第148話 やめて
「え…ちょっと待って、何言ってるの」
私は思いもしなかった展開に驚いて振り返る。アレクシスと目が合った。
彼の瞳に一切の迷いはなかった。
「その子の身代わりになるのはリティシアじゃない…この俺だ」
…ちょっと待ってよ、どうしてこうなるの?
公爵令嬢よりも価値のある人間…その言葉で私は既に彼の意図を察していた。そして更に続いた彼の言葉で嫌な予感は確信へと変わってしまう。
男はアレクシスのまさかの発言に相当驚いたようであったが、やがて嫌味な笑いを零す。そしてとても人とは思えないような冷酷な眼差しをこちらに向けた。
「あのなぁ兄ちゃん、分かってないみたいだけど俺が欲しいのは女だよ。買い手には髪の綺麗な女を要求されて…ってん?その青い髪と水色の目…見たことがあるな。」
冷酷な眼差しから一転、男は興味深そうにアレクシスを見つめる。まるで品定めをするかのように彼の全身をくまなく眺めていた。
ダメ、コイツがアレクシスの価値に気づいたらまずい…
「だろうな。俺はこの国の王子、アレクシス=エトワールだ。」
「ほう…そうなりゃ話は別だ。もうこの女に価値はない…。お前を誘拐すればこの国の王すら自由に動かせるということだからな」
「…どうか、どうかお考え直し下さい!私の為にそこまでする必要はございません!早くお逃げ下さい!」
私の心中など微塵も知らないアレクシスは自らの正体をいとも簡単に晒してしまった。
もうこの時点で私に価値はない。この国で最も高貴な身分である王族以上に価値のある人間など、そもそも存在しないのだから。
強いて言えばアレクシスの父である王、あるいは皇后が来ない限り王子以上の身分を持つ者はいない。
…だからと言ってこのまま彼を渡すつもりはない。仮に本当に彼を渡してしまったら、私がここへ来た意味は完全に消えてなくなる。
「そういうことだ。俺を好きに使えばいい。その代わり、呪いを解いて二人は安全に家まで帰すと約束しろ」
「いいだろう。王子様自ら自分を差し出すなんて…随分と面白いな。」
この国唯一の王子が影の世界…つまり悪いことしか考えないような奴らの手に渡ったら、間違いなくエトワール国は破滅するわ。誰よりもこの国を大切に思うアレクシスの手で彼の大切な人々が殺されていく。彼らの使う呪いに苦しめられ、結局彼自身が破滅してしまうことだろう。
そんな姿を私は見たくない。そんなこと…絶対にさせない。
「私がそんなことさせる訳ないでしょ?」
私の前を通り過ぎ、イサベルと自らを交換しようとした彼の腕を強く掴む。離さない。何があってもこの腕だけは。
「…リティシア、俺はどうにかして逃げるから、イサベルを連れて今すぐ逃げろ」
「話聞いてた?そんなこと私は絶対に許さないわよ」
「お前が許さなくても俺は行くよ。」
「絶対にダメ。私はイサベルだけを助けたいんじゃない。護りたいのは貴方もよ、アレクシス」
「それは…俺だって同じだ。使えるものはなんだって使う。リティシアだってそうしようとしただろ」
「違う、私は…」
違う、どうして分かってくれないの?私が何故イサベルを助けようとしているのか分からないの?
全部貴方の為なのよ。何もかも全て貴方の為なのに…どうして自分を犠牲にしようとするの…?
アレクの魔力を、力を疑っている訳じゃない。彼なら本当にこの怪しい組織から抜け出せるかもしれない。でもそれは全て可能性にすぎない。
私は嫌だ。少しでも彼が苦しむかもしれない未来を歩ませたくない。
もし、もし攫われたのがイサベルじゃなくて私だったら…こんな面倒なことはしなくて済んだのに。こんな危ない世界に彼が飛び込む必要なんて絶対になかった。
どんなに足掻いても、私は結局悪役令嬢だから。だから彼を危険に巻き込んでしまうの?
イサベルが現れた今、私が彼の側にいる意味はない。すぐにでも彼の前から消えるべきだという神からのお告げなの…?
こんなことを考えている暇はない。早く止めなければ、彼は私の、いやイサベルの身代わりになってしまう。でもどうやって?分からない。あれ程決意のこもった眼差しを、どうやって崩せばいい?一体どうすれば彼を助けられるの?
「…ねぇ、誰か教えてよ、誰か…助けて!」
助けなど来るはずない。分かっている。でも私はそう叫ばずにはいられなかった。
私はあまりにも無力だ。大切な人を護る為に何もできない。
しかし助けを乞うことはできる。何もできなくても、誰かに助けを求めることはできるのだ。
私のその言葉にアレクシスが動揺するのが分かった。良かった、少なくとも動揺している間は、彼が自ら破滅の道を進むことはなくなる。この間に解決策を考えなければ…。
だが焦れば焦る程、何も出てこない。哀れね、史上最悪の悪役令嬢がこんな時に何もできないなんて…ホント笑える。私が本当にリティシアだったならきっと全てを破壊してでも全てを手に入れたでしょうね。
あぁ、もうダメなのかな、私じゃ…私じゃこの人を護れないのかな…。悔しい、悔しいよ、あともう少しだったのに…。
「…お待たせして申し訳ございません、公女様、王子殿下」
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