第88話 擁護

 一部始終を見てただ呆然としていた私とアーグレンであったが、アレクシスだけは違った。


 彼は真っ直ぐアルターニャの元へと向かったかと思うと、少年の前に立ちはだかる。


 そして彼女の振り上げたままの手を見つめ「その手を今すぐに下げて下さい、アルターニャ王女」と呟いた。


 その剣幕にまたしてもアレクシスを怒らせてしまったと焦ったアルターニャは戸惑いながらも手を下げる。


「ツヴァイト殿下、お助けできずに申し訳ございません。大丈夫ですか?」


 ツヴァイトと呼ばれた少年の頬を観察するようにしてアレクシスは彼の目線に合わせ、しゃがみ込む。少年は目を丸くして驚き、何度も瞬きをする。


「はい…大丈夫です、けど……僕の名をご存知なんですか…?」


「勿論存じておりますよ。お会い出来て光栄でございます、ツヴァイト第二王子殿下」


 ツヴァイト…またしても聞いたことのない名前ね。まぁアルターニャの毛嫌いしていた弟なら小説に名前が登場しなかったのも無理はないわね。


 ここまで嫌うって一体何があったのか知りたいけど…どんな理由であれたった一人の弟を叩くなんて確実に正気じゃないわね。


 …まぁ私もアレクを叩いちゃったことあるから人のこと言えないんだけどさ。


「アルターニャ王女様。実の弟を叩くとは何事ですか?どうやら私はまた貴女に謝罪を要求しなければならないようです」


「ですが殿下、ツヴァイトは何も出来ない弟なんです!お兄様は剣術も勉強もなんだってこなされるのに…弟は本を読むことしかできないなんて!こんな出来損ないが私の弟だなんて恥以外の何物でもありませんわ!」


「人には向き不向きというものがあります。それに…苦手なことを得意にさせるように教えてあげるのは他でもない姉の役目なのではありませんか?それとも人を叩くのが姉の役目だとでも言うのでしょうか。」


「それは…」


 反論出来ずに口を強く結んで俯く彼女は恐らく二つの感情に襲われているのだろう。


 一つは正しいと思った行動が叱られるという悔しさ、そしてもう一つは大好きな人に嫌われたかもしれないという切なさであろうと思う。


 でもねアルターニャ、よく聞いて。

 全ては貴女が引き起こしたことなのよ。


 このままではアレクシスと婚約どころか…友達にすらなれないでしょうね。まぁその方が私にとっても好都合だけど。


 私としても実の弟を平手打ちするような人間とアレクシスが友達になってほしくはないわ。


 …全く、折角の姉弟なんだから仲良くしなさいよね。兄と弟でここまで差別できるって逆に凄いわよホント…。


「ツヴァイトのツヴァイは外国語で二番目を意味します。つまり全てにおいて二番目の成績しかもたないということ。一番の人間から蔑まれるのは至極当然のことだと思わないか?アレクシス。」


 エリック殿下はアルターニャとアレクシスの間を強引に割って入り、俯く妹を庇うように立つ。


「なぁ今…ターニャに説教したんだよな?隣国の王子だけではなく王女にまで喧嘩を売るとは笑わせてくれる。謝るのは…どう考えてもお前の方だろ?」


 まずいわ、この雰囲気…アレクシスは正しいことをしてるのに悪人にされてしまう…!


 私は必死に彼を助ける術を探るのだが、なかなか良い案が出てこない。なんと言うべきか。早く彼らを止めなければ。


「はい。説教いたしました。そして私自身は謝罪しなければならないようなことは特に何もしていないと思います。ですがアルターニャ王女様は…ツヴァイト殿下の頬を叩かれました。どちらが悪いかは明白です。悪いことをしてしまったなら謝るのが筋というものではないでしょうか」


「彼女は王女だ。隣国の王子であれど説教が出来るような存在ではない」


「例え王であろうと女王であろうと悪いことをしたら謝らなければなりません。私はそれをお伝えしたかっただけです」


 早く止めないと、アレクシスの言い分は凄く分かるけど助けなきゃ。ここはエトワール城じゃなくてルトレット城なんだから何が起こっても不思議じゃないもの。


 アーグレンもどうやら私と同じことを考えていたようだが、私は手を横に伸ばして彼の行動を止める。


 大丈夫よアーグレン、アレクシス。私が助けてあげる。


 悪者は…私一人で十分なんだから。


「まぁ、頬を叩かれたツヴァイト殿下ではなく叩いた方を庇うだなんて…賢いエリック殿下も判断を誤ることがあるんですね。どちらが悪いかは明らかなのに」


「…リティシア嬢、ここは私の城だ。口を慎め」


「えぇ、存じておりますわ。だからといって話してはいけないなんてルールがございましたか?私は聞いたことも見たこともありませんけど?」


「…さっき見逃してやった恩をもう忘れたのか?今ここでお前を殺すことだって出来るんだぞ?」


「あら…判断を誤った上にまさか殺人だなんて…殿下ともあろうお方がそんな物騒な事をなさる訳ありませんわよね?時期王となられる聡明なお方ですもの」


「どうやら本当に殺されたいようだな…」

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