第107話 騎士の特殊呪文
「さぁ、貴方は誰に変身する?」
まぁほぼ確定であの人でしょうね。アーグレンが他の人を選んだらそれはそれで面白いけど…それはないわね。
私の予想通り、彼は悩む素振りを一切見せずにとある人物の名を口にする。
「…変身するなら…アレク…ですね」
「そうよね。そうだと思ってた。ちなみに私は誰に変身したと思う?」
「…私と同じですか?」
「さぁね。それはどうかしら」
答えをはぐらかし、悪戯っぽく笑ってみせるとアーグレンは苦笑する。
正解を素直に教えてあげるほど悪役令嬢は優しくはないのよ?
「質問したのは公女様じゃないですか…」
「悪いわね。これが私なの。ほら早く変身してみせてよ。やり方はさっきと変わらないわ。なりたい人をイメージして呪文を唱えるだけ。呪文は『ルフォーゼ』よ。」
しまった、この言い方だと「ルフォーゼ」じゃなくて「ルフォーゼヨ」だと思っちゃう可能性があるわ…いやないか。流石にダサすぎるものね。
…大丈夫よね?
私見たくないわよ?だっさい呪文唱える騎士団長なんて…。
私が謎の心配をしているとはつゆほどにも思っていないアーグレンは「分かりました」と答え、再び目を瞑る。
素直ね…こんなんじゃ嘘の呪文とかやり方を教えても唱えちゃいそうよね。まぁそれだけ私を信用してくれているんでしょうけど…。
いくら主人としては信用しているとはいえ大事な親友を私なんかにあげたくないって思ってくれてれば婚約破棄を手伝ってもらえる気がするけど…それはなんとなくなさそうよね。
そういえば婚約破棄と婚約解消は意味が違うらしいとどこかで読んだけど婚約「破棄」の方がより悪役らしいわ。
だから悪役令嬢リティシアとして…いつか必ず解消じゃなくて破棄しないとね。
そして彼は呪文を唱えると一瞬にして燃え盛る炎に包まれる。
いつ見ても自分を燃やしているようにしか見えないから初めて使ったアーグレンは相当驚いているでしょうね。
まぁ魔法は慣れよ、慣れ。
…私もまだ慣れてないんだけどさ。
アーグレンが魔法を使いこなせるようになればその力でアレクを助けてくれるだろう。
願わくば私のピンチにも力を貸してくれるだろうという期待を込め…私は未だ炎の消えない彼を見つめた。
消えるのを待っている間、かけていることを完全に忘れていた眼鏡を取り、元の位置に置く。こういう貴重な魔道具はなくさないようにしなきゃね。
すると、炎がひとりでに揺らぎ始め、ある瞬間を境に炎が消えた。そこにいたのは紛れもなく…輝く青い髪をもつアレクシスの姿であった。
彼が変身魔法を成功させること自体は私の想像通りであったのだが…驚くべき点はその先であった。
彼は自身の姿を不思議そうに見下ろした後に、声を発したのである。
「公女様、これは成功…なのですか?」
私はその声を聞いて言葉を失った。
低いだけではない、優しく透き通るようなその声は…本人そのものであったからだ。
あの時お母様が私に変身した時私の声と似ていると感じたのは…親子であったが故に元の声が似ていたからだ。
だがアーグレンとアレクシスでは話が違う。二人は全くと言って良い程に違う声であった。アレクよりもアーグレンの方が少し声が低いように思える。
それなのに何故彼の声をアレクそのものだと思えるのか…それは変身魔法がより完璧に唱えられたということであろう。
彼は恐らく見た目だけではなく声も正確に想像したのだ。
私より魔力が明らかに低いはずなのに、そのハンデを物ともせず完璧に変身したということは…その原因が魔力にはないということだ。
彼の中のアレクに対する知識量は幼い頃から培われている。それが足りない魔力を補い、尚且つ私よりも完璧に変身できた理由であろう。
「…もし、アーグレンとアレクが入れ替わったりしたら…確実に誰も気づけないわ。だって貴方達は一番よく互いを理解している親友同士なのだから」
声と姿を真似できたのであればあとは性格だけだ。それができれば彼はほぼ完璧にアレクに成り代わることができる。
私の言葉に心底驚いた様子を見せたが、「…そうですね。数日間くらいは騙せるかもしれません」とその言葉を肯定してみせた。
どうせ彼は低く見積もっているだろうから本気でやれば数週間…いや何ヶ月かはもつかもしれない。
それはやってみなければ分からないが…彼らの事をよく知る者、あるいはそれ以上の魔力保持者に見破られない限り、ちょっとやそっとでは気づかれないだろう。
それにしてもアレクの声で敬語を使われるとなんとなく不思議な感じだ。そう思ったその瞬間に彼の魔力の膜が揺れだし、弾け散ってしまった。
割れた膜から現れたのは騎士の服を身に纏った普段のアーグレンであった。
「戻ってしまいました…」
普段の見慣れた服を眺めながら少し悲しそうに呟くので私は笑う。
「自分より魔力の強い人とか、見破られた時には簡単に解けてしまうのよ。でも私が変身した時よりずっと凄かったわ。私も流石に声までは真似出来なかったもの。」
「そうだったんですね…」
この二人が全力で私を騙しにかかったら気づけないかもしれないわね…注意しておかないと。
…私が教えた魔法で騙されるなんてそんな悲しいことは他にないものね。
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