第130話 デート

 そしてデート、いやアレクシスと会う当日。まず最初に言わせてほしい。


 なんて気まずいの。


 待ち合わせ場所にやって来たアレクシスに目を向けてみれば、なるべく目立たぬよういつもとは違う無難な服装に身を包んではいるものの、彼を覆う溢れんばかりのオーラは隠しきれていない。


 男主人公の座を有しながら王子でもある彼がいくら普通の服を着ようと誤魔化せないのであろう。


 平民の中に紛れていても三秒もかからずに見つけられそうには目立っている。


 かくいう私もどんなに目立たないようにしても真っ赤な髪が邪魔をして上手くオーラを隠せない。


 なので私はもう諦めてこの髪をさらけ出し、堂々と目立つドレスを着てきた。


 突然町に出向いた公爵令嬢と王子を見て平民達は大層驚くであろうが、仕方ない。


 ルナがぶつぶつ言いながらも飾りは最小限にまで抑えてくれたし、折角ならつけていきたいものね。


 …私は出来る限りアレクシスから視線を背け、今日一日話さないでくれないかなという絶対無理な期待をする。


 もう謝るしかないわよね。こうなったら…。


 謝らないで婚約破棄をするって選択肢もあるけどそれは私が一生後悔しそうだもの。


 私が謝罪の言葉を口にしようとしたその瞬間、アレクシスが声を発した。


「……リティシア」


 普段のように低く優しい声色ではあったが、明らかに声が沈んでいた。


「……何?」


「……あの時はごめんな」


「なにそれ嫌味?悪いのは私なんだから貴方が謝る必要なんてないわ」


 こんな言い方しか出来ないって辛いわね。本当は今すぐにでも土下座して謝りたいくらいなのに。


 でもそんなことをしたら今まで作り上げたイメージが一瞬で崩れ落ちてしまうものね。

 もし万が一にも素直に謝れるなんて素晴らしい人なんだ!とか思われても困るしね…。


「いや、俺があんな風に言わなければ良かったんだから俺が悪いよ。…ところであれは…本気、じゃないよな?」


「…さぁ?」


「えっ」


「ふふ。本気じゃないわよ。あの時は貴方があんまりにもしつこいからついそう言っちゃっただけ。誰にでも言いたくないことってあるものでしょ?」


「そうだよな。…ごめん」


「だから謝らないでって言ってるでしょ。ほら早く行くわよ」


 気まずい雰囲気を脱しようと思わず何も考えずに彼の手をとってしまい、慌てて雑に振り払う。


 急に掴まれたと思ったら急に振り払われて彼は少し困惑していたが、口元に笑みを浮かべる。


 そして彼は何を思ったか私の手をとるとそのまま歩き出す。


「ちょ、ちょっと」


 その手から抜け出そうと力を込めるのだが、何故かびくともしない。振り払おうと必死になる私を見て彼は再び笑顔を見せる。


「こうした方が迷子にならないだろ?」


「別にこんなことしなくても迷子にならないわよ…」


 私の否定の言葉を受けても彼は全く手を離そうとはしない。私より一回り大きな手が私の手をすっぽりと覆い尽くし、その心地良い温もりを肌で感じとれる。


 握る力も強すぎず、弱すぎず、更に歩調さえも私に合わせているので全く不快感を感じない。


 …ただ、緊張して手汗をかかないかだけが心配な点である。


 …悪役令嬢の手を不用意に握るなんて大した度胸ね。流石は男主人公とでも言うべきかしら。


 私が魔法を使ったらどうするつもりなのよ。

 どう考えても真っ先に燃えるのは貴方よ。


 そういう恐ろしいリスクがあるはずなのに…なんでこんなに嬉しそうなんだろう?

 そんなに悪役とのデートが楽しみだったのかな…。


 私が貴方に危害を加えるつもりが一切ないのだということを、彼に完全に知られている気がして…なんだか少し悔しかった。


「ところで変装はしないの?」


「しようか悩んだけど、よく考えたら俺が俺の国を自由に歩けないなんて変な話だろ?折角なら堂々と歩こうと思ってさ」


「その割には服装はいつもより質素なのね」


「いつもの服は目立ちすぎるからさ…流石に変えてきたんだよ。今日の俺はリティシアの護衛だし、いざという時動きにくかったら意味がないからな」


「いやそれはお父様が適当に言っただけだから気にしないで。どちらかと言うと私が貴方を護る役目よ」


「…その気持ちは嬉しいけど、女性に護られて嬉しい男なんていないよ。」


「王子に護られて喜ぶ公女もいないわよ」


「…確かに。でも俺はリティシアが何と言おうとお前を護るからな」


「はいはい。勝手にすれば…」


 王子なんだからどう考えても誰かを護るんじゃなくて護られる立場なはずなのに…ちゃんと分かってるのかしらこの人は。


 王子らしくないのが一番アレクらしくて素敵なところではあるんだけどね…。


 それにしても…男主人公が悪役令嬢を庇うだなんて全く読者は望まない展開よね。それはなんとしてでも避けないと。


 …私のせいで彼が傷つくなんてことは絶対にあってはいけないわ。

 この私が許さないからね。


 傷つくなら私一人で十分。


 私は…どんな時も、貴方の為だけにこの世界を生きているんだから。


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