第89話 お詫び

「いいえ、殺されるのは勘弁ですのでここで引いておくことにしましょう。ですが一つだけ。先程私にプロポーズ致しましたよね?それについて言いたいことがあるので宜しいでしょうか?」


「その話はもう終わっ…」


「あんたなんかよりアレクシスの方がずっと素敵だわ。妹を甘やかし続けて弟を馬鹿にするような男と私は絶対に結婚しない。分かったらさっさと失せなさい」


 年下の王子だからってアレクシスを下に見てるなんて許せない。彼は貴方と比べ物にならないくらい立派な王様になるんだからね。


 それから…ここまで分かりやすく暴言を吐いておけば私への恨みでアレクシスへの恨みは多少なりともかき消されるはず。悪者は…悪役は私一人で良いんだから。


 悪役は悪役らしく主役を引き立てればいいのよ。


「…失礼致しました。私は婚約者としてアレクシス殿下の名誉を守ろうとしただけです。どうか殿下の寛大なお心でお許しください」


 そして私は仕方なく彼に対し頭を下げる。


 どんな罵詈雑言を言っても最後にこの文章を言えば最強よ。


 ここまで言っても尚怒るようであればエリック殿下が短気だと周囲に知らしめるだけだからね。私は可哀想な令嬢になるなけだもの。


 …だがそれにしては言いすぎた気もしたので内心非常に焦りながらも私は頭を下げ続ける。


 もしかしたらだけど…何かあればアレクシスが助けてくれるかもしれないし…なんとか殺されないといいな…。主人公に会わずして退場は流石に悲しいもの。


「…上手く逃げたな。そう言われてしまえば俺の負けだ。その度胸に免じて見逃してやろう。俺は寛大な心の持ち主だからな」


「有難きお言葉に感謝申し上げます」


 ホントは微塵も感謝してないけどこいつのほうが身分が高いから仕方ない。…いつか廃位されることを期待しましょう。


 そしてエリック殿下は軽く咳払いをするとアルターニャに向き直る。


 …相変わらず弟のことは無視なのね。信じられないわ。


「見苦しいところをお見せしてしまったな。今のは全て冗談だ。どうか本気にしないで頂きたい。弟とのこともただの兄弟喧嘩みたいなものだからな。…さぁターニャ、彼らに何かお詫びしなさい」


 妹にやらせるの?清々しい程のクズね。


「お、お詫びですか?…私がお詫びしてほしいくらいなのにな…」


 水ぶっかけられてお詫びにって何かをあげるのは確かに不本意よね。でもそれ以上に色々言われたんだからお城の一つや二つ私にあげるべきよ。…それは言いすぎかな。


 もごもごと口ごもるアルターニャにエリック殿下は何かを耳打ちすると彼女は先程の兄と同様に軽く咳払いをする。


「でも確かにお見苦しいところをお見せしたのは事実ですものね。分かりましたわ。お詫びに本を一冊差し上げましょう」


 偉そうに髪を軽く払いながら言い放つ彼女に私達は呆れざるを得ない。どれだけ呆れさせれば気が済むのよ。


 お詫びとかよりも先に弟に謝りなさいよね…。


 アレクシスはツヴァイト殿下をじっと見つめると「申し訳ございません、私の力が至らずに謝って頂く事ができないようです…」と不服そうに呟く。


 貴方は何も…悪くないのに。


「いえ、僕は大丈夫ですよ。殿下が謝られる必要はございません」


「ツヴァイト殿下、貴方はいつもこのような扱いを…?」


「…いえ、僕のことは気になさらないでください。心配も無用です。アレクシス殿下のそのお気持ちだけで結構ですよ」


「そうですか…何も出来ずに申し訳ございません。何か私に出来る事があればお教えください。すぐに駆けつけましょう」


「では、一つだけお願いさせてください。また…僕と会って頂けますか」


 不安そうに揺れるツヴァイト殿下の瞳を驚いたようにアレクシスは見つめる。そして優しく微笑むと「勿論です。またお会い出来る日を楽しみにしています」と答えた。


「殿下?何を話しているのです?」


「あぁ…いえ、なんでもございません。それから、お詫びをして頂く必要は…」


 えっ、ちょっと待って折角くれるって言ってるのに断ろうとしてるの!?


 そう思った瞬間私とアーグレンがほぼ同時にアレクシスの側に近寄り耳打ちをする。


「ちょっとアレクシス、お詫びをしてもらってもたりないくらいのことをしてるんだからここは大人しく受け取っておきなさい。受け取らないのはバカよ」


「アレク、貰えるものは貰っておけ。お前も散々酷い事を言われただろ。私だって色々我慢してたんだからな。」


 この性悪兄妹が折角くれるって言ってるんだから絶対に貰っておくべきよね。


 アレクの事も、私の事もアーグレンの事だって滅茶苦茶にバカにされたんだから。


 地面に埋めて更にその上に国を作って二度と這い出てこれないようにするぐらいには腹が立ってるのよ。



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