませんよね!」
「リティ様。殿下にお返しなんてしようものなら…」
イサベルはそこで言葉を切ると、にっこりと笑みを浮かべた。愛らしい笑顔のはずなのに、何故だか嫌な予感がした。
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