第203話 勇気

「貴方を信じていない訳じゃない。さっきだって貴方が話してくれたことがとても嬉しかったもの。ただね……怖いの。私はずっと貴方が確実に幸せになる方法を目指してきたから。貴方の未来は私という異質な人間が関わることで確実に変わってしまう。二人共不幸になる可能性だってあるのよ。」


彼は私の瞳を悲しげに見つめると、私を安心させるように優しい声で呟いた。


「……リティ、さっきも言った通り叶えられない夢はないし、変えられない未来もない。だから…もう少しだけ俺を信じてほしい。絶対に悲しい結末にはさせないよ。」


「……本当に?本当に約束してくれる?絶対に幸せになるって。いざとなったら私を切り捨ててでも幸せになって頂戴。それが約束できるなら婚約は続けるわ。」


私の選択が間違っていないと証明してほしい。貴方だけは幸せになってほしい。あの時好きだと伝えた私をどうか無駄にしないでほしい。様々な思いから、そんな言葉を口にする。


私は誰よりも彼を信じていて、彼となら本当に未来を変えられるかもしれないと思っている。だが私は臆病だからその選択が正しいという確証がほしいのだ。


「リティ。それは約束できない。絶対に」


「どうして……」


「俺の気持ちが何もかもなかったことにされて…どうやって幸せになれと言うんだ。何があってもお前だけは絶対に手放さない。」


優しい口調が一転、少し怒りを秘めた口調へと変わる。彼はそう言って私を見つめると深くため息をついた。


「……なぁ、リティ。俺はそんなに信用できないか。」


「え……」


彼の瞳が心底悲しげに揺れる。美しかったはずの輝きが今ではすっかり沈んでしまっていた。またやってしまった。私は彼のためを思って言っていたはずなのに、結局傷つけてしまったのだ。


「貴方を信じていない訳じゃない」と言っておきながら不安定な未来に強く恐怖を感じていた。


彼は初めから未来も信じていたし、例えこの先私達に何があろうと全てを受け入れると決意を固めていた。


私だけが取り残されている。私達の間に大きな覚悟の差があることにようやく気がついた。そしてそれが彼を苦しめているのだということも。


「……ごめんなさい、私が間違っていたわ」


「……リティ?」


「貴方のことを信じているのに、貴方の未来を信じてあげられなかった。私はとんだ臆病者だわ。」


「そんなことは…」


「否定しなくていいの。私はずっと怖がっていたんだから。本当はもっとずっと前から小説の内容とズレていることに気づいていたわ。でも私は確実を求めるだけで今を見ていなかった。それでどれだけアレクを、周りを傷つけたか分からないわ」


アレクが何度も説得してくれたからようやく受け入れたつもりだったのに、私はやはり臆病だったのだ。


不確実な未来を恐れ、確定な未来を追い求める。それは間違いとは決して言えないが、正しいとも言えない。そもそも人生とは常に不確実なものなのだから。


「でももうやめる。これからは今を見るわ。…探しましょう。私達が生きられる方法を。方法がないんじゃなくて、きっとまだ見つけてないだけだから」


ようやく、彼と同じ目線に立てた気がした。確実な未来だけを追いかけた臆病な私と決別する時がやってきたのである。


私は彼をそっと抱きしめると静かに呟いた。


「貴方がくれた今を、大切にしたい。……ありがとう、私に勇気をくれて」


今度こそ信じられる。自身を持って。信じたいじゃなくて、信じてる。悪役だった過去は捨てて、真っ当に生きよう。胸を張って彼の隣にいられるように。


「リティ……」


「見てなさいよ。貴方を…世界で一番幸せな王子様にしてみせるわ」


彼はそう宣言した私を驚いたように見つめるので、私はそっと微笑んでみせる。少し考えると、アレクは笑って呟いた。


「じゃぁ俺はリティを世界で一番幸せなお姫様にしてみせるよ」


「……私は公女よ?」


「知ってる。でもリティは俺にとっての……お姫様だから」


恥ずかしげもなくそんな言葉を口にするなんて……もう随分と慣れてしまったらしい。こうなればただただこちらが恥ずかしいだけだ。私は耐えきれずに思わず視線を逸らすと、口を尖らせる。


「……そんなのずるいわ。貴方は私だけの王子様じゃないのに」


「そんなことないって。俺はリティが望むなら君だけの王子になるよ」


「……もう、恥ずかしいからこの話は終わり。早くお家に帰りなさい!」


これ以上の会話は無理だと悟った私は照れ隠しをするように声を張り上げた。


「え、急に……?分かった。今日はリティと沢山話せて満足したしな。早く帰るとするか」


冗談で言ったつもりだったのだが本当に帰ろうと彼は竜を召喚する。行きと同様に竜に乗って帰宅するようだ。


「ちょ、ちょっと本当に帰るの?」


「あぁ。もう夜遅いしな。グレンとイサベルに宜しく」


そのままふわりと浮かび上がってしまうので、慌てて私は空中へ向けて声をかける。


「えっ、ちょっと待ってよ二人を呼んでこなきゃ」


確実に聞こえる声で伝えたはずなのだが、全く返事がない。やっぱり聞こえなかったのだろうかともう一度声を張り上げようとすると、小さな声が聞こえた。


「……今日はリティだけに見送ってほしいんだけどダメか?」

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